七十六話 増資する気持ち
トマスはマギたちのいる離れには一切近付こうとしなかった。
食事を運んでくるのは使用人として雇われている町の者だし、用があれば母屋の方にマギが呼び出される。まあ、仲間たちと顔を合わせてもお互いに気分の良いことにはならなそうなので、マギもそれでよしとしている。
日が昇ってから領主たちが町を通過していって、昼前には盗賊が通り抜けていった。これで鉢合わせの心配がなくなったので、午後からは町の人々の暮らしを見て回った。
建物の見た目は立派になっても人々の暮らしは以前と変わっていないようだった。獣を狩ったり、森に入って山の幸を集めて食って生きている。身の回りの物もほとんどが自給自足で、商人から物を買う習慣は相変わらず無いようだ。
「困ったことはないか? やってみたいことは?」
マギが聞いて回っても、自分たちはこの生活に満足していて幸せだから口出ししないでくれと暗に拒絶される。もうこの町はこのままでもいいんじゃないかと仲間たちもあきれた様子だし、マギも同感だった。
その晩、トマスに呼び出されたマギはストレートに増資を要求された。
出し渋る訳ではないが、金貨の入った袋をテーブルの上にドンと置いたマギは、渡す前にもうひと言だけ言わせてもらった。
「……金貨二百枚。これでこの町は金貨四百枚の町となる。城エリアに匹敵する規模ってことだ。この金は町のみんながより良く暮らしていけるように役立ててくれよ。少しくらいは近隣の町と交流を持ったり、商人と取り引きしてみるのもいいんじゃないか?」
「素材の買い取りや木材の仕入れなど必要な取り引きはしております。それでじゅうぶん町は発展しております。これ以上の口出しは無用。我らには我らの生き方があるのですから。町の者の幸せは私が考えますから、マギ様はどうぞ旅に集中して下さい」
これは放っといてくれ、早く出て行ってくれ、ということだ。ここまでシャットアウトされてしまうと、もう何も言うことはない。
翌朝早くに出発することを告げて、見送りは不要だと伝えると、本当に誰ひとり見送りに出て来なかった。誰とでも仲良くなりたいなどという乱暴な希望は持っていないが、少しばかり寂しく思いつつ町を出る。
唯一、南の宿泊所の世話を自発的に買って出ているという男だけが、通りかかったマギたちに気付いて声を掛けてくれた。
「マギ様、早いお発ちですね。いってらっしゃいませ」
「君は……」
以前、マギに獣除けの香を譲ってくれた男だった。
「宿泊所にはノータッチなのかと思ったけど、ひとりでここにいるの?」
「一昨日の晩は勇者様がお泊まりになられましたので……。勇者様のお世話のために来ていましたが、片付けも終わりましたのでこれから町に戻ります」
「……そうか。大変だったね。ゆっくり休んで。じゃあ、俺たちも行くよ」
「はい、お気をつけて」
頑固な町の雰囲気に少しばかりうんざりしたマギだったが、悪い人たちではないんだよな、と思い直した。
「まあ、幸せの形は人それぞれか……」
『あの成金趣味はないと思うにゃ!』
『あれはちょっと……と思いますね』
ルビーの辛口批評にクロウまで苦笑いしてそんなことを言う。
『本人たちが幸せだって言ってるんだもの、いいんじゃないの?』
『口を出しても煩がられるだけである』
フェレとドンクは突き放した言い様をした。
「守りは固めてくれてたし、宿泊所も作ってくれた。ここまでできてるからもういいだろう。これ以上は望んでも迷惑みたいだし、後は町の人たちに任せよう」
マギたちは気持ちをネルへと切り替えて森の中の街道を南に進んで行く。ネルに近付くにつれ街道にも陽光が射すようになってきて、地面も歩きやすく変わっていった。
「ここに来る道、すごく良くなってたよ。がんばってくれてるんだね」
ネルの村で迎えてくれた村長のギュンターを労っていると、駆けつけたアンプロが報告をしてくれる。
「養蜂箱の方は出来上がっているし、あとは春を待つばかりだからな。手が空いた者は街道の整備に回ってんのさ。道が良ければ自分たちの狩りも楽になるからな。みんなやる気が有り余ってるしな!」
「森を切り拓いて村もだいぶ大きくなりましたし、柵もしっかりしたものを作れました。宿屋も商人の皆さんに気に入ってもらえてます。おかげで商人たちとの関係も良くなっとりますわい。女たちはせっせと砂糖大根を集めて畑を広げております。仕事にも慣れてきて手持ち無沙汰にしとる者から陳情もきてましてな。他にも何か我らにやれることはないですかな?」
村のみんなからもせっつかれているらしく、ギュンターからやる気が伝わってくる。ニアでさんざん素っ気なくされてきたマギは、ギュンターの意欲的な言葉に嬉しくなってしまった。
でも、何をしてもらおうか。みんなの期待に応えたいけど、すぐには思いつかない。ともかく何か良いアイデアが浮かばないかと声に出して考えてみる。
「えーと、今後考えていることとしては、まずは養蜂だろ? これはハチミツを特産品としたいのがメインで、派生で酒造りに発展させたい。森で取れる果実を漬け込んだ果実酒とかね。それから蜂の巣から取れる蜜蝋で石鹸や肌に良いクリームとかも作れるようになると思うんだ。
養蜂以外で考えると、甜菜……ここでは砂糖大根って言うんだっけ。それから砂糖が作れれば、それも特産品になりそうだよね。他には何かあるかな……?」
『ルビーはお酒じゃなくてジュースがいいにゃ!』
『どうせなら甘い菓子もあると良いぞ』
まずはルビーとドンクから。
『私はお酒でも構わないわ。そうなるとつまみも欲しいかしら?』
『フェレはヘビ肉の唐揚げを気に入ってましたね。あれはお酒に合うのでは?』
続いてフェレとクロウからも。
考えを整理しようと計画を口に出してみているマギの言葉に仲間たちから勝手な意見が飛び交っている。
「ジュース、甘いお菓子……。ヘビ肉、おつまみ……」
仲間たちの声は周囲には聞こえていないので、急に黙り込んだマギがポツポツと単語を言い出したように聞こえる。ギュンターは不思議そうに続きを待った。アンプロは何やら察していると思うが。
「酒造りの練習にもなるし、まずは果実の砂糖漬けとジュース作ってみるか。あとは木の実を使った甘いお菓子とか。焼き菓子なら日保ちもするから商品になるかもしれない。ちょうど秋だから、森には果実や木の実が実る時期だよね。それから、ヘビはまだ狩れるかな? ヘビ肉は案外美味かったよね。他のエリアでは食べたことなかったから特産品になるかな……?」
「なるほど、とにかくその辺をやってみりゃあいいんだな」
「そういうことでしたら、それらを加工する施設なども用意しておいた方が良いですな。ほっほっほっ、これは忙しくなりますぞ。みんなも喜ぶでしょう!」
「え!? 忙しくなると喜ぶの?」
「作ったり、試したりの楽しさを知っちまったもんは、毎日毎日街道の整備ばかりで飽きてきてるんですよ。仕事にあぶれてる者もおりますし。試行錯誤って言うんですか? 自分たちで試してみて、失敗して、やり直して。繰り返して成功するってのは楽しいもんですな」
「おう! マギ様のアイデアもみんなでいろいろやって上手く形にしてみせらぁ。春までずっと暇じゃあ腐っちまうからな。任せとけよ!」
なんと頼り甲斐のあるセリフ。
打てば響くように答えてくれるこの反応。
やっぱりこういう風に前向きにがんばってくれてる方が増資もし甲斐がある。向き不向きもあるから仕方ないが。まあ、その町によって個性があるのは、それはそれで面白いとも言えるだろう。
それでも久しぶりに明るい気分になったマギは、嬉しさから思わず甘えたくなって、
「うちのフェレがヘビ肉の唐揚げが好物なんだ。それも頼むね」
とお願いしておいた。
「フェレの姐さんは命の恩人だ。絶対旨い唐揚げ作ってもらうから楽しみにしといてくれ!」
アンプロに前のめりでそう言ってもらえたので、次に来る時がまた楽しみになったマギだった。
増資 -200枚
収入利益 +24枚
増資 -80枚
現在の所持金貨 1665枚
町資産 6430枚分
あけましておめでとうございます。
のんびりマイペースな作者ですが、
本年もよろしくお願いいたします。




