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 外伝 ワイズとレンジ①



「作物を育てるというのはえらく時間がかかるものなのだな」


「作物にもよりますが、私の畑は半年から一年は見ていただくのがよろしいかと……」


 ワイズの蒔いた厄介事の種の成果が待ち遠しいという王様とそんな会話を繰り広げつつも、褒賞金として金貨二百七十八枚を受け取って謁見の間を後にしたワイズは、珍しいことに城の廊下でレンジとすれ違った。


 彼の出番が来るのはまだ先になるが、せっかくここで出会えたのだ。早めに話を通して抱き込んでおいた方がいいだろうと踏んだワイズは、謁見を終えたレンジが出てくるのを城の前で待ち伏せした。強引なところがあったのは否めないが、とりあえず話を聞いてもらえる場を作ることには成功した。




 城下町の食堂に連れ込み、まずは酒を振る舞うと、


「酒か、久しぶりだな……」


 レンジの表情も少しは緩む。城前ではずいぶん警戒していたように見えたが、やはり酒の力というものは偉大だ。


 レンジの固く閉ざされた心の防御がだんだん緩んできた頃合いを見計らって、何気ないふりを装ってワイズは仕事の話を持ちかけた。


「私の方は道筋はすでに作りましたから、軌道にのるまで一年ってところですかね」


 レンジがギョッとしたのをワイズは見逃さなかった。()()のところに反応したようだ。どうやら、レンジの見積もりよりも自分の動きは早かったのだろうとわかる。


 初手として意表は突けたかな、と話の掴みに満足してワイズは本題となる自分の計画を語り出す。


 商業エリアではパトロンや上客に当たりをつけ、すでに懇意にしている者もいる。

 城エリアでは欲望渦巻くエンタの町をメインの狩り場として、ウェスターのヤクザ者ともすでに結びついており、東側の町の者にも資金を貸し付けることでエンタへと人の流れを作った。そうして狩り場のカモを続々と増やしている。

 鉱山や森に住む者たちは場が整ったら商品として仕入れるつもりで、今はまだ育て始めているところだ。


 城エリアで狩った獲物や、北のエリアで育てた商品は、農業エリアや商業エリアで人足として売りさばく。そうやって奴隷市場を確立させてしまえば、後はワイズの独壇場となる。それらの仕組みを作り上げるまでにかかると想定する時間が、ワイズの見立てでは一年だと言うのだ。


 それはレンジの予想よりも遙かに早かった。見知らぬ土地で余所者が商売を始める足場を固めるだけでも一年やそこらじゃ足りないと思っていたのだ。


 勇者の名の後押しも、ワイズの手腕も上手く結びついていたが、何より小さな国の中で存外無垢に生きていたこの国の人々には、あまりにも簡単にたった一滴落とされた黒いシミが広がってしまったのだと思う。抑圧されて鬱憤が溜まっていた時勢というのもワイズを後押しした。こちら側に気持ちが傾きやすくなっていたのだろう。


 それはワイズにとっても予想以上に上手くいきすぎだったのかもしれない。レンジの予測など追いつけなくて当然だった。


 その辺りの自分の状況を説明した上で、いよいよワイズはレンジに頼みたい仕事について語り始めた。


「城エリアのカモは放っておいても身を持ち崩してくれます。一番収穫も早いでしょうね。来月辺りから少しずつ動かすつもりです。鉱山エリアも年老いるまで穴ぐらを掘り続けるなんてうんざりだって言う、地に足がつかない輩はうようよしてます。一攫千金を夢見てる奴らは、自分からエンタのカモに成り下がるでしょう。これは狩り場の獲物が減ってきた頃に動かそうと思っています。

 問題は森に住む田舎者たちで、こいつらは小さい自分たちだけの世界の中で満足して生きていますから、欲望にはなかなか靡かないんですよ。一人、二人なら物色もできますが、それっぽっちじゃ商品としては成り立たない。だからね、村ごとひとつ、まるまる刈り取ってやろうと思いまして。以前にも似たような仕事をお願いしましたよねぇ。あの時は見事でした。あの手腕を今回も期待したいのです」


 あの時……、思い出したくもない仕事だ。レンジが組織に巻き込まれた仕事の中でも一番胸クソの悪い仕事だった。ワイズとレンジの縁もそこからの始まりだったが、あれほどの悪どい仕事はその後は回って来なかったので付き合いを続けられたとも言える。


 ただでさえ二度と受けたくない類の仕事なのに、悪事そのものに嫌気がさしている今のレンジにはおぞましさしか感じられない。それでも、


「……えらくデカいヤマだな。オイラ一人じゃ難しいんじゃねえか?」


 と、やんわり否定の意を伝えるくらいの抵抗しかできなかった。


「前回の森の村を潰して子供を攫い、物品や女を奪い取るほどの大掛かりな仕事を一人でやらせるつもりはありませんよ。今回あなたに頼みたいのはきっかけを与えてもらうだけです。田舎者たちは大きな欲望にこそ反応を見せませんが、身近な他人への嫉妬や悪い噂なんかには敏感なんですよ。そこを突きます」


 ワイズの計画ではひとつの村にターゲットを絞り、そこで他の村の悪い噂――自分たちだけが大変な暮らしをしていて他の村は優遇されているなど――あること無いこと吹き込むのだそうだ。閉鎖的で排他的な村にはすでに心当たりがついているらしい。

 周囲の村への信頼感を奪ったところで村が襲われ、困り果てた村人の前にワイズが現れる。他の村に頼る気持ちを持たない村人たちにとって、ワイズは救世主の如く村を丸ごと救ってくれる勇者様だ。縋るしかない村人などやすやすと商品に変えられるらしい。


 レンジの仕事は魔物でもけしかけて村を窮地に陥らせるだけでいい。後はワイズが上手く誘導して村を捨てさせる。ワイズが村人をごっそり連れ出して空になった村は、そのまま報酬としてレンジの取り分にしていいから手を組まないか、という話だった。


「レンジくんには、町を囲う柵に綻びを作ってもらった上で魔物寄せの香でも焚いてもらえればいいのです。そうだ、混乱させるために多少火をつけてもらうのもいいかもしれませんねぇ。その方が村を捨てる踏ん切りもつくでしょう。ああ、もちろんレンジくんの取り分を考えて、無難な家の数軒も焼いてくれるだけで構いませんよ。簡単な仕事でしょう? もちろんやってくれますよね?」


 人でなしの計画を本当に愉しそうに語るワイズに思わず竦んでしまう。逃がさないと言わんばかりのワイズの蛇のような視線に絡め捕られて、心ならずもレンジは頷いてしまいそうになった。




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