外伝 プライドとヒーロ①
ようやっと国を一周してきた男たちは、王様との謁見を済ませ、城下町の宿屋の一室にいた。
そのうちの一人、小太りの男、元領主のプライドは、何やらガミガミともう一人の男に怒鳴り散らしていたが、相手からの反応は何も無かった。
もう一人の男、兵士のヒーロは過労が限界を超えて、部屋に入るなり鎧を外した途端にぶっ倒れたのだった。今はベッドの上、意識も朦朧としており、嫌味の言葉も耳に届いていなかった。
◇
彼らが旅を始めた当初。全ての軍資金はプライドによって管理されており、ケチなプライドは金を払って町に泊まることを拒否した。
「儂のような高貴な者が、目的のために苦汁を飲んで不自由な生活も甘んじて受け入れると言っておるのだ。お前に否やはないな!」
「ははっ!」
ヒーロはその時、プライドにはまだ利用価値があると思っていたので、旅の方針から何から何まで、全てプライドに粛々と従った。いや、ふりをしていた。
最初のうちは野宿もたいして辛くはなかったし、国盗りというスケールの大きな話から来る高揚感で気持ちにも余裕があった。偉そうな領主の言葉も右から左へと聞き流して、外面だけ従って見せれば機嫌も良くなる。上手くあしらっていけると思っていた。
ヒーロは前の世界での魔物との最終決戦のために鎧兜も剣も身に付けていた。英雄と讃えられていた自分のために用意された装備は領地でも最上級の物で、守備力も攻撃力も申し分なかったし、見た目の良いマントさえも翻していた。格好良くて強そうなのではなく、格好良くて強いのだと自分に自信を持っていた。
さらには、戦いの最中にあったにもかかわらず、旅立ちのための道具も一式揃えて持っていた。ヒーロは勝ち目のない大災害級の魔物との戦いには、とっくに見切りを付けていた。
あの、やけに打たれ強く使い勝手の良い奴隷の少年を囮として放り込めば少しは時間が稼げる。あいつが打たれ強いとはいえ幾らも持たないだろうことは分かり切っていたが、その少しの隙に自分だけ逃げ出せればいい。僅かな時間でどれだけ逃げれるかはわからないが、生きていれば何とかなると。
そして、何とかなった。
幸運なことに、蹂躙寸前の国からこの国へと召喚され、しかも勇者と呼ばれ、国を手にするチャンスも与えられたのだ。
自分は頭は良くないので金儲けが下手だろうことは自覚していたが、他人に寄生して甘い汁を啜るのは上手い。今は多少不自由な思いをしても、最後に勝ち組に乗っかっていれば自分も勝ちだ。プライドが潰れそうなら全てを力尽くで巻き上げて他の奴に乗っかればいい。
それがヒーロの作戦だった。だから今は耐える。屈辱なんて屁でもない。
野宿の際には自分用に用意していたテントを張り、狩った獲物で食事の用意をしてプライドを休ませる。自分は警戒に当たるが、出てくる魔物もせいぜい銀狼の群れ。武力には優れていたヒーロにとって敵ではなかったし、ウトウトと仮眠を取りながらでも殺気に気付ける程度には訓練を重ねていたので、たいして疲労を溜め込むこともなかった。
だが、それも東神殿までの話。
「旅の後半に無理をするのも辛かろう。ヒーロの体力があるうちに魔物が多いという森林エリアを越えてしまおう」
プライドはまるでヒーロの体を労るような物言いで進路を決めた。言われるままに森林エリアに入ると、聞いた通りに魔物との遭遇率が跳ね上がった。
それでも昼間の街道ではそれほど難儀はしなかったが、野宿などをしていると村の近くであるにもかかわらず、結構歯応えのある敵が何度となく襲ってきた。さすがに仮眠すらとることが難しくなった上に、倒した魔物の素材は全て金に換えるとプライドは言うのだ。当然のようにヒーロに全てを運ぶように命令した。
さすがに日持ちのしない肉類は食べる分以外を処分することが許されたが、角や牙、爪、毛皮と、嵩張るし量があれば重くなっていく。プライド自身はもちろん何も持たず、当たり前だという顔をしている。
森林エリアの村や町には商人がおらず、道中で売却することもできない。結局、泊まる必要は無いと通され、危険な野宿を繰り返して北神殿までやってきた。
だが、ここにも商人はいないので買い取りはできないという。小賢しいガキのシスターから、続く鉱山エリアのトガリまで行けば買い取ってもらえるだろうという情報を手に入れられただけだった。
ヒーロの疲労は溜まっていた。鬱憤も溜まっていた。自分は何もしていないくせに、
「儂にこのように地べたを歩き回らせるとは!」
などと愚痴の多いプライドの機嫌を取るのも嫌になってきた。鉱山エリアに入り少しは魔物の数も減ってはきたが、大荷物を背負わされて歩き続けたヒーロにとって、眠れないことが辛くて仕方なかった。睡眠不足が苛つく神経をさらに尖らせる。
ようやくトガリまでやってきた時も、ケチのプライドはここでも野宿するとごねた。
「もう、素材が持ち切れません。売るには町に入らねば……」
「町に入るには金貨十枚も取られるのだぞ!?」
「それでも! ここで売っておかないと、この先は全て捨てることになりますよ?」
「……それは勿体ないな。仕方ない、今日は町で泊まるか」
渋々ながら町に入ることを許されたが、「二人なので金貨二十枚だ」と言う門番の言葉にもうひと悶着あって、さらに疲れが増したヒーロだった。
しかし、森林産の魔物の素材が思いのほか高く売れ、金貨二百枚にもなったことでプライドの機嫌はすぐに直ったのだが。
久々の風呂にベッド。食事は簡素なものであったが、それでも今のヒーロにとっては極上の待遇だった。領主の我が儘や癇癪が町の者に向かうのも楽でいい。
一度入場税を払ったなら出て行くまで何日いてもいいとの話に、プライドからもう一泊する許可が出た時には歓喜した。ゆっくり休んで、しっかり食べて、疲れも取れた。プライドのイライラもほんの少しは改善されたようだった。
だが、ヒーロの苦難は続いた。
素材の売り値に気を良くしたプライドが、日中も道を外れてできるだけ魔物を狩って素材を集めろと言い出した。結局そこから三日間。昼となく夜となく、一人で魔物を狩り続けさせられたヒーロは、西神殿に着いた頃にはまたもやクタクタに疲れ果てていたのだった。




