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 三十九話 町の権利



「町の権利ってさ。最初は自分たちの身の安全のために買ったものだったけど、そこで暮らす人たちのためでもあったよな。どっちも間違っちゃいないけどさ。でも、真実のひとつとして、この戦いを勝つためには絶対に外せない一番の手でもあったってことだよな」


 大きな声で小難しい独り言を言っているのはマギ。いや、厳密には独り言ではない。自分の考えを整理するためにも、使い魔たちに聞いてもらっているところなのだ。


『権利を買うと美味しいものがもらえるにゃ』


『安全な場所で休むこともできます』


『権利を買ってもらった民は喜んでおったな』


『独占したり、各地域に町を持ったことで流通が戻ったのよね』


 そこまでは自分たちのメリットと町の人々のメリットの話だ。それらのメリットを得るためにここまでマギたちはせっせと権利を購入して旅を続けてきた。自分たちの旅の安全を確保しつつ、人々にも喜ばれる。一石二鳥だと考えていた。


「そうだ。それだけでも良いこと尽くめなのに、更に金が入るんだ」


 自分の宿泊代を浮かすため、と考えて、先を見越して得になるだろうと権利を購入した。十回泊まれば元が取れると計算して。

 しかも、権利を購入して手元の金貨は減っても、権利自体が町資産として計上されるらしいことに気が付いた。権利を買うことで手持ちの現金は寂しくなっていくが、寝床と食事が用意してもらえる以上、金を遣うことはほとんどない旅だ。逆に現金を持ち歩くことの方が不安に感じたくらいだった。

 さらには、他人の払った入場税まで自分のものになった。収入利益というものだ。他のプレイヤーたちは野宿を厭わないようなので、たまに貰えるラッキーな臨時収入だと喜んだ。何しろ、相手の資産を減らして自分の資産にできるのだから、美味しい収入だ。


 これだけでも素晴らしいシステムであり、他のプレイヤーに先んじてそれに気付けた自分たちはついていると思っていた。


 それなのに、ここで更に納金という収入まで手に入れたのだ。宿泊代だと思って支払った権利の購入代金は、実は貸し付けのようなもので、今後ほぼひと月毎に町を訪れる度に受け取れるらしい。さらに、それを使って増資すれば町の価値が上がり、資産はまた増える。


「このシステムに気付けた俺は、時が過ぎる度に、旅を進める毎にどんどん資産が増えていく。目先の金貨に気をとられて気付けなかった奴らは、せっかくのチャンスを棒に振って旅を続けていたってことだよな」


 うんうん、と肯く使い魔たちに、意地悪するようにニヤリと笑って問いかける。


「じゃあ、これで俺の勝ちは決まりか?」


『それは……、そういうことになるのかにゃ?』


『自動的に資産が増えていくということですよね』


『で、あるな』


『あまりにうまく行き過ぎて怖いわねぇ』


「そうだ。そんなうまいだけの話のはずがない。どちらかと言うと、考えてた以上に危険なものだった……。ここまで旨い話となるとラッキーじゃ済まされない」


 キョトンと並んだ顔に向かってふるふると首を横に振るマギ。


「町の価値が上がるってことは、俺が何か失敗したら価値を下げることもあるってことだ。だから放ったらかしてちゃいけない。町を巡って問題がないか気にかけなくちゃいけない。だから、楽して金を増やせるだけのシステムじゃない。権利者もみんなの幸せを願い努力する必要がある。たぶん、これは基本だ」


 だが……、と顔をしかめさせながらマギは続ける。


「みんなの笑顔やがんばりを平気でぶち壊す奴らがいる。この一見、楽して丸儲けみたいなシステムに連中が気が付いたとしたら、どうなると思う? 欲しいものは奪い取るのが当たり前の奴らだ。騙してでも、力尽くでも、手に入れようとしてくるだろうな」


 ふうっ、とひとつ大きなため息を吐いて、マギは哀しそうに呟いた。


「そして、あいつらには基本の心構えなんて無い。あいつらの手に落ちた町は吸えるだけ吸い尽くされるだろう。町の発展も、人々の笑顔もがんばりも、あいつらには関係ない。全部、自分の利益、金にしか見えていないんだろうな。その裏で誰が泣こうが苦しもうが関係ない。……それをやらせちゃいけないんだ」


 心配そうにマギの顔を覗き込む仲間たちを見て、フッと薄く笑う。


「怖いな……。俺が失敗したら、守りきれなかったら、泣く子や親がいると思うと……。俺に何ができるか、どこまでできるか、わからないけどさ。抗うって決めたんだ。投げ出す訳にはいかない。町の権利を手に入れて、それで終わりじゃなかったんだ。ここからが本当の戦いになるかもしれない。俺一人の力じゃ足りないんだ。……助けて、くれるよな?」


『もちろんにゃ!』


『常にお側におります。支えさせて下さい』


『我も力の限りに』


『任せなさい。好き放題に荒らさせたりなんてするもんですか!』


 みんなが即座に答えてくれたことが、マギは嬉しかった。今すぐ何かをする訳ではない。ただ、覚悟を、マギのこれからの戦いの意味を知っていて欲しかった。






「師匠……、平穏な幸せを守るのって難しいな……」


 ポツリと呟いたマギの言葉に、答えてくれる月は今宵は見えない。窓の外は漆黒の闇が広がっている。


 宿の最上階に用意された、その一室。

 窓際に立ったマギは、ここからは見えないが遠く王城のある方角へと視線を飛ばす。


「王様は何をさせたいんだろうな……」


 それもまた、マギがいくら考えたとて、答えの出ない問いかけだった。


 ふと、視線を下へ下げると、西門の外、街道脇に灯りが見える。野宿している二人組が灯した焚き火のようだ。チラチラと揺れる炎に浮かぶのは、寝床や食事の世話に甲斐甲斐しく動き回る兵士の姿。食事を終えた領主はさっさと眠りに就いたようだ。一人残された兵士は焚き火の火を絶やさないように枝をくべたりしている。

 この街道には魔物はほとんど出ない。とは言っても、日が暮れればそうもいかない。夜は獣も魔物も活発になる。残された兵士は寝ずの番をするのだろう。時折、戦闘にもなるのかもしれない。

 この辺はまだマシとしても、森林エリアや鉱山エリアでもああしていたのだろうか。兵士だけがぐったりしていた様子にも合点がいった。あれでは長く持たないのではないだろうか。何故、あんなに消耗してまでも、未だに元領主に付き従っているのか。


「あいつも何を考えているのかわからないよな」


 しばらくそのまま見続けていたマギは、窓の外から視線を切り、


「……ご愁傷様」


 言葉とは裏腹に憐れみを感じさせない口調。乾燥した呟きを残して離れていった。




 それは、今、耐えている兵士に向けての言葉か。

 あるいは、近いうちにも見放され、裏切られるであろう領主に向けての言葉となるか。


 月の無い夜に、焚き火の灯りだけが揺れていた。




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