五話 よろず屋
まず、マギはよろず屋に入った。どこに何の店があるのか、右も左もわからないこの街で、何気なく目に止まったので覗いたその店は当たりだった。それぞれの種類は少ないが、衣類から武具、食料に道具。ありとあらゆる商品が取り揃えられている。一軒一軒探して回ったところで、どこが良い店かなんてわからないし、時間がかかるばかりだろうと、マギは一発目に飛び込んだこの店で必要な物を揃えてしまうことにした。
「……とは言え、この国の貨幣価値も物価もわからないからなあ」
街の雑踏やそこに暮らす人々の様子を見ると、雰囲気は元いた国と良く似ている。文化の程度も、店構えや並んでいる商品も、ぱっと見た感じでは殆ど変わらないと言ってもいい程だ。とは言え、それは雰囲気。この国の常識も何もかも、わからないことばかりなのだ。
乱雑に商品が積み上げられた店内をキョロキョロと見て回る。店員はあまりやる気のない男のようで、明らかに探し物をしている客を見ても、手を貸そうとか売り付けようといった商売っ気を見せない。
「まずはカバンかな……」
ちょうど目の前の、いろんな物がゴチャゴチャと放り込まれている木箱の中に、カバンの肩掛け紐と思われるものがあったので引っ張り出してみる。小柄な自分が使うにはちょうど良さそうなサイズだ。微妙に小さめだから売れ残っていたのかもしれない。見た目はボロっちいが、作りはしっかりしている。こんな十把一絡げな売り方をしているところを見るとお買い得な品かもしれないし。これでいいか、と値札を見て、思わず驚きの声を上げてしまった。
「こんなボロいカバンが、き、金貨三枚!?」
いきなり金貨三千枚を渡された時は、あまりの大金に膝が震えてしまったものだったが、こんなボロで金貨三枚もすると言うのなら、思ったよりも金貨の価値は低いのかもしれない。やりくりしていかないと、ひと月かかる旅でどのくらいの金貨を残せるのかもわからない。予想外に厳しかった現実に天を仰いでしまう。金貨十万枚を貯めるなんてどうしたらいいものかと、前途多難な旅に頭を痛めていた。
「おや、兄さん! それを買うのかね? 若く見えるがお目が高いね! 一割なら引いてやるから、それでどうだい?」
その姿を見て買い悩んでいると踏んだのか、さっきまでまるで興味なさそうだった店員がすり寄ってきた。ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて揉み手をしている。
「いや……、無駄遣いをする気はない。他にも買うべき物もあるし」
「ほうほう、他に何が必要だい? うちは何でもあるぜ!」
急に客として認められたようだ。どうやらマギの身形があまりにボロボロなので、冷やかしだと思われていたみたいだ。
「そうだな……。これから旅を始めるんだ。動きやすそうな服と靴。携帯用の食料に水袋。使い勝手の良さそうなナイフかな」
マギがそう言うと、男は即座に店内を駆け回り、商品をかき集めてきた。
「兄さんのサイズなら、このズボンと上着にブーツ。下着や靴下も必要だろ? このナイフなら兄さんにはちょっと大ぶりだが、護身用にも解体用にもなる。下草を払ったり、枝を加工したり、料理にも、と普段使いにも申し分ない一品さ! ホラ、腰に着けやすいようにベルトもおまけだ。このベルトには水筒も着けれるし、ポーションを入れるポケットも付いてんだ。こっちが携帯食のビスケットと乾し肉。水筒の中にはバッチリ水も入れてあるぜ。全部まとめて金貨三枚! それでどうだ!?」
ここぞとばかりに売り付けてきたが、カバンだけで金貨三枚という出費に頭を痛めていたマギには渡りに船だった。
「買った!!」
店員の気が変わらないうちに、と懐の中の袋から金貨を三枚取り出してカウンターに叩きつける。
「まいど!」
店の隅を借りて、さっそく着替えさせてもらったマギは、ベルトにナイフと水筒を着け、カバンに食料と金貨の袋を入れて肩に掛ける。金貨の袋がジャラリと音を立てたことに、店員の目つきが変わった。
「に、兄さん! まだ懐に余裕があるなら、そのベルトのポケットを空にしておく道理はない。一緒にポーションもどうだい? 旅に出るなら絶対必要だぜ?」
カウンターに青、赤、黄色と色とりどりなポーションを並べる。
「おなじみのケガを治すポーション、魔力の回復に毒消しと各種あるぜ。どれも金貨一枚でどうだい?」
「うーん。今はいいや。ありがとな」
マギは魔法で回復も毒消しもできるし、明らかに低品質に見えるポーションに金貨一枚はもったいなかったので、断ってさっさと店を出た。
「ちきしょー! カモに逃げられたが、まあいいか。あんなボロバッグになんで金貨三枚なんて値札が付いてたのかわかんねーが、ウヒヒ、儲かったぜ!」
店員は普通なら銀貨五十枚もあれば揃えられるような物を金貨三枚で売り付けられたことに、ニマニマと口元を緩ませていた。
買い物 -3枚
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