八十二話 プロローグ~生きる力
謁見を終えたマギは、市場に寄ってたくさんのごちそうや甘い物などを買い込んで教会に戻っていた。
教会の中は子供たちのおかげでいつもより少しばかり騒がしい。使い魔たちと無邪気に戯れてはしゃいでいる姿は幼い子供そのままだけど、もう半月ほどもここで暮らしているという子供たちの中には、すでに自分たちの状況を理解して何とかしなければと思い悩んでいる子もいる。
親に捨てられたと認めるのはさぞかし辛いことだったろう。それでも立ち止まっていられないと動いているのだ。大きい子はシスターの手伝いを率先して行っているし、小さい子も不安や寂しさに押し潰されそうになりながらもがんばって良い子でいようとしている。
小さいながらにここを追い出されるようなことになれば生きてはいけないと肌で感じているのだ。
その時、マギは確かに気付いていた。自分の知らないところで何かがすでに始まっている。
いつだってそうだ。事前に教えてもらえる訳がない。事は起こってから気付かされる。
弱い者はいきなり悲劇を突きつけられて、理不尽だろうが理解もできないままに不幸を受け入れることしか許されない。
この子たちも同じだ。
自分のように目の前で親を師匠を殺されなかっただけまだマシだ、などと不幸比べをしたって幸せになどなれないのだ。
「エンタに行ったっきり帰って来なかった父親を母親とともに待っていた。その父親が帰って来たと思ったら、翌朝には母親も一緒にいなくなっていた……、と」
「ええ、この子たちみんな同じことを言ってたわ……」
裏に他の勇者、たぶん奴隷商の奴が関わっている……のかはまだわからない。エンタという名の毒に冒された父親が絡んでいる何かが起きているのは確かだろう。
連れ去られた母親ともども今どこでどうしているのかもわからないけど、この子たちは慈悲で残されたのか、邪魔だと不要とされたのか。どちらにしても残されたこの子たちはこれから生きていかなければいけない。こうして優しいシスターが手を差し伸べてくれたおかげで自分のように奴隷に落ちずに済んだのがせめてもの救いだろう。子供たちもそれになんとなく気が付いているからこそ、無理してでも笑顔を作って生き延びようと藻掻いているんだ。
「俺も旅をしながら情報は集めてみるけど、迎えに来るのをただ待つよりは自分たちで生きていけるようにならないといけないんだろうな」
「落ち着くまではここで面倒みれるけど、どうしてこんな……」
シスター・アンナの声が詰まる。マギは寄り添い背中をそっとさすってやるしかできなかった。“これからもこんな孤児が増えるかもしれない”なんて、今のシスター・アンナに告げることはさすがにできなかった。
シスターから事情を聞いた上で改めて皆の顔を見る。生き残ろうとする強かさを持つこの子たちなら、きっと大丈夫だろうとマギは思った。
弱さに辛さに不幸な自分に、泣くしかできない子供は生き残れない。こんな状況になっても生きる気力があるのなら手を貸すこともやぶさかではない。
久しぶりに美味しいものを腹いっぱい食べて満ち足りて寛いでいる子供たちの前で、マギはポーションを作って見せた。デモンストレーションだ。
何をしているのかはわからずとも、魔法を使って水を出したり火をつけたり薬草を刻んだりというのを初めて見た子供たちは、やんややんやと喝采を上げて夢中になり、不思議な匂いのするどろどろした濁った緑の液体が透き通った美しい青色へと変化した時には、
「ほおーっ」
とあちらこちらからため息が洩れるほどに集中して見ていた。
布で濾し、出来上がったポーションを瓶に詰めながらマギは語る。
「俺はこれでも優秀な薬師として良い評判をもらっている。俺の作るこのポーションは効果の非常に高い高品質ポーションとして認められているから、この小さなひと瓶を銀貨五十枚で買い取ってもらえる。この鍋ひとつで金貨十枚以上になるんだ」
子供たちからおおっと感嘆の声がこぼれる。
「まだ不慣れで低品質なポーションを作っていた頃は一本銀貨十枚の買い取りだった。ポーションが作れなかった頃、薬草のまま納品していたならさらに十分の一くらいだ。それでもがんばれば金を稼げるってことだ」
理解できているのかはわからないが、皆が真っ直ぐにマギを見つめ言葉に耳を傾けていた。
「わかるか? これが手に職を持つってことだ。子供が自分の力で生きていくには手に職が必要だ。稼ぎ方さえ身につければ金を稼ぐ方法はある。今はシスターのお世話になっていてもいいが、いつまでも守ってもらうだけの弱い子供ではいられない。
それがわかるなら、自分もこうなりたいと思うなら、やる気がある奴には俺は手を伸ばす」
瞳がキラリと光った子がいる。
「まずはシスターに生活魔法を習え。最低でも魔力水が作れるようにならないとポーションは作れない。できるなら着火やクリーンも使えるといいな。魔法に適性があったなら、聖職者を目指して光魔法の修行をするのもいいだろう。魔法が苦手なら薬草を上手に摘む方法を覚えるのもいい。ポーションの品質は薬草の状態でも決まるからな。これも大切な仕事だ」
もう一度、皆を見回して念を押す。
「俺は旅を続けなきゃいけないから付きっ切りで世話してやることはできないけど、ひと月後、帰って来た時にちゃんと練習していてやる気を見せた奴にはポーション作りを教えてやる」
そう言ってマジックバックから昼間ポーション屋で買っておいた調薬セットを一揃え取り出した。いつかこれが扱えるようになれば……と目の前に目標設定してやる。適性もあるし小さい子も多いから皆ができるようにはならないだろうけど、実物が目標としてあればやる気も出るだろう。
少しでも金を稼ぐ手段があるというのは光になる。マギのような子供でもできるというのが、がんばれば自分にも手が届くかもしれないと希望を与える。
「まずは一カ月、がんばってみせろよ?」
見渡して言うマギの瞳をしっかりと見つめ返して頷く子が何人かいた。彼らが引っ張っていってくれるだろう。絶望に暮れるばかりでなければそれでいいのだ。
その晩、子供たちが寝静まってから、マギはシスター・アンナに寄付を渡した。
「こんなにたくさん……」
袋には金貨三十枚をとりあえず入れてある。
「俺もシスター・アンナと女神様に助けてもらって、今もこうして旅を続けていられてるんだ。あいつらは弟妹のようなもんだろ? 今度こそ寄付を受け取って欲しい。シスター・アンナにお願いするしかないんだ。俺は行かなきゃ……」
マギの横顔を見つめていたシスターが頷き、寂しそうに微笑んだ。
「これからも……、こんな子が増えるのかもしれないのね? マギの旅はそういう何かと戦う旅でもあるのかしら。わかったわ。ここは私が守ります。マギが安心して戦って、旅をして、また帰って来れるように。そのためにこの寄付はありがたくいただくわね」
マギを勇気づけるようにシスターはぎゅっと抱きしめてくれた。そのぬくもりがマギに力をくれる。
「……うん、やらなきゃいけないことがある」
シスター・アンナが背中を守ってくれてるなら安心して旅立てる。ここからは何かが起きるかも知れない。そんな一抹の不安を感じるような予感を覚えながらも、マギもぎゅっとシスター・アンナを抱きしめ返した。
「シスター、俺が帰って来るまで頼むね。またがんばってくるよ」
マギの旅はまた始まる。
本当の戦いもここから始まるのかもしれない。
町で買い物 -3枚
寄付 -30枚
現在の所持金貨 2649枚
町資産 7700枚分




