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 外伝 レンジ④



 この国を走り回って三周目。


 もう盗みをするのも面倒くさくなったレンジは町に入ることすらせずにひたすら街道を駆け回って、今は三周目のゴールを迎えたところだった。


 自分の性格から“面倒くさい”なんて言い方をしているが、本心を言えば嫌気がさしていた。スラム育ちの自分が一人で生きていくためにできることがこれしかなかったから手を染めた仕事だ。似たような境遇の子供たちのまとめ役として進んで危ない橋を渡っていた自覚はある。誰かがやらなければいけないなら、チビたちにやらせるより自分が矢面に立った方がよっぽど良い。


 そうして毎日を生き延びているうちに、いつしか組織にもずっぷり組み込まれていた。やりたくない仕事でも組織にいればやらない訳にはいかない。幾つもの阿鼻叫喚の中に身を置くうちに、自分を麻痺させることにも慣れていく。


 生きるか死ぬかの世界なら、何をしたって生き残った者が勝ちだ。どうやって稼いだ金だろうが金は金だ。

 いつまで生き延びられるかわからないのだから、面白おかしく生きるのが利口だ。いや、馬鹿みたいに笑っていないとおかしくなるんだ。


 泣き叫ぶ女の(むご)たらしい姿には目を閉じ、泣き喚く子供の怨嗟の声には耳を塞ぎ、勝った者が正義なのだと自分を騙す。


 喜んでやっていた訳ではないが、嫌々やっていたとも言えない。レンジにとってはそうするしかないのだからやって当然なのだ。仕方ないことなのだ。




 それが今は走るだけで金が稼げる。




 悪事になど手を出さずとも、自慢の脚を使えば(のち)に国すら手に入れられる。何もやましいこともなく、己を自慢して誇れるというのはこんなにも気持ちの良いものだったのかと。


 ただ前に進むことだけに没頭して足を動かす毎日。一日の終わり、体に溜まった疲労感も汗も痛みすらも、全てが楽しくて充足していた。






 今、そんなレンジの目の前に立っているのは奴隷商の男ワイズだった。


 褒美をもらうために訪れた王城の中で、あちらも謁見してきたのであろうワイズとすれ違ったが、その時はお互い何も喋らなかった。一言も交わさないまま、ワイズは城を出て行ったはずだった。


 以前とは違う道を走り続けることを選んだレンジは、ワイズとはすれ違うだけの関係になったと思っていた。もう同じ道を歩くことも、手を取り合うことも無いと。




 王様に謁見し、褒美に金貨を四百四十枚ももらい、直々に足の速さを褒められて、レンジはさらに自分の足を誇った。これこそが自分の進む生き方だと、輝かしくも清々しい気持ちで城を出た。


「さあて、またガンガン走るぞ!」


 達成感とともに再びやる気に燃えるレンジの心を挫くように、城の外ではワイズが待ち伏せしていたのだ。パチ、パチ、パチと妙にゆったりしたテンポで音を鳴らしながら行く手を塞ぐように目の前に立つ。


「お互いゴールおめでとう、だね。まあ、私はまだ二回目だが。調子はどうだい? レンジくん?」


 口の端を嫌らしく歪めて、ゆっくりと拍手をしながら自分の前に立ち塞がる男。その笑顔とも呼べない貼り付いた表情と嘘くさい手を打つリズムに、自分の功績が穢されたように感じられてレンジは面白くなかった。


「……ボチボチだな。何か用か?」


 だから、ついイライラとつっけんどんな受け応えをしてしまう。


「ははっ! つれない態度だねぇ。私は寂しいよ、レンジくん」


 その馴れ馴れしく舐めたような上からの物言いは、組織の上の奴らの話し方と同じだった。こいつは自分のことを下に見ていて、優しくすり寄るふりをして自分の力を好き勝手に使おうと企んでいる。長年染み付いた感覚がそれをレンジに理解させたので、レンジはさらに警戒を高めた。


「いや、上手くいってねえからイライラしちまった。悪かったな。こんな小っせえ国じゃ碌に仕事になんねえ。走るしかできねえからよ。……そっちは稼いでんのか?」


 警戒しています、と素直にツラに出すような馬鹿な真似はもちろんしない。軽い口調ではあっても下手に出るように、


「美味い仕事があったらこっちにも回して下さいよ。ねえ、旦那?」


 というセリフを暗に匂わすのだ。ワイズの持ってくる美味しい仕事なんてものには既にまるで興味など無かったが、袂を分かったとは表には出さない。


 向こうの手の内を少しは覗いてやろうという策略でもあるが、百戦錬磨のワイズのことだから表の気持ちも裏の気持ちも、それどころか裏の裏に隠してある本心まで全部見透かされているのだろうとは思う。それでも、今ここで最大の敵だと感じているワイズとぶつかっても良いことなど何も無い。うまく最後の瞬間、自分が全てを手に入れるその時までは敵対せずにやり過ごしたい相手だ。


 それがわかっているレンジは本心から下手に出ているので、見透かされても困ることなど何も無いのだ。まあ、早く別れたいと思っているのなんて(はな)からダダ漏れだろうから、隠しているうちにも入ってないだろうし。


「ええ、あなたに相談したいことがありましてねえ。ここで立ち話もなんですから、町の方でゆっくり話しませんか? 旨い飯と酒をご馳走させて下さい」


 ほら、わかっててもこんな風に図々しく誘ってくるんだ。そしてレンジが断れないこともお見通しだ。


 相変わらず胡散臭い笑みを貼り付けたままのワイズに誘われるがまま、レンジは後ろを付いて歩き、城下町の宿屋に併設された食堂兼酒場に入っていく。




 まだ夕方の早い時間だというのにケンカっ早い酔っ払いで溢れたその店の一角は、やかましい分内緒の話をするのにも適していた。そこでレンジは聞きたくもないのにワイズの悪事の計画を聞かされてしまった。


 レンジの手を借りたいというその計画はおぞましいものだった。聞かなかったことにしたいほどに。でも聞いてしまった。その時が来れば逃げられないのだろう。


 さすがのやり手だと感心させられ、自分に残された時間が思ったよりもずっと少なかったことに焦りもしたが、それより何より背筋が冷えるほどの恐ろしさを感じたのだ。あの悪魔に絡め捕られる前に、本当のゴールまで走り抜けられなければ自分に明るい未来は無いのだ。




 今日のところはとにかく時間を稼いだ。なんとか逃げ出してきたとも言う。


 いや、今日のところは逃がしてもらったのか。


「あいつの言う悪いようにしないって言葉ほど信じられねえものも無いな……」


 ひたすら走り続けて栄光を掴みたいという自分の目指すゴールに変わりはないが、あの悪魔に目を付けられたからには多少の軌道修正は必要になるかもしれない。


「その時が来たら、か。ちっ……。一年後とはね。時間が足りねえな。一年半まで引っ張れれば勝ちの目は見えるんだが、あいつのことだから早まる可能性の方が高いんだろうな。やっぱり世界はオイラを良い子ちゃんではいさせてくれねえってのかよ……。当面は走り回る方針に変わりはねえが、ワイズの動き次第では手っ取り早く領主と兵士の奴らから金を奪ってやることも考えておかなきゃな……。またオイラは悪事に手を染めるのか? ハマった沼から足を洗うってのは簡単じゃねえな……」


 ワイズと話した食堂の二階にとった部屋でベッドに寝転がり足を組んだレンジは、大きな苦い溜め息をひとつ、深く深く吐いた。




 ――どうにも人生ってやつは反吐が出るほどままならない。






 ◇◆◇ 三周目リザルト ◇◆◇


   プレイヤー1:レンジ(黄)


    購入した町:0

    資産 金貨:4843

        町:0

       合計:4843


   次回褒賞予定:484



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