三十八話 納金
「本当に!? よろしいのですか? しかも二着も!?」
いつも落ち着いたシスターが珍しく慌てた声を上げた。提案してはみたものの、まさか本当に買うとは思ってもいなかったのだろう。
「俺だけ隠れてもドンク……ロバが丸見えではね。他の仲間たちはローブの中に隠せるだろうけど、ドンクはさすがに一緒には入れないから。ですから、二着お願いします」
「ロバのために……? あの、このローブは高額ですけど、伝説の姿隠しのマントとは違います。全く人から姿が見えなくなるものではありませんよ? 私が言っておいてなんですが、多少はお役に立てるだろうってものです。それでも、いいのですか?」
それでも、あった方がずっと安心して旅を続けられるとマギは判断した。ならば買いの一択だ。装備に頼り過ぎてはいけないと肝に銘じるとしても、これは必要なものだ。手が出せないのならまだしも、まだお金は残っているのだし。
「広いとも言えないこの国の中を、ひたすら巡る旅を続けなければいけない。あの二人だけではないんです。シスター・セシリアはうちのルビーの真実をご存知でしょう? 降りかかる火の粉を払う方法があるのなら、高くても手に入れてあげたい。仲間たちのためならお金を惜しみたくない」
甘いですかね、とマギは苦笑するが、その笑顔は使い魔たちの心に、そしてシスターの心にも響いていた。
「……お願いします」
マギが再び頭を下げて頼むと、
「……ふう、わかりました。ご用意いたします。予想外の臨時収入です。女神様もお喜びになられますわ」
シスターは茶化すような言葉で喜んで見せたが、その微笑みは慈しみに満ちていた。
その後、シスターが届けてくれた光のローブは、一見すると普通の白いローブだった。身に纏い、魔力を通すと効果が現れるらしいが、この場には悪しき心の持ち主がいなかったので確認はできなかった。
「魔力を流さなくても、身に纏っているだけで邪気は祓えます。精神攻撃などの各種耐性の効果もありますから」
良い買い物ができたと思う。確かにお高いものだ。ロバの装備に金貨三十枚なんて、常人が聞いたら耳を疑うだろう。
でも、これは無駄遣いなんかじゃない。これからの長い旅を仲間たちみんなで続けるための戦闘服だから。勇者として国盗りに参加する覚悟を決めたのだから。
『勝ちに行くぞ』
マギの心の声が使い魔たちにリンクする。寛いでいたドンクとフェレも、眠そうだったクロウも、頭の上のルビーも、みんなキリリと顔を上げてひとつ頷いた。
マギと仲間たちが信頼し合うその様子を、ずっと見つめていたシスターは極上の微笑みを浮かべる。
「これからの旅の安全と、皆様の願う目的が叶えられますように……、祈りを捧げさせて下さい」
その場に跪き、胸の前で手を組むと、歌うように朗々と祝詞を捧げてくれる。厳かな、清らかな空気に包まれた気がする。素晴らしいおまけをつけてもらった。シスターの輝く笑顔、プライスレス。
旅の準備は整った。あとは臆することなく突き進むだけ、と言いたいところではあるけれど、それでもやっぱり不安なので先行はしない。
翌朝、重そうな体を引きずって旅立つ二人組を、後から様子を窺いながらこっそりつけていくことにした。光のローブを纏い、じゅうぶんに距離も取る。マップで動向も確認しながら、用心に用心を重ねる。焦りは禁物だ。
城へつながるこの街道は魔物もほとんど出ないので、ゆっくり進んでも日暮れまでには次の町、久々のイースタルに着ける。
とは言え、前を行く二人の歩みはあまりにも遅すぎた。うっかりしなくても追い付きそうになってしまうので、そんな時には街道を外れて草原に入って薬草を集める。程良く間が開いた頃を見計らって進み、前がつかえそうになったらまた薬草を摘むの繰り返し。マギは肩透かしを食らった気分だった。
領主には元々危機感など無さそうだし、兵士も極度の疲労から注意力散漫になっている。ほとんどヨロヨロしながら足を前へと進めているだけの様子だ。光のローブの出番は今のところまだない。マギたちが危惧したほど、この道行きはひりついたものにはならなそうだった。
二人組のペースに合わせていたので、だいぶ時間がかかってしまったが、ギリギリ日暮れ前にはイースタルに着いた。マギたちはもちろんここで泊まるが、先に街に入っていった二人はそのまま素通りして街を出たところで野宿するようだった。門が閉められてしまわないか心配しつつも、赤と青の点が街を出たのをしっかりマップで確認してからマギたちも街に入った。
「マギ様、お帰りなさいませ!」
「ご無事のお戻り、嬉しいです!」
入り口の兵士たちから歓迎され、今回も町で一番の宿屋へと通される。すでに三回目となるお馴染みの最上階の部屋で休んでいると、町長が訪ねてきた。地味にこの町の町長とは初めての顔合わせだ。
「マギ様、ご挨拶が遅くなりまして申し訳ありません。この町の町長アマデウスでございます。お戻りを嬉しく存じます。こちら納金でございます。お納め下さいませ」
いきなり金貨入りの袋を渡された。収入利益とはまた別もののようだ。
「何ですか? これは」
どういうことかと問うマギに、町長は詳しく教えてくれた。権利者が町を訪れると町の価値の一割がもらえるらしい。それがこの納金と呼ばれるお金だ。町の権利の値段、町の価値とは、その町が一年で納めるべき納金の金額にほぼ等しいのだそうだ。
最初の一年は、権利購入時に支払われた金を使い町を切り盛りする。同時に一年をかけて納金としてそれを少しずつ返していくような形になる。返済が終わっても納金は続くので、そこから先の納金は権利者の儲けだ。
増資し、町を栄えさせれば町の価値も上がり納金も上がる。放ったらかして訪れることもなければ、納金は納められず権利者の儲けも減る。だからこそ権利者は足繁く己の町に通い、町の様子を見て、必要であれば増資していく。それが更に町の発展へとつながる。
権利者は納められた金でそのまま増資してもいいし、ただ己の儲けとして受け取って懐に入れてもいい。自分の金を増やすも、町を発展させるも権利者の胸先三寸なのだ。
もちろん出たり入ったりを繰り返せば何度でもいくらでも金が受け取れるという訳ではない。一度受け取ったら、次は二十日以上あけないと納金は受け取れない。国をぐるっと一周してくれば二十日以上はかかるのだから、そうやって各地を巡って視察などをして、自分の町に戻った時にはその経験を町の発展に活かす。その時には納金がもらえるだけの時間が経っている、とそんな仕組みになっているようだ。
ちなみに一度にできる増資は町の価値と同額までということだ。納金に関わらず、その額までなら増資を繰り返せるらしい。
「ありがとう。城エリアはまだモノポリーしていないから増資もできないし、この金はありがたく受け取っておく。流通もじきに落ち着いてくるだろうから、もう少しがんばってくれ。これからもよろしく頼む」
「気にかけていただき感謝いたします。この町にはまだまだ力がありますから、どうぞご心配なく旅をお続け下さい。マギ様のご活躍をお祈りしております」
マギは期せずして金額六十枚もの金を手に入れることとなった。奇しくも光のローブの代金と同額なのであった。
光のローブ×2 -60枚
納金 +60枚
現在の所持金貨 612枚
町資産 2600枚分




