七話 最初の町
王城を出て最初の町は“アイパレス”という高い街壁に囲まれた大きな街だった。
一軒家の屋根なんかよりもずっと高い壁が、どこまでも続いているかのように見える。マギが考えていた“町”とは規模が違い過ぎて圧倒される。ちょうど閉められようとしている門の前で、思わずあんぐりと口を開けて、壁の高さを見上げて驚き固まっているマギに門の兵士が声をかけた。
「おい! ボウズ! 一応聞くが、入るなら早くしないと、もう閉めちまうぞ!」
「うわわっ、入る! 入ります!」
現実に引き戻されて、慌てて門に駆け寄る。うっかり一日目から野宿になってしまいそうなところを助けられた。
「町で泊まるなら入場税が必要なんだ。通り抜けるだけなら税は取らないが、もう閉門の時間だから明日にしてくれ。野宿するなら、あまり門から離れない方がいいぞ? 王命だからスマンな」
「いや、野宿は危ないと聞いているから泊まるつもりなんだ。入場税っていくらだい?」
「ボウズ……。金は大丈夫なのか? かわいそうだが俺たちも仕事なんだ。まけてやる訳にはいかないんだよ」
ゴツイ体をした屈強そうな兵士の顔が切なそうに歪む。荒っぽく見えるけど心配してくれているのだろう。
「この町の価値は金貨四百枚だ。四百枚払って権利を買えば、今後いつでも町は歓待して迎え入れる。今回だけなら一割の金貨四十枚を払ってくれ」
「よ、四十枚……!?」
マギは予想外に高かった入場税に驚愕したが、相場というものを知らないので、こんなものなのかもしれないとも思った。ボロいバッグが金貨三枚、低品質に見えたポーションも金貨一枚だった。
申し訳なさそうにして閉門を待ってくれてる兵士が騙してるようにも思えなかったし、話を聞くと入場税を払えば宿代や食事代などはかからずに泊めてもらえると言う。手持ちが無くて払えない訳でもなく、背に腹はかえられない。命あっての物種なのだ。
「これから三年も旅して国中を回り続ける予定なんだ。この町にも何回も立ち寄ることになると思う。十回で元が取れるなら、権利を買った方が将来的に得になるだろう。金貨四百枚払わせてもらうよ」
カバンから金貨の袋を取り出すと、四百枚きちんと数えて兵士に手渡した。本当にいいのか? という顔で見られたので、ハッキリと頷いて見せる。
「権利のご購入ありがとうございます。お名前を伺えますか?」
「え? あ、マギ……です」
「マギ様、ようこそアイパレスの町に! 宿屋までご案内致します!」
とびきりの笑顔で白い歯を見せた兵士は頭を下げ、マギを門の中へと誘う。
今の今までボウズと呼んで子供扱いしていた兵士に急に態度を変えられて驚くが、どうやら喜ばれているらしい。いつの間にか辺りは薄暗くなっていて、門にはうっすらと緑色の光が灯されていて綺麗だ。なんだか嬉しくなって、幻想的に光る門をくぐり抜けた。
日暮れでも賑わっている大きな街の喧騒にキョロキョロと視線をさまよわせながら、兵士に先導されて町一番の宿屋へと案内された。
そこは立派な建物で、前の世界の領主の館にあった物見の塔よりもずっと大きく高く感じた。場違いな雰囲気に思わず尻込みするが、どうぞどうぞと中に押し込まれる。
通された最上階にあるという部屋も素晴らしかった。足が沈むような絨毯に、何人も一度に寝れそうな大きなベッド。魔道具が設置され自動で適温のお湯が張られる広いバスルーム。
食事も王様や貴族様が食べるんじゃないかというような豪華なものが、食べきれないほど饗された。肉に魚、柔らかいパン、濃厚なスープ、甘いフルーツやお菓子。目にも美しく、味ももちろん抜群に美味かった。ついつい欲張って腹に詰め込んでしまった。
この部屋も食事も、今まで生きてきて一番の、頭が追いつかないほど高級なものばかりだった。
「はあ……。お腹いっぱいで、体も清潔で、ベッドはフカフカ……。幸せだ……。けど、贅沢しちゃったなあ。金貨四百枚も使っちゃった」
そこで、はたと思い出す。せっかく採取した薬草と角兎を売るのを忘れていたと。
「ああ! 失敗した! 明日になったら品質が落ちちゃうから売れないよ。もう店も開いていないだろうし……」
がっくり項垂れて自分の馬鹿さ加減に落ち込んでいたその時、客室のドアがノックされる。
「マギ様……。お休みの前に何か御用はございませんでしょうか。もうお休みになられるようでしたら、明日の朝食までは下がらせていただきますが……」
廊下から控え目な声がかけられた。
どうやら、部屋付きのメイドという者が、ドアの外でずっと控えていたらしい。
マギは一か八か、このメイドに頼ってみることにした。
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