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テオドール・シャール

 赤青黄色に、そしてそれらが目合ひ生まれた無数の色たち。

 それは水泡のようでいて、中に様々な模様を描くビー玉でもあり、数多の星々を抱え渦を巻く銀河。

 それが一瞬の内に過ぎ去り、流れ行く川の輝きになるそこは次元連結カタパルトが生み出す中間次元廊。

 遙か彼方すらまだ近く、ただ進むだけでは決して辿り着くことの出来ぬ別次元へと到るための橋。


 様々に彩られた光の道の中を突き進むのは純白の天使の像。

 一見そう見えるのは、合掌する人のような本体に接続された二つの翼のせいであろう。

 翼と云っても、鳥が空に挑むべく雄大優雅に広げるそれとは違い針のように鋭く。優美ではあっても冷徹。

 そして人のようなといった本体も、あくまでそう見えるシルエットをしているというだけで合掌した手はアーチ状になった構造がそう見えるだけ。頭部も折り鶴のような鋭利な突起がそう見えるというだけなのだ。

 足すらもやじろべえの様に一本針があるだけだ。


 そしてそれの内部。流れて行く幻想的な次元廊へ決して現を抜かすこと無く、それの終わりに辿り着くまでのカウントダウンを見詰め続けている少女が一人。

 周囲の風景を投影した空間に浮かぶ座席に着いたその少女は栗色の肩まである髪をしていて、大きく愛らしげな両目に浮かぶ、茶色の瞳にしかし生気は無い。

 ただのガラス玉が如く、次元廊の光を受けては反射し流して行くだけ。その中心に映るのは減って行く数字のみである。


 そしてその数列に零が並んだ時、捻れに天使の像――テオドール・“シャール”が突入する。衝撃は無い。

 そして少女が見たのは晴れて行く世界。

 陽光に照らされた明るい世界。

 “元いた世界”へと帰還を果たした彼女であるが、その表情に色は相変わらず無い。


「――ォォオッ」


 それまで静寂の中にあったコクピットに甲高い音が響く。その音は鯨の声に似ていた。

 そして轟くのは勇ましい雄叫びと、展開し広がりを見せたビル群の真っ只中を突き進んでくる巨大な拳を少女は垣間見る。

 テオドールの警告に従い、脅威に気付いた少女は手元に浮かぶ二つの球体にそれぞれ両手を乗せた。

 すると透明な球体内部に彼女の手は飲み込まれ、五指全てに光の指輪が嵌められる。テオドールを操るための全能の指輪だ。


 機動を行うテオドールが拳を躱す。

 突き抜けて行く朱い巨体は――ステゴロオー。


「チッ……先手必勝とはいかねえか」

「来るぞ、ラク! 防御をっ」

「ウゼェッ! ガードなんざダリィだけだわっ」


 テオドールの一号タイプとされたそれの現出と同時に突撃を敢行し、放った拳を回避されたステゴロオーこと落雁は機体を着地させると共に一号から放たれたビームに曝される。

 コクピットではそれを予測した鹿子が指示をし、防御兵装の“隼人楯(ハヤトノタテ)”を起動した。


 ステゴロオーは太く巨大な両腕の全腕部に隼人楯の碧い障壁を纏い、そして迫るビームへと突撃して行く。

 それは鹿子の想像していた展開では断じてなかった。


「おおいっ、ラク! ラクゥッ!! そうではないぞ!? しっかりどっしり受け止めてからじゃのう、そしたらそれから――」

「ギャアギャアうっせえンだよクソババア! テメェのもたもたしたやり方は、オレの性に合わねえって言ってんだっ」

「妾は其方の身を案じとるというのにィ~!」

「余計なお世話なんだよ――ダラァッ!!」


 一号の本体頭部尖端から迸った赤い閃光へとステゴロオーの左腕が振るわれる。

 隼人楯を纏ったそこに直撃したビームは偏向され、あらぬ方へと向かって行く。

 まるで周囲への配慮がなっていない戦い。しかし落雁の思うがままに戦える戦場こそが此処、計画戦闘都市トウキョウなのだから、そう聞かされている落雁が配慮などするはずが無い。


 街の建造物には代わりがある。

 しかし代わりの聞かない人の命は既に安全な地下にある。

 何かを庇い、己を律して動きを鈍らせる必要など無いのだ。


 ビームを弾き、照射を続け無防備でいる一号を撃滅する。

 落雁の思惑は順調だった――ここまでは。


「――何ッ……!?」

「むっ、ラク! 生命反応が……」

「クソがっ」


 あるものに落雁が気付く。

 彼の早過ぎる反応速度に遅れてセンサーが捉えた情報を報告する鹿子であったが、ステゴロオーは既に目標を一号から“それ”へと移していた。


 一号から進行方向を逸らし、半ば横っ飛びするような形で巨大が宙を舞った。

 それの突き出された両手が先にあった“それ”とは、ビームの直撃を受けて崩壊が始まったビルディングの下にいたデミウスが連れていた二人の女性、ルカとそしてもう一人の長い白髪をしたリタであった。


 何故まだあの様な所に――鹿子の表情が見る間に青ざめて行く。しかしそれは身が竦み崩落してくる瓦礫の只中でうずくまろうとしているリタの身を案じてのことではない。

 彼女を救うために落雁が曝すであろう隙。それに一号が付け入り、結果落雁が危険に曝される事に対しての恐怖だった。


 ビルディングの手前に落下したステゴロオーの機体。

 地響きの中、それの伸ばされた両手は辛うじてリタの真上に天蓋のようにかざされ落ちてくる瓦礫たちから彼女の身を見事に救って見せた。

 機械よりも速い落雁の動体視力と反応が成せた奇跡である。


「――このっ、バカたわけがっ! そのような所で何をしておるのじゃ!?」


 そして誰が口を開くよりも早く木霊したのは鹿子の怒号。

 声を伝達する外気を張り裂かんとするばかりの声量で放出されたその言葉にリタは更に身を竦ませる。

 そんな彼女がようやく顔を上げ、己の前で転倒しているステゴロオーの巨大な頭部を見上げた。その時、彼女の両腕の中にあったのは黒く蠢く小さな命――


「ね、こォ!? 大バカたわけめ! そんなもののために己は妾たちの足元をうろちょろしてあまつさえ、あまつさえラクに要らぬ手間を――」

「ッ鹿子、敵っ」

「敵……しまっ――」


 激怒し怒鳴り散らす鹿子とは裏腹に、一先ずリタの命を救えたことに安堵する落雁。だがそのいずれもが致命的な隙を生んでいた。

 背筋を駆け抜けた悪寒に落雁がリタ救助で一杯になっていた頭に一号を思い出す。そして上げた一声に鹿子も。


 急遽防護電柵の出力に他のエネルギーも回して必要以上に上昇させる鹿子、落雁はリタがその場を退くまでは動くことが出来ない。彼を守れるのは今鹿子とステゴロオーの防護電柵のみ。


 そしてその一瞬の作業の合間にも、がら空きになったステゴロオーの背中へと迫り、上昇した後足と呼べるのか針のような一本だたらをそれの背へと突き立てる一号。

 二機の防護電柵がぶつかり合いショートを起こし、凄まじい放電現象が生じる。


 ただそれだけならば問題ない。ステゴロオーの防護電柵は一号のそれを上回っているのだから。

 しかし一号はその“足”の先からビームを放出しステゴロオーの防護電柵を苛んでいた。

 流石に電柵同士のぶつかり合いの中にビームを叩き込まれては、如何な丈夫さのステゴロオーの防護とて完全に敵の威力を遮断することは不可能だ。


 弱まった箇所の防護電柵から浸透し、ステゴロオーの装甲に到ったビームから放出されたプラズマ流が機体全体に広がり衝撃を与える。

 するとコクピットで機体と同調している落雁が悲鳴を上げた。

 機体を己の身体のように寸毫の時差無く動作させるためにはより深く強い結びつきが必要となる。

 その代償が機体の受けたダメージの逆流現象。


 激痛に歯を食い縛り、上げてしまった情け無い叫び声を無かったことにするかのように硬く歯を食い縛り衝撃に耐え、呻き声を上げる落雁を前に、鹿子はもどかしげな表情をして己の唇を噛んでいた。

 そして彼女の視線が刺したのはリタ。


「うつけ者がァッ! さっさとそこを離れんか!! 己は妾のラクを殺すつもりなのかえ!? そうなら妾が己を殺してくれる! だからさっさとそこから退けェッ」

「……リタッ」

「る、ルカ……」

「あなたという人はっ」

「ぐぅぅっ……クソ、アマか……」

「あ゛あ゛っ!? ラクッ、其方まだ妾以外の女を気にする余裕があったのか!?」

「クソアマァッ! さっさとソイツ、退かしやがれッ」


 防護電柵が限界を知らせる警報が鳴り響くコクピット。

 怒り狂う鹿子の眼前で怯えるリタの元に駆け付けたのはルカと、そしてデミウスであった。

 そしてルカの登場にそれまで歯を食い縛り、苦痛に耐えて沈黙していた落雁が悲鳴ではなく彼女に向けて口を開き言葉を紡いだ。

 それに真っ先に噛み付いたのはやはりか鹿子だ。


 鹿子の問い掛けを無視し、リタを連れて行くようルカに叫ぶ落雁。

 言われるまでもないと彼女がリタの手を掴み引き起こそうとするが彼女はどうやら腰砕けの状態らしく立ち上がることが出来なかった。


「済まなかった青年! ……死ぬなよ」

「で、デミウスッ!? きゃあっ」


 そんな彼女をルカに代わり、デミウスが軽々と両腕抱えて抱き上げてしまう。直後顔を赤くし、羞恥の悲鳴を上げたリタ。

 デミウスは彼女にもう安心だと笑い掛け、その後にステゴロオーを見上げるとその中にいるであろう落雁へと彼は告げる。落雁は何も応えなかった。応える必要も、彼には無い。


「デミウス、こちらへ……」

「案内頼むよ、ハニー」

「あ、あの、えっと……ありがとうございましたっ! それと、ごめんなさいっ」

「さっさと失せようつけ者ども、バーカバーカッ!!」


 茹で蛸のように赤くなったリタを抱えたデミウスをルカが先導し危険地帯から遠離って行く。

 鹿子の罵声も虚しく、俯せに叩き伏せられていた落雁は大地を映す床に諸手をつけ、徐に身体を起こし始めた。となればステゴロオーもまた然り。

 敵の復調の予感に一号は――そのパイロットたる少女は放出しているビームの出力を上げる。落雁を更なる激痛が襲った。


「……男の背中ァ……甘く見てんじゃねえぞ、クソが……」

「防護電柵、作用反転! 良いぞ! 今じゃ、ラクッ」

「男気ィ……とくと見やがれェェエッ!!」


 トドメとばかりに少女がビームの出力を最大にする。その判断が下せるまでにステゴロオーを護る防護電柵の威力が落ちたためだが、危機の中にありその衰弱がよもや反撃のためとまでは彼女の思慮は至っていなかった。


 最大威力のビームが放たれるその間際、落雁の気合いと共に防護電柵がさく裂を起こした。

 それはステゴロオーを中心に放射状に広がり、本来であれば驚異を遮断する不可視の壁は圧力となって一号を機体の真上から引き剥がす。


 宙空を舞った一号は機体の姿勢を制御するとステゴロオーの後方五十メートルに着地する。

 そしてすぐさまに機体各所にある針の尖端よりビームの赤い閃光をつるべ打ち、ステゴロオーを攻め立てた。


 一号による抑圧から逃れた落雁はステゴロオーをすぐに飛び起きさせ、迫りくる赤い嵐を前に両腕を組み合わせて作り出した盾で己が身を守る。

 電柵を失ったステゴロオーの機体は漆黒に染まり、ビームの直撃を受けた両腕は悲鳴を上げていた。


「チィッ……この、クソがっ」

「全砲門解錠っ、照準……捉えた! 天狗礫、発射じゃっ」


 直にステゴロオーの装甲が破られる。

 そうなれば落雁の肉体に実害が生じかねない。

 ホログラフィーを介して強がる落雁に代わりステゴロオーが両腕の限界を鹿子へと知らせていた。


 そうはさせるか――鹿子はステゴロオーの武装を表示し、現状使用可能なものを選抜。そして機体各所の装甲が展開を見せると顔を覗かせたのは無数の砲口。

 鹿子は落雁に代わりステゴロオーの照準システムを操作し、するとモニター状だったホログラフィーが変化した仮想のスイッチを鹿子の手槌が叩き潰した。


 直撃にステゴロオーの全身から無数に射出されたのは天狗礫と称されるマイクロミサイル。

 必要とされる威力を維持できる極限まで極小化された円柱が悲鳴かのような甲高い音を立てながら空へと舞い上がり一号へと目掛けて飛翔する。


 群れとなり蝗害が如きミサイルたちが一号へと押し寄せる中、一号を操る少女の双眸が忙しく動き回る。

 すると彼女の視覚に投影されたHUDでは迫るミサイルに照準がなされ、一号のビームのつるべ打ちは瞬く間に破壊の権化を撃墜して行く。青空が真紅に染まった。

 その光景を前にし、それまで表情を表さなかった少女の両目が見開かれ呼吸が乱れた。


「うゥ……ッ……ッァァ、アッ」


 すると今度、彼女は球体から引き抜いた指輪輝く両手で己の頭を抱えると苦痛を表現する悲鳴を上げる。彼女の記憶が、魂に刻まれたものが苦しめる。


 まるで“あの日”の光景そのものだ――同じ真紅の空を見上げた落雁は思う。

 “あの日”を、この神経を逆撫でする光景を生み出した存在が今目の前にはいる。落雁の怒りが火炎となり渦を巻く。

 それに照らされたように防護電柵が復調の兆しを見せるステゴロオーの機体が朱く閃いた。


「ラクッ、今じゃ」

「ハッ……応さァッ!!」


 鹿子が生み出した台風の目。

 この絶好の機会を無駄にはすまいとステゴロオーが全速を以て駆け出した。握り締めた右拳が金色を放つ。


「……ハァ、ハァッ……ゥッァァアッ!!」


 そして少女も己の内側から押し寄せてくる苦痛に両目を真っ赤に充血させ、血涙を流し、上げた叫びからは血反吐を噴出しながらも耐えて再び一号――テオドールを駆る。


 ステゴロオーが振りかぶった右拳を更に後方に飛びながら回避する一号。しかしその背がビルディングの一つへと激突しめり込んだ。

 そうやって身動き出来なくなった一号へと駆け迫るステゴロオー。

 落雁は己の輝く右拳を掲げ、それを振り絞る。

 しかし突き出した彼の拳はビルディングのみを打ち抜き倒壊させただけであった。


「ダボがっ、変形か」

「反応増大じゃ! 来るぞ、ラクッ」


 立ち上った砂塵に背を向けステゴロオーが振り返る。

 ステゴロオーの拳が命中する間際、一号は以前の機体と同じように変形のため自らの機体を分解しそれを緊急回避に利用したのだった。


 そしてステゴロオーをすり抜け、それの背後に回り込んだ一号はその形状を新たにして行く。

 今度のそれは銃砲と化した両腕を持つ、スカートの様なブースターを腰に携えた女性らしい形状をした人型。

 双眸の上下にももう二対の双眸を持った、六目をした頭部には髪のような装甲がなびく。


 テオドール・シャールが、シャールたる姿をである。

 再構築を済ませたそれは両腕の銃砲をステゴロオーへと突き付け、そこから機関銃の斉射のような無数の光弾をばら撒く。


 未だに完全復調していない防護電柵。漆黒に変色した機体を朱色のノイズが駆け巡っていた。

 舌打ちを鳴らしながら落雁は今度ばかりは凶弾に飛び込むようなマネはせず、傍らのビルディングの影へと飛び込む。

 しかし身を隠したステゴロオーを追って腕を向けたシャールの銃撃に瞬く間に巨大なビルディングは削り取られ隠れ蓑としての機能を失ってしまう。


 落雁は再びビルディングの影から飛び出すと銃撃に捕らえられぬようトウキョウの街をその巨大で駆け抜ける。


「これでは埒が明かん! 奴が鉄砲を使うと言うなら我らもじゃ、ラクッ」

「飛び道具なんざ柄にねえが、こうなりゃ仕方ねえか」

「征くぞ! 双生火砲、火焔(カエン)! 火縄(ヒナワ)っ」

「ぶち当てるぜ、アキンボだっ」


 巨体駆動体に合わせ拡張された街中を逃げ回る最中、鹿子からの提案を受けて落雁は機体を再びビルディングの影に隠す。きっとすぐに破壊されるだろうが、それで充分。


 鹿子が二つのホログラフィーを同時に起動させると、物陰に潜んだステゴロオーの人で云う太ももの装甲が開放され、そこから競り出した物をステゴロオーの両手がそれぞれ握り締めた。


 そしてビルディングが破壊され尽くされようとした頃、その間際に影から飛び出したステゴロオーは横っ飛びなどしながら両手に持った二丁の拳銃を乱射する。

 ステゴロオーの巨体に見合うだけの巨大なその拳銃の威力はトウキョウに配備されている投射砲の威力すら凌ぐ。

 その銃口から放たれる実体弾は射出の轟音で空を戦慄させながらシャールへと迫るが、シャールもまた身を翻すとそれを躱した。


 互いに命中すればただでは済まない遠距離武器を携え、如何に当たらず当てるか、その為にステゴロオーとシャールの二機は一息として留まることなく移動しながら射撃を敢行。互いを狙い合う。


 そんな時だ、側転を両手を使わず行ったステゴロオー。そうやってシャールの光弾を躱した落雁は着地をすると同時に二丁を敵に突き付けながら左右にではなく前方へと向けて駆け出し始めた。


「――ウォォォオッ!!」

「こ、これこれこれェ!? ラク、ラクやっ! 何故ヤツに突っ込むっ!?」

「ふざけんな! チマチマチマチマチマチマと、ムカつくんだよ! ビビってて野郎どもが倒せるかァッ」

「ひ、ヒィィィッ!?」

「バンッ! バンッ!! バァァッンッ!!」

「せ、せめて電柵が直ってから――ッ」


 漏らしそうじゃあっ――悲鳴と泣き言を繰り返す鹿子が見詰める先では次々と迫りくる必死の光弾が、それはまるで流星雨の只中を逆走するかのような光景だった。

 光弾はステゴロオーの装甲の各所を掠め、直撃こそ幸運にも未だに無いながら微細な損傷をホログラフィーは頻りに鹿子へと訴え掛ける。

 そんな中、一発の光が一直線にステゴロオーの顔面へと迫り来ていた。直撃コースである。


 鹿子は咄嗟に片脚を上げながら己の顔を両腕で覆い隠した。真っ青な顔面に浮かぶ両目には涙がたっぷり。

 当たると鹿子が叫ぶ。しかしより先行し、ステゴロオーと視覚を共有している落雁の顔には笑みがあった。

 冷や汗に塗れた獰猛な笑み。その鋭い眼光には危うい輝きが灯り、そして眼前に迫った光弾を彼は紙一重。首を傾げ躱す。

 ステゴロオーの頬を掠め、すると落雁の頬にも同じ傷が刻まれ、鮮血が溢れた。


 そして彼はシャールへと肉薄を果たす。

 左手の拳銃――火縄をそれの顔面部へと押し付けたステゴロオーであったが、引き金を引きながらも銃口は火を噴かない。弾切れだ。

 ならばと右手の火焔を突き付ける。しかし反応したシャールが身を踊らせ射線から逃れた事で火焔に残された最後の弾丸も彼方に去って行く。


「チィッ」

「――ギィ、ァァァアッ」

「こなクソォァアッ」


 どちらも射撃兵装を活用出来る間合いにいない。互いに肉薄し過ぎていた。

 長身のシャールは言わずもがな、間合い的に有利な落雁の拳銃も中身は空っぽ。

 となればする事は一つ。


 シャールを繰る少女は機体の巨大な銃身となっている右腕を叫びながら振り上げる。叩きつける気だ。

 だが落雁もこの土壇場、咄嗟に火焔の銃把を手放し、放り出して一回転させたそれの銃身を握り締めると今度はその銃把でシャールの顔面を殴り付けた。シャールの頭部が波打つようにひしゃげ、首が明後日を向いた。


 遅ればせながら振り下ろされたシャールの腕を火焔も火縄も放り捨てた落雁はステゴロオーで受け止め、そしてそのまま機体を押し倒す。

 馬乗りになり、そして落雁は再び金色を放つ右拳を振りかざした。狙うは歪んだシャールの頭部である。

 しかしその時、シャールと接触を果たしたステゴロオーの機体を通して偶発的に接触回線が繋がり、すればシャールのパイロットである少女の呻き声がステゴロオーのコクピットに流れる。

 そしてそれを落雁の耳が拾った。


「……女子の、声……か?」

「……六花……」

「な、なに? おい、ラク……」

「お前、六花か!? (たちばな)六花(りっか)――ぐおっ」


 落雁が零した言葉の意味を問おうとする鹿子。

 しかしそうするよりも早く、手を止めてしまった落雁のステゴロオーをシャールが押し返し拘束から脱してしまう。


 そうしてその場に尻餅を付くステゴロオーへと、そしてシャールのパイロット――“橘六花”は銃口を突き付けるのだった。

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