二十一話 収入利益
昨夜、クロウに偵察してもらった様子から考えて、紫の点はあの奴隷商の男だと当たりがついた。
黒メガネに黒いコートを着た男が、闇に紛れて住宅街を彷徨いていたらしい。金持ちそうな大邸宅から食い詰めていそうなボロ家まで。あちらこちらを物色するように歩き回っていたと言うのだ。
「誰かに会ったりもしていなかったのか?」
『そもそも、夜中に出歩いているような人間は他におりませんでした。朝方になってからは声をかけようという素振りは見せてましたが……』
「夜中どころか朝方まで……。クロウも大変だったな。ありがとう」
夜でも飛び回って偵察できるカラスも不思議だが、暗闇の中でもサングラスを掛けたまま彷徨いている男の行動も理解できない。まあ、どうせ奴隷商の奴は碌なことを考えてはいないだろうとは思うが、自分について嗅ぎ回っていた訳でもなさそうで少しだけ安堵した。
やはり関わり合いにならないのが一番良いと結論付けたマギは、朝早くに街を立つことにした。さっきもクロウは様子を見に行ってくれていて、夜中うろうろと徘徊していた奴隷商は、今は宿屋に戻りベッドで高いびきをかいていると確認済みだ。おかげさまで起き出す前にうまく抜け出せそうでホッとする。今のうちにさっさと次の町を目指そうと、早速動き出した。
北門では、見送ってくれる門の兵士に声を掛けられ止められた。
「マギ様。利益が出ておりますのでお納め下さい」
兵士から小さな袋を手渡される。中を確認すると金貨が入っていた。
「これは……?」
「マギ様が権利を手に入れられてから町に入った者の払った入場税です。この町はすでにマギ様の町ですので、入場税は権利者であるマギ様の収入利益となります」
「なるほど、町の権利を買うとこんな収入ももらえるのか。ホントにこれって俺がもらっちゃっていいの?」
当然の権利だと言うので、ありがたく受け取ることにする。数えてみると、ちょうど三十枚。あの奴隷商が支払った入場税ってことだろう。
「またのお越しをお待ちしております」
笑顔で礼を執る兵士に、こちらも笑顔で手を振って北へと歩き出す。頭の上には白猫を乗せて。肩の上には寝不足のカラスを乗せて。
解せぬ。ご主人様ってなんだっけ?
という言葉が頭をもたげるけど、気にしたら負けな気がする。ルビーに関してはいつものことだし、クロウに関しても昨晩は一晩中偵察をしてくれていたのだ。今、眠気に襲われているのは間違いなくマギの指示のせいなのだから、今日のところは甘んじて受け入れるしかない。
だけどこれじゃあ、まるでサーカスの動物使いかなんかみたいじゃないか?
「……はあ」
マギは小さくため息をひとつ吐くと、これ以上この状況について悩みたくはなかったので、別のことへ思考を向けて無理矢理に自分をごまかし、ひたすら足を動かすことにした。
町の権利と先ほどもらった収入利益のことだ。
他の人が権利を持つ町に入って入場税を払って泊まると、相手に収入利益を与えることになる。一応、資産額を競って旅をしているのだから、これはとても損になる。
余談だが、権利者でない場合は一番良い宿屋に泊まれる訳でもなさそうだった。町の人の対応も多少は違うのかもしれない。
翻って、自分で町を手に入れることで、自分は今後ずっとその町に入場税を払わずに泊まれるだけでなく、誰か他の者が泊まることがあれば自分の収入にもなる。これはとても得だ。相手の資産を自分のものにできるのだから。
その上、手持ちの金貨は減らしても、権利は町資産として資産額に計上される。金貨のまま手に持っていては、もしもの時に奪われる心配もあるのだから、積極的に権利を増やしていくことは得でしかない。
「待てよ、増資もあったな……」
増資をすると町の価値が上がるという話だった。増資した分、町資産の額も上がるらしいから、権利の一割を払う入場税の金額も増資した分上がっていくのかもしれない。これは、ますます儲けられるのではないだろうか。そう考えると、増資も積極的にしていくべきなのか。
『ご主人様は難しいことを考えるのが好きにゃ? 何をブツブツ言ってるのにゃ?』
「……好きな訳じゃない。これは現実逃避と実利を兼ね備えた有意義な思考の使い方をしているだけだ」
『やっぱり難しいこと考えてるにゃ。かっこつけてるだけかにゃ?』
ルビーに痛いところを突かれて落ち込みそうになったマギは、「お前たちのせいだろうが!」という言葉を呑み込んで、さらに深い思考へと潜り込み、黙々と足を進めていった。
できるだけ自分の町を増やして、増資するためにはモノポリーもしたい。野宿は避けたい自分たちとしては、自分の町が増える分、他人の町に泊まらないで済むようになる訳だし。
逆に誰かにモノポリーされて増資されるようなことになれば、一晩泊まるだけでも今以上に高い入場税を払わなければいけなくなる。これは絶対回避しなくては。他の奴らがまだ気付いていない今のうちが勝負だ。
逆を言えば、自分が増資することによって入場税が上がっていけば、他の奴らは町に泊まらなくなるかもしれない。途中、途中に神殿があり、そこでは無料で泊まらせてもらえるのだから、間の町では無理して泊まらなくても、野宿して旅を続けることもできるのだろう。
「俺たちはそれはできないからなぁ」
やはり、野宿を避けたい自分たちとしては、一つでも多くの権利の購入が大切だな。儲けを増やすことよりも、自分と仲間の安全のために、他の奴らよりも先に権利を購入していくことが先決だ。
『にゃーっ! ご主人様つまらないにゃ! もっと楽しいこと考えるにゃ!』
何度目かの同じ結論にたどり着いた時、とうとうルビーが焦れだした。それもそうだ。結局、旅の方向性になんら変わりはない。
いつまでも小難しいことを考えて、こねくり回しているよりも、ルビーと旅を楽しむ方がずっといいに決まってる。たとえ頭の上に陣取られているとしても。
マギは現実逃避をやめた。
次に目指している“スピカ”は漁師の町だ。いよいよお楽しみの海が目の前に広がるのだ。ルビーの大好きなお魚たちが待っているぞ、と目先のお楽しみの話をすれば、会話も弾んで足取りも軽くなる。
『焼いたお魚の匂いは最高にゃ!』
「煮た魚も美味いし、スープも美味いよな。獲れたてだから、もっと美味いかも」
『楽しみにゃ!』
「市場にはずらーっと魚が並んでいるのかな?」
『にゃーっ! お魚がずらーっとにゃ!?』
『……今、美味しいものがずらーっと並ぶとおっしゃいましたか? ……それは、も、もしや、私もお腹いっぱい食べても良いのでしょうか!?』
騒がしく交わされる美味しいものの会話に、肩の上で寝ていたクロウも目を覚まし会話に乗ってきた。
ますます盛り上がるのは良いことだと思うけど、
「俺の頭の上や肩の上によだれを垂らすのはやめてくれーっ!」
とマギが悲鳴を上げるのも間もなくのことだった。
収入利益 +30枚
現在の所持金貨 1425枚
町資産 1700枚分




