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エンジェント・ハイヴ

ストック切れです。

ここからはローペース!

 戦闘が終わりを迎え破壊された街の撤去作業が夜通し進む中、数台のサーチライトに照らし出されたステゴロオーが持ち上げている右手の上に降り立った落雁は己の足元を見下ろしていた。


 その後ろ、解放されたステゴロオーの頭部装甲から姿を見せた鹿子が危なっかしくも機体の上を伝って腕を渡り、落雁の側までやって来る。

 彼女は普段の図々しさも見られず、おずおずそろそろと静かに袖を揺らしながら落雁の脇から顔を覗かせ彼の視線を追い掛けた。そこにはステゴロオーの甲板があるばかり。何も無い。

 そう、何も無いのだ。


「……ラク――」

「言うな」

「……済まぬ……」

「言うなって、耳まで遠いのかテメェは。良ンだよ……これで……これでアイツはもう休める」


 言って夜空へと顔を上げた落雁。

 やはり追って鹿子も空を見ると、その先には無数の星たちが瞬いていた。それはまるで昇華の光が闇に宿ったようであった。


 それを見て落雁はその言葉を紡いだ様だったが、同じものを見ていた鹿子がちらとその目を彼の方へ向けると彼の顔は実に神妙なものであった。

 恐らくは自らにそう言い聞かせることで他者の命を奪った実感を少しでも和らげようとしているのだ。


 是非も無い。道明寺落雁は強大なる力の持ち主として生き返ったが、人の箍まで失ってはいない。

 どれだけ強がろうとも、突っ張ろうとも彼の心は“ただの人”でしかない。

 戦争を経験したとか、表沙汰に出来ない家業を生業にしているだとか、そんな漫画や小説、映画の“主人公”では無いのだから――


「――道明寺さァ、髪下ろしてた方がイケてねー?」

「イケてねえェ、な。こっちのがイカしてんだろ?」

「それイカだったんだ」


 ――はじめから出来ない勉強のためにどうせ無駄だと思いながらも引っ張り込まれてしまった補習授業。

 落雁と数名、如何にも不真面目と言った連中が疎らに揃った夕方の教室でまだ見た目こそ真面目そうな少女が一番不真面目な落雁へと語り掛ける。


 ふっくらした栗色の髪に人懐こそうな目、制服だってちゃんとしているし髪の色はなんと自前だそうだ。

 しかし彼女、橘六花が浮かべる笑みは補習に出てきても可笑しくないやんちゃさをしていた。口調も実に軽々しい。


 六花は来てさっそくやる気なく暇を持て余している落雁の隣へと席を移しては、彼が教師や他の“やんちゃ”な生徒に目を付けられる一番の原因であろうそのプレスリーよろしくなリーゼントについて指摘する。

 指摘だけで無く実際に指で突っつこうとする彼女から首を傾けて逃れながら落雁は当然彼女の言葉を否定した。


「テメェこら、喧嘩売ってんのか?」

「怒ンなって~、今日日ンな頭じゃ女の子、捕まんないでしょ」

「女のためにやってんじゃねえから」

「え~? 野郎のオシャレなんて求愛だろー?」

「残念、テメェら女とおんなじで趣味でしてる野郎だっていンだよ。良かったな、補習来て。一つ勉強になった」

「可愛くね~……道明寺可愛くねえわァ~」


 そうは言いつつも楽しげではある六花。

 落雁もまた暇をしているよりは彼女と話している方がマシだと思い、外へと視線は投げているが浮かべる表情は笑顔だった。


 後になって落雁は知るのだが、橘六花という生徒は彼の同級生。

 彼女は“有名人”な落雁の事を知っていたが、特に“有名人”でもなく寧ろ半端故に地味ですらある彼女のことを落雁は知らなかった。


 同級生なのにと当然六花は呆れたが、今覚えたと落雁は笑う。

 それから“友人”として近くもなく遠くもなく、二人は同級生らしい浅い付き合いでだらだらと親交を深めることとなる。

 “あの日”が訪れるまでは――


 ――結局、掛ける言葉も見当たらず、鹿子はそんな落雁の横顔から目を逸らす。出来る事なら彼を元気付けてやりたい。そう思いながら何を言えばそうなるのか彼女には見当も付かない。

 しかしそうやって彼との距離が空くこともまた堪えられず、彼女はせめてとその小さな手で彼のシャツの裾をちょんと摘まむのであった。


 落雁の肉体の半分を構成するナノマシンを通じて発する意思により、自動操縦でステゴロオーは右腕を下げ、手を地上へと降ろして行く。つまりこれは落雁の意思である。

 そうして遠離って行く星空を落雁はしかしいつまでも見詰めていた。

 いつかの日の思い出に浸りながら、あるいは逃避しながら。



 ――そう、彼は主人公なんかではない。

 次元境界線、“ボイド”。そこは無数の銀河の中にあり、それらを見渡すことの出来る宇宙の中にあって外なる場所。

 そこに浮かぶのは巨大なる片翼の天使……いや、そう見えるのは本体たる要塞に接続された機関、“次元連結カタパルト”が巨大な翼のように見えるからだ。

 それらを合わせ、全貌を納めることの出来る距離から見ることでその異形は神聖なる天からの御使いと誤認される。


 周辺を飛び交うのは無数のテオドールたち。

 それらが築き上げる防衛網を越えて、巨大な建造物たるその天使の体内へと入り込むと人気は無く、何か無人の機械が働く様子も見られない。

 聖堂のような造りの内部はひたすらな静寂にあり、そこを正しく進んで行くことでテオドールなどの戦力を保管する広間――つまり格納庫へと到る。


 巨大な泉があり、その中に“機械天使”たちは浮かんでいた。

 その様はまるで母の胎内で生誕するその時を待ちわびている胎児そのもの。

 だが目指す先はそこではない。そこはあくまで母なる天使が身籠もる子供の部屋。行くべきは天使が子ではないものの在る場所である。


 増設された格納庫。

 神殿の如き造りはそのままに、幾らかは機械的な設備も見ることの出来るそこが“客間”だ。

 五十メートル以上にも及ぶ巨大を収めるために作られたそこの天井は余りに高い。

 件の巨人は己がのびのびと出来るはずのそこで、しかしただ静かに立ち尽くし沈黙していた。


 黒き装甲に獣の面――黒いステゴロオー。

 そしてそれを見上げるのは白化した髪をした“少年”。

 彼は毒嶋孝太郎と呼ばれる“あの日”死んだはずの存在が一人。


「……ボクこそが主人公なんだよ、道明寺落雁。キミなんかはただのモブキャラ、脇役にすら到らない取るに足らない存在だ」

「――けれど、鉄拳重機は彼を選んだ」

「っ……うるさい! ボクのデラジオンこそが本物だ!! 現にヤツの機体はボクとボクのデラジオンには敵わなかったっ」


 黒いステゴロオーもとい鉄拳重機デラジオンを見下ろす孝太郎の背中にかけられた静かなる女人の声。

 鈴の音のようなその声に対し、しかし孝太郎は怒りを露わにして身を翻すとその感情のまま叫ぶ。

 居たのは白い肌をして金髪、そして碧眼をした青いロリィタ服の少女であった。


 その姿は肌や髪の色、服装こそまるで逆ながらも鹿子と瓜二つで、彼女は桜色をした薄い唇を歪めて怒れる孝太郎へと微笑みかけると、彼の怒号へとその静かな声で返す。


「“ラク”が貴方に負けたのは、彼の側に在るべきものが間違っているから。だからラクとラクの鉄拳重機はその力を使えない」

「違う! ボクの力だっ」

「ラクが本来の力で戦えば、貴方は勝てない」

「っ……黙れェッ――ッ……!?」


 あくまでも笑顔で、きかん坊へと言って聞かせる母性で以て少女が告げるのはしかし孝太郎の弱みであった。

 彼女は彼の、彼にとって誰にも触れてほしくないものに無遠慮にも触れるどころか、それを指先で転がして弄びさえする。


 だからそんな彼女に対して孝太郎が更に激昂するのは道理で、怒りに支配された彼は表情を歪める。

 すると彼の髪はにわかにざわめいて、身体中の欠陥が浮き彫りとなった。

 そして溢れかえる怒りと力のままに少女へと握り締めた拳を振りかざした孝太郎であったが、その刹那、彼はその場に崩れ落ち両膝をつくと両腕で己の身体を抱き締める。


 力は痛みとなり、怒りは苦しみとなって彼の全身を芯から痛めつけた。

 寒気に怖気に震える身体を両手でしっかと押さえ付ける孝太郎の全身に浮かび上がる血管は収まることなく、そしてそれこそが彼を苦しめる元凶でもあった。


 彼の纏う白い装束、鉄拳重機との接続を補助するためのそのスーツを構成するゲル状の流体が赤く変色を始めていた。彼の肉体に異常が生じ、危険な状態であることを締める色だ。


 やがて孝太郎の口や鼻、眼に耳に真紅の血が溢れ出してくる。

 ぼたぼたと垂れ落ち、白亜の床に広がる赤に浮かんだ己の醜い死者の顔を揺れる瞳で見詰めながら、孝太郎は寒さと恐怖に奥歯を鳴らした。


 そんな彼の闇に狭まろうとしてる視界の片隅に、青と対を成すかのような青い靴の爪先が映り込む。

 もはや機敏さを失い、さび付いた機械のようにぎこちなく徐に面を上げて孝太郎が見上げるとそこではやはり笑みを携えた少女が彼を見下ろしていた。否、見下していた。


「……貴方はラクには及ばない」

「ぼっ……ボクは……っ……ボク――ッ」

「沢山死んだ、“あの日”の人達の中の一人。働きアリの一匹に貴方は過ぎない。ラクのような特別な存在では、貴方は――ナイ」


 終わりたくない――少女の言葉は否が応でも孝太郎の耳に入り込み、意識を掻き回す。まるで紅茶にミルクを融くように、少女が掻き回す。だから孝太郎は己が解けて無くなってしまわぬよう必死に“あの日”抱いた思いを繰り返す。

 そうして己が救われたから、それに縋る。“あの日”のように、“あの日”の奇跡を願って。


「――そこまでにしなさい、エル」


 彼のその切なる願いが今一度叶う。

 “あの日”に聞いた声が、再び彼を救う。


 エルとそう呼ばれた少女は兎の耳のように立ったリボンを揺らし、なだらかな波を打つ金糸の髪を揺らし振り返る。

 彼女の碧眼が詰まらなそうに見るのは、輝く長い白髪をした、男性にも女性にも思える中性的な存在だった。


 全身を包む白衣は無数の翼で、それと床に付くほどの髪を合わせるとそれはまるで顔ばかりが浮かんでいる異形の様。

 それは口を閉ざし表情を無くすと共に静まり返ったエルの傍らを滑るようにして直立姿勢のまま通り抜け、孝太郎の前へ。


 縋るような目を向ける彼にその存在は穏やかに微笑みかけると、そうするだけであったエルと違い翼の合間を掻き分けて右腕を伸ばし、そして孝太郎の頬にその手で触れた。

 彼がそれの手の冷たさを頬に感じると、そこで蠢いていた“何か”が瞬く間にその動きを止め、浮き上がっていた血管もまた元に戻って行く。

 苦痛も、そして恐怖も然り。


 乱れた呼吸ばかりを残しながら、自らを抱いていた両腕を解いた孝太郎は潤んだ瞳でそれの金色の瞳を見詰め続ける。

 また助けてくれた、“特別”だと証明してくれた――孝太郎に安堵と、“特別”の意味が心地良く広がって、それに浸る彼の表情は恍惚と蕩けて行く。

 “特別”をくれるこの手にいつまでも触れられていたいと頬を寄せる。


「コウタ、あなたは我々にとって無くてはならない存在だ。だから鉄拳重機はコウタを選んだ……分かるね?」

「……もちろん、ボクは“主人公”なんだから」

「そう、だからこんな所で死んではいけない。終わるべきじゃない……コウタ、あなたが全てを救う者となる」


 孝太郎の頬に触れるため、赤の中に膝を付いていたそれが立ち上がる。

 それはつまりその手もまた離れてしまうと言うことであり、孝太郎はそれに名残惜しさこそ懐くものの、それの言葉に対し己もまた立ち上がりながら頷く。彼の表情には不敵な笑みがあった。


 すべきことはしたと、それは孝太郎の眼前で、彼の眼にその穏やかすぎる微笑みを焼き付けて残し消失する。

 再び格納庫に残された孝太郎とエルの二人。

 彼を見るエルの瞳。しかし孝太郎はその瞳に、向けられる冷ややかな視線にもう恐怖は覚えなかった。


 もはやエルになど興味も無いとばかりに一瞥した後、彼女に背を向けた孝太郎は再び己の鉄拳重機を見上げた。

 そしてより明確に深く刻まれた笑みで彼は紡ぐ。


「例えあの三人に勝てたとしても、落雁。キミはどうせ負けるのさ、この主役たる、主人公のボクに。それがキミの運命なんだ」


 エルは彼のそんな言葉に鼻を鳴らし、背を向けこの場を去る。

 そうして遂に孝太郎は“独り”、取り残される。


「だってキミは橘を手にかけた。それはもう、悪役のすることだもんな……悪役は、主役が倒さなきゃお話にならない」


 持ち上げた両手。

 力を得たその両手を拳として握り締め、既に知らされていた六花の“消滅”を思い浮かべる。

 そして彼女に対する弔いを口にした孝太郎が浮かべたる表情はしかし、彼女が消滅したことでより明確化した己の“主人公”としての存在感に酔った笑みであった。

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