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覚悟の一歩

「……のう、落雁」

「……」

「この際じゃ、戦いなど止めてしまっての? 何処か、敵も味方も……なーんのしがらみも無い所に行くというのはどうじゃ。妾の次元連結カタパルトがあればそれも出来る」

「……」


 落雁は応えない。

 毒嶋孝太郎に撃墜されたあの時と同じように、大地に大の字で寝そべったステゴロオー。落雁もまた然り。

 しかし違うのは、あの時の彼は睡魔に負けて眠ってしまっていたこと。此度はそうではない、その意識ははっきりとしていた。


 天球儀内部から出てきた鹿子はコクピットで大の字になって何時までも空を睨み付けている落雁の元へ歩み寄り、膝枕などを彼にしている。

 いつもならばそうしようとしても嫌がられるだけであるが、今の落雁の心は此処に在らず。それは容易かった。


 ――全ての始まりは“あの日”。

 次元連結カタパルトによりこの次元へと到達したステゴロオーと鹿子が落雁と邂逅を果たした事で始まった。

 覚悟ならしていたはずなのに、しかし実際にそれが必要となると覚悟が足りなかったことを痛感する。否、そうではない……


「――できンのかよ」


 落雁が嫌がることもあって普段愛でることの出来ない彼の髪をここぞとばかりに撫でて愛でる鹿子がそうしながら述べた言葉にその実、偽りは無い。落雁を試すような意図は無い。

 彼女にとって彼との出逢いは戦う為ではないのである。


 だからもしこの戦いで、この事実で落雁の心が折れて屈したのだとしたらそれはそれでも良い。

 もしかしたならば、それこそが己の本当の望みであるのかもしれないとすら鹿子は思う。

 落雁が望みさえすれば――彼女がそう思い、なんならばその望みを叶えるべく言葉を紡ぎ落雁に諦めを付けさせようとした時である。その落雁が閉ざしていた口を開き、言葉を紡いだのは。


 鹿子が手が止まる。

 落雁は己を覗き込む彼女をしかし見てはいない。

 彼が見ているのは遙か高き青い空。厄災来たる天空。


「……でき――」

「できるわきゃねえ……オレはまだ、“あの日”出来た借りを返し切っちゃいねえんだ」

「良いではないかそんな借りなど! 友と殺し合ってまで返さねばならぬものなのか? 拾った命を投げ出してまで、蘇った者をその手にかけてまで返さねばならんと言うのかっ? 例えアレがかつての友でないとしてもラクよ、其方が手にかける必要など無いのじゃぞ? 逃げてしまえば良い……逃げることが最善最良の手と言うこともあるのじゃ。だからラクよ、妾と――」


 そこまで言って、鹿子の言葉を遮るように落雁が跳び起きる。

 トレースシステムを切っている現在、彼のその動作にステゴロオーは追従することは無い。


 立ち上がった落雁は六花の操るシャールとデミウスたち三人の戦闘機が争う様子を見詰めながら、彼の背中を呆然と見詰める鹿子へと言う。


「……どうせやらなきゃならねえなら、橘はオレの手でやる」

「何故じゃ? 逃げても良いと言っておろうにっ」

「“ヤツら”から逃げるなんざありえねえって言ってんだっ」


 鹿子もまた立ち上がりながら、それでもまだ高く、遠い落雁の背中へ縋ろうと一歩を踏み出そうとする。

 しかし彼の落雁の張り上げた声が彼女の足を止めた。


「鹿子、テメェが言った通りありゃあ敵だ。“あの日”オレや孝太郎、橘を殺してくれたクソ野郎だ」

「ちっ、違う! アレは其方の――」

「オレはテメェに蘇らせられて、ステゴローに乗って借りのために命張ってる。アイツらだって誰かに蘇らせられてテオドールとか言うのに乗って、そしてまたオレたちを襲ってる。“あの日”やって来て、そんでこの前オレらがぶっ倒したヤツにも同じように誰か乗ってたなら……もうそりゃ、“あの日”と“今日”になんの違いもありゃあしねえだろうがっ」


 そう、覚悟なら疾うに決まっている。

 足りないのは、それを成す最後の一歩だ。

 しかもそれは、既に踏み出したはずの一歩。


 “敵”を前に切られる落雁の啖呵。

 それを前に鹿子は言葉を失ってしまう。何かを言わねばいけないと、そうでなければ己が望みは叶わぬと分かっていながら。


「……橘……今、行くぜ」

「――ステゴローは、いつでも行けるぞ」

「鹿子……テメェ……」

「仕方あるまい……妾には、其方は止められぬ……」


 振り返る落雁が見たのは、天球儀へと向かう鹿子の背中であった。その背中が彼に言う。

 彼女のその寂しげな言葉を聞いた落雁は双眸をまぶたの内側に秘匿し、彼女が天球儀へと入り、再び振り返る前にまた前方へと向き直った。

 背中でしか語れぬ事が男にはあるのだ。


 己へと、いつもの広い背を向けている落雁を鹿子は天球儀の中から見下ろして微笑むがそれはどこか悲しげであった。

 結局、想いというのは言葉にしなくては伝わらない。


「起きろォッ、ステゴロオーッ」


 鹿子を取り囲む円環が動き出し、ホログラフィーが次々に出現する。

 そして落雁が吼えると、それまで消灯されていたステゴロオーの瞳や各部センサーに碧い光が灯りその巨体が落雁と同じになるよう動き出した。


 駆動音を響かせ、遂に大地に再びその勇姿をそびえ立たせるステゴロオーは、落雁の動作を真似て両脇を締めると彼の上げた雄叫びを代弁する。それに伴い装甲が展開し“口”が開いた。


 虚空を震え上がらせたその雄叫びに、戦闘を続けていたデミウスたちが手を止める。

 そして復活したステゴロオーの存在を直視したことで、六花は己が当初の目的を思い出し、悲鳴に近い声を上げながらシャールの両腕の砲口を突き付けた。


「あ、危ない……っ」


 それを見て機体を上昇させていたリタがステゴロオーへの援護のために急降下を始め、そしてシャールを照準に捉えた所、しかし割り込むように前を横切ったデミウス機に彼女は引き金にかけていた指を止めた。


「俺たちの役目はここまでのようだ」

「い、良いんですか……?」

「あの狂犬が戦う気になったなら、うろうろしていれば我々が巻き込まれかねない。ただでさえ出過ぎた真似だというのに」

「そう言うな、後はお手並み拝見と行こう」


 デミウスの指示に従い、二人の機体が彼の物に続き再びヤジリの隊形を取る。

 そして射撃を開始したシャールの上空を飛び去り、そのままステゴロオーの頭上を過ぎて行く。

 デミウスはその時にステゴロオーを見下ろしながら言った。


「さあ、青年。ここが正念場だ。これを切り抜けられなきゃ、キミに未来は無い」


 期待はしているけどね――通信を開いていない彼の言葉は届かない。それでも笑みを浮かべたデミウスはその言葉の通り、落雁に対する期待を胸に抱きながら疾走を開始する巨人の上空を通過。離れた位置より戦いを見守る。


 迫り来る無数の光弾、それに対し朱きステゴロオーは突き進む。その両腕には碧い光の盾たる隼人楯が展開されていた。


「行け、ラクッ! 其方は其方のやり方でっ」

「しゃあっ、オラァッ」


 避けることもせず、両腕の盾にて飛来する光弾を打ち払い、弾かれたそれらが巻き上げる爆炎の中をただひたすらシャールに向けて突進する。

 全てを全てそうすることなど到底不可能であり、ステゴロオーの機体に幾つも被弾を許し落雁もその度に苦痛を覚えながらもしかしその足は止まらない。


 そうして落雁が強引にシャールとの距離を詰めようとすると、遠距離攻撃こそを得意とするシャールを無論そのパイロットである六花はステゴロオーから遠ざけようとする。

 リパルサーフィールドと呼ばれるテオドールが持つ重力制御能力により浮揚し、空へと逃れようとするシャール。

 しかしそうはさせまいと跳躍し追い縋る落雁に鹿子が力を添える。


「跳べぇっ、ラクゥッ」


 射撃を継続しながら上昇して行くシャールに向け、ステゴロオーもまた地面を踏み砕きながら跳躍した。

 左腕による防御を継続し、コクピットのある頭部や機体の胴体など致命傷を負いかねない部位のみを守りながら落雁はその右手を伸ばす。


「っ……橘ァァアッ!!」

「ウゥゥ……ゥァァアアッ!?」


 落雁が雄叫びと六花が咆哮が交錯する。

 シャールの放つ弾丸はステゴロオーの装甲を穿ち、機体からは小さな爆発と漏電が生じていた。

 しかしそれが大事に到らぬよう鹿子によるダメージコントロールが行われ、そうしながら彼女は更にステゴロオーに備わる推進器の出力を上昇させた。


 引き離されようとしていた巨大がぐんと再び持ち上がり、そして遂にシャールにその手が届いた。

 ステゴロオーの広大なる右手はシャールの頭部を鷲掴みにし、落雁はその手の感触を逃す前に今度は機体を降下。シャールの機体を地面へと引きずり下ろし、叩き付けることに成功した。


「アァァウゥゥッ……ギャァァアッ」

「お前は……お前はァ、もう……ッ」

昇華神器(ムラクモ)――なにぃっ!?」


 自爆――必殺の一撃を叩き込むべく、ステゴロオーに備わった神器を解錠しようとしていた鹿子が気付く。

 ホログラフィーはシャールから観測された膨大なエネルギーに真っ赤に染まり、警報をけたたましく鳴り響かせる。


 直後、シャールの頭部が爆発を起こし、その衝撃で掴む物を無くし虚空に漂うステゴロオーの右手が弾かれてしまう。

 拘束から脱出したシャールは首無しのままステゴロオーの股座から逃れ宙空へ、そして逆転を狙い両腕を一つにした大砲を構える。


 しかし、六花のその咄嗟の行動を前にしても落雁は揺らがなかった。彼は既に次の行動に移っている。ステゴロオーの左拳が脇へと引き絞られていた。

 だが拳では既に届く間合いにシャールは無い。鹿子がそれを伝えようとするが、しかし落雁は構うこと無く叫んだ。


「応えやがれ、ステゴローッ」

「ムラクモが異常な活性を……なんじゃ、何が起きおるというのじゃ!?」

「届けェェエッ!!」


 金色が溢れ出し、それはコクピットからステゴロオーすらも輝かせる。拳だけではない、それはアメノムラクモノツルギの完全解放であり、鹿子ですら持ち得ない権能であった。


 大陽が如き輝きを放つステゴロオーが突き出した左拳。それが伸びきる直前に前腕部が展開し、あろうことか手首が分離。

 光の中、鹿子が手元に手繰り寄せたホログラフィーにはステゴロオーの左腕手首が異常を起こしている旨が表示されていた。


 仕様に無い変化。

 その変化に驚嘆する鹿子を他所に、異常や破損としてシステムが認知している手首の分離であるが、打突の勢いによりそれは前腕から射出されてしまう。

 鹿子が警報を鳴らすホログラフィーを見ると、そこに映し出されたステゴロオーのシルエットから確かに手首が消失していた。


 尋常であれば勢い任せで打ち出されたとしてもすぐに墜落して仕舞うであろうその手首であるが、しかしあろうことかそれはまるで弾丸かのように宙空を飛翔し、手首とは金色の光芒で繋がりぐんぐんと逃れ行くシャールへと迫って行く。


 ロケットパンチとか、そう俗に呼ばれるような兵装とでも呼べば良いのであろうか――少なくともステゴロオーに本来備わっていないはずのその攻撃はシャールが構えた大砲の、その砲口内に飛び込み内部に溜め込まれたエネルギーをかき混ぜ暴走させる。

 膨張したシャールの大砲が遂に破裂する。しかしてステゴロオーの拳は金色の輝きの中にあって健在であった。そしてそのまま、今度はシャールの胴体を掴む。


「タァチィバァナァァアッ」


 その光景を傍観していたデミウスが吹いた口笛。

 シャールを捕らえた落雁はその後、左腕を振るう。

 伸びた手首はその動きに追従、シャールを鎖に繋がる鉄球の様に振り回し薙ぐと立ち並んだビルディングたちに次々打ち付けながら最終的に己が手元まで引き寄せ始めた。


「――鹿子ォッ」

「っ……じっ、神器解放!」

「橘ァ……テメェはもう、死んだんだ。だから、橘ッ! オレがもう一度、今度こそっ」


 殺してやる――そして用意するのは右拳。

 引き寄せるシャールが迫るのを前にしながら、落雁が叫ぶ。

 決めたる覚悟が成就するための一歩を踏み出すための痛みを彼は覚悟する。


 敵は六花で、そしてそれは彼の知る人物で、つまりは人間で。

 しかし彼女は蘇り、今は敵として落雁の前に立つ。

 彼女がもたらすのはきっと“あの日”と同じものだろう。


 落雁は、彼は“あの日”を再び繰り返さないために此処に居る。

 今をこうして生きて、戦っている。

 そのために負う傷も痛みも、背負う覚悟でやってきた。

 そしてその時が今こそ来たのだ。


 敵が友人知人と呼べる存在であるとは思いもしなかったし、ただの人として生きてきた落雁であればそんな者たちと戦う事は到底出来なかったことだろう。

 しかし今の彼はただの人ではない。彼は死者で、生者。

 その狭間の存在であり、それはヒトを超越した存在。


 なんのために死に、なんのために蘇ったのか。

 落雁は右拳をこれでもかと握り固めながら己に問い掛ける。


 ――今、この時のために。


「光に……還れ……っ! 橘六花ァァアッ!!」


 突き出された巨人の金色の右拳が、間合いへと引きずり込まれたシャールの腹部を打った。

 金色の衝撃がシャールを護る防護電柵と共に飛び散り、その機体が漆黒に染まる。


 一拍子置いて、それから訪れた静寂の中、シャールはその機体を光の粒子へと打ち貫かれた腹部から分解されて行く。

 音も無く、解けて行く。


 そして分解され尽くした機体が光として空へと昇った後、最後に現れたのはその内部に居たのであろう少女であった。

 その姿を見た落雁の両目が大きく開かれる。少女――つまり六花のその姿は彼と比較しても幼い。

 その姿は正しく“あの日”の彼女と寸毫違わぬものであった。


「久しぶり、だな……橘」

「……ラク……」


 六花の血塗れた姿を前に落雁が囁く。

 その痛々しい声を聞いた鹿子はしかし、彼の愛称を小さく呟くことしか出来ない。伸ばそうとしたその手も、どうせ届くまいと引っ込んでしまう。

 そうした後、落雁は突き出していた右拳を解き、手中に六花を収めた。


 閉ざされ行く五指の合間から、その時彼は見るのだった。

 生気を失っていた瞳に再び光を灯し、落雁を見詰める六花を。

 そして落雁は彼女に告げる。


「――そんで、サヨナラだ」


 彼が己が右手を再び拳へと固めた時、内側にあったモノが砕け散る感触をそこに覚えた。

 そしてステゴロオーの右拳。その指の隙間から零れた微量な光が静かに天へと昇って行くのだった。

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