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 四話 旅立ちの際に②



「さてと、あいつらはもうこの街を出たようだし。これで落ち着いて準備ができるな」


 奴らはどうか知らないが、今のマギは何も持っていなかった。まさに身一つでこの地に連れてこられた。

 王様から渡された金貨の入った袋も、三千枚ともなるとかなりの重量がある。今は懐に隠しているが、奴らじゃなくともスリに遭うかもしれないし、落とすかもしれない。持ち歩くには何かカバンが欲しかった。

 旅を始めるなら水や食料も必要だ。隣の町へは一日で着くと言われたが、旅と言うのは何が起こるかわからない。剣は苦手だけど、大臣は魔物がいるようなことを言っていたし、護身用のナイフくらいはあった方がいいだろう。

 それに、自分は戦いの真っ最中に召喚されたので、身形がちょっと引くくらいボロボロだ。奴隷の身分の頃なら殴られる理由になるのだが、解放された今となっては気にしなければいい。と言いたいところだけど、旅をするにあたって物乞いと間違われるのは印象を悪くするかもしれない。せっかくもらった軍資金もあることだし、できれば服も着替えたい。


 そんな思いで、大通りの店を覗いていた。



 ◇



 なぜマギが戦いの真っ最中にもかかわらず、防具も剣も無しにボロボロの身形でいたのか。それは(ひとえ)に、マギが “ただの囮” だったからだ。



 その他大勢の戦闘用奴隷として、まとめ売りで安く仕入れられたマギだったが、剣の才能はからっきしだった。だが魔法の才能は素晴らしいものを持っていた。しかし、そんなことをあの、人を利用することに長けた奴らに知られてしまったら、良いように扱き使われるに違いないと分かっていたので秘密にしていたのだ。


 鑑定とマップという使える魔法を持っていたマギは、薬草を見つけるのが上手かった。それが魔法のおかげだとは知られてないので、使えない奴隷にも長所はあるものかと、普段の仕事は薬草採取を命じられていた。薬草はポーションの材料になるので、魔物の多く出るその国では常に大量に必要とされていたから、それも大切な仕事ではあった。

 それでも、戦うことができずに薬草を採るしか能の無い奴隷として、マギはいつも兵士たちに虐げられていた。線が細く、中性的な顔立ち。つまり可愛らしい見た目をしていて、サラサラの銀髪を切る機会など無いので伸ばしっ放しにしていたマギは、何かと目に止まる。変態領主の嗜虐心をも大いに刺激し、度々殴る蹴るのお仕置きを理不尽に行われていた。同じ村から攫われてきた奴隷は皆、似たような扱いを受けた。たとえ剣を取って戦っていても。奴隷の待遇なんてそんなものだ。

 同じ村の者たちは、領主や兵士の横暴な暴力に耐えきれず、ボロボロになって今はもういない。マギがなんとか耐えていられたのは魔法のおかげだ。こっそり身体強化で防御力を上げ、何度も殴られている内に物理攻撃耐性も得ていた。致命傷になりそうな一撃には障壁で対応したりもした。回復の呪文も使えるようになった。これらが無ければマギだって、とっくにみんなと同じ結末を迎えていただろう。


 そんな、戦えないけれど妙に打たれ強い奴隷に目を付けたのがヒーロだった。自分が魔物討伐する時には、マギを連れ出して囮として使っていた。魔物のターゲットをマギに取らせて、そちらに攻撃が集中している間に自分は安全に魔物にとどめを刺す。攻撃だけに専念できるのでメキメキ強くなれたし、奴隷の命など惜しくもないので大胆な作戦もとれた。手柄は全部、自分一人のものにできる。そうやって名声を上げ、英雄とまで呼ばれるようになったのだ。


 あの最後の戦いの時にも、マギは囮として連れ出されていた。英雄と言えども勝てる相手ではないと分かっていたヒーロは、自分が逃げ出す時間を稼ぐために、捨て駒としてマギを戦いの中に放り込んだのだ。捨て駒に持たせる装備など当然無い。着の身着のままの状態で、大災害級の魔物の前に放り出されたマギは死を悟った。いくら防御力を上げても、障壁を張っても、おもちゃのように転がされて傷を負っていく。マギは覚悟した。


「どうせここで死ぬのなら、あいつらを巻き添えにして散ってやる」


 マギの最後の手段。

 自分の命と引き換えに、敵を葬り去る自爆の魔法。


 大災害級の魔物を相手に使うには、自分の命ひとつでは足りないのは分かっていた。他者の命も生贄として捧げなければ倒しきれない。


 だから選んだ。

 自分の最も憎むあいつらの命を。


 必要な生贄は四つ。

 一つは自分の村を襲った盗賊。

 一つは自分たちを攫い、奴隷にした奴隷商。

 一つは自分を虐げて、仲間たちを殺した領主。

 一つは自分を囮にして逃げようとした兵士。


「……よし、やってやる!」


 自分の中の全ての魔力を集中させ、四つの生贄と魂がつながったことを感じとり、呪文を唱える。


「…………デディケイト・サ、っ!?」


 魔法を発動しようとしたその瞬間。抗えない力によって呪文は中断させられてしまった。同時に眩い光に包まれたかと思うと、いきなり視界に映る光景は一変して、この世界の王城へと召喚されていたのだった。



 ◇



 自分のボロボロの姿を改めて見て、マギはポツリと呟く。


「なんとか生き延びられたってことだよな。嬉しいけど、あいつらまで生き延びてしまったのは、なんか悔しいな……」


 最期の瞬間。やっと復讐できると思った。してやれるはずだった。村のみんなの仇を取れたと思ったのに……。

 あんな危機だったからこそ復讐なんて怖いことも考えられた。仕切り直してしまったら、そんな蛮勇ができるほどマギは強くなかった。


 よりによって、何故この五人がここへ引き寄せられたのか。あの時の魂のつながりのせいか。たまたま、偶然、運命のいたずら。マギに真相は分からない。でも……。


「この国が欲しいなんて思わない。もう全てを忘れて、あいつらと関わらずに生きていくこともできるけど……。あいつらの好きにさせるのはなんか嫌だな。せめて、あいつらにひと泡吹かせてやりたい。見返してやりたい。やれるだけ……、やってみようか」


 じっと手のひらを見つめて、拳を固く握る。

 もう一度、今度は生きるために覚悟を決め直して、マギも動き出した。




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