三話 旅立ちの際に①
魔法使いの少年マギは思った。
目の前にいる四人は自分が最も憎んでいた男たちである。こいつらは他人から奪うこと、傷付けること、弱者を虐げること、己の欲を満たすためならば何をするのも躊躇しない奴らだ。自分がこの世界で生きていく上で、まず最初に何よりも警戒しなければいけないのはこの男たちだと。
なぜならば、ここにいる四人は、自分が今三千枚もの金貨を持っていることを知っている。奴隷の自分には分不相応な大金だ。力も弱く、格下と見下しているであろう自分から、その金を巻き上げようと考えることは目に見えていた。
だから彼は真っ先に逃げ出した。城下町の喧騒の中へと逃げ込み、人混みに紛れて姿を消した。
お互いに牽制し合っていた四人は、いきなりのマギの早業に対応することはできなかったが、それぞれがマギのことを雑魚だと認識していたので、国盗りの候補者に成り得る相手だとも感じていなかった。せいぜい今は逃げ隠れしていればいい。あいつならいつだって蹴落とせると軽視していたので、その場では追われることもなかった。
そんな些細なことよりも、盗賊の男レンジはさっさと出発したかった。誰よりも早くこの国を駆け抜け、みんなが三年かかるなら自分は二年で成し遂げてやると、意気軒昂とやる気を滾らせていたのだ。
奴隷商の男ワイズは、これからの金儲けのことに頭を廻らせていた。目の前のこの男、元領主は美味しいカモだ。偉そうにふんぞり返って周りを見下しているところを見ると、こいつはまだ状況を把握しちゃいない。自分は既に領主でも何でも無くて、この国では何の権力も持っていないという現実に気付いていない。上手いこと転がしておけば、後でガッポリ吸い上げられるかもしれない。そんな算段を立てていた。
「わしは領主のプライドである。お前らの金は取り立てると決めた。全てわしに献上するが良い」
威丈高にそんな言葉を放ち、当然のようにひれ伏すのを待つ領主の男プライド。
だが、レンジがそんな言葉に従う訳も無く、付き合ってやる暇も無い。
「オイラは先を急いでる。そっちで勝手にやってくんな!」
捨て台詞ひとつ残して、西の街道への門を目指してスタコラサッサと走り去って行った。
ワイズはひれ伏すことこそ無かったが、走り去った盗賊の背中を大口を開けてポカンと見つめているプライドに恭しく頭を垂れると、
「プライド様。私めは、この国を調べて参ります。以前のように領主様のお力になれるよう精進致しましょう。ですが、それにはこの軍資金は必要なものでございます。私めがまた使い勝手の良い人足を集めて参りましたら、その時には是非、良きお取引をお願いしとうございます」
意図して下手に出る態度でそう言った。
「ふ、ふむ。そうか。確かに人足は必要であるな。わしのために、しかと励めよ」
「はっ! それでは、お先に失礼をば……」
ワイズもまた、西に向けて旅立って行った。
ただ一人、その場で跪いていた男、兵士のヒーロは、両手に乗せた金貨の袋を頭上に差し出した。
「うむ、ヒーロ。良い心掛けだ。お前は道中、しかとわしを守るのだ。良いな?」
「ハハッ!」
ヒーロは良い返事を返したが、もちろん頭の中では別のことを考えていた。元々、後を継いだだけのアホのボンボンだと領主のことを見下していたこともある。端から忠誠心など持っていなかった。それでも、頭の良さそうな奴隷商の奴がこのアホに協力すると言うのなら、しばらくは様子を見てみるか。こんなアホでも、あの都市を治めていた経験はあるのだし、人を使うのは自分より上手いかもしれない。せいぜい媚びを売っておいて、不要になれば全て奪ってから捨てればいいさ。と。
「西はワイズの奴が調査するようだからな。わしらは東へ向かうとするか」
自分は既に六千枚の金貨を手にしている。他の者より遙かに抜きん出て優れていると、プライドはご機嫌だった。
重厚な鎧兜を身に付け、業物の剣を腰に佩いた兵士を護衛に従えたプライドも、意気揚々と出発して行った。
そんなやり取りの全てを物陰から遠目にこっそり窺っていた者がいた。用心深いマギは逃げたふりをして様子を見ていた。他の四人が街を出て行ったことを確認してから、旅の準備を整えるために再び城下町の人混みの中へと戻っていったのだった。