二十話 苛立ち
「閉門ギリギリの時間だけど、どうやら街に入ってきたようだな」
紫の点は今、街の中にある。
野宿ではなく、入場税を払って街に入ったようだ。マギたちの泊まる町一番の宿屋ではなく、別の宿屋へと案内されているらしく、こちらへ近付いてくる様子はない。
マギはその日、食事中も何度か紫の点の動きを気にしていたが、点は宿屋であろうその場所から動くことは無かった。
「明日はどうしようかな。紫のこいつが街を出てから出発するか。こいつが動き出す前に先に街を出てしまうか」
進む方向が違うので、通る道に気を付けて北門まで向かってしまえば、街中での接近は避けられるだろうとは思う。考えながらマップを見ていたマギだったが、その時、点が動き出した。
「こんな時間からなんだ?」
今はもう、風呂も入り終えて明日の予定を考えたら寝ようかという夜も遅い時間だ。なぜ、こんな時間になってからうろつき出す?
最初は酒場にでも繰り出すのかとも思ったが、紫の点は飲食店が集まっている方向へは動いていない。奴の進んで行く方向は、夕方マギが迷っていた辺り。住宅街へと向かっていた。
「あの辺は民家ばかりだったはず。あんな場所に何の用が……?」
迷い込んだようには見えない。紫の点は真っ直ぐそこを目指して進んでいた。まさかだけど、自分を探しているのではないかとマギに緊張が走る。
『ルビーがこっそり行って何をしているか偵察してくるにゃ?』
「何言ってんの? ダメだよ、ダメ! ルビーに何かあったらどうすんのさ」
『でも、ご主人様気になるにゃ? 闇に紛れて行けば見つからないにゃ』
ルビーの真っ白な姿が、どうやって闇に紛れると言うのか。呆れたようにマギはダメ出しした。
「もういいよ。気にはなったけど俺には関係ないことだ。こっちに関わらないでくれるなら放っとけばいいさ。だからルビー。勝手に抜け出して偵察したりしちゃ絶対ダメだぞ!」
『くっ! ルビーの可愛い過ぎる真っ白な毛皮が徒になるなんて、あんまりにゃ! ご主人様、ルビーが可愛い過ぎてごめんだにゃ』
『何言ってんだ、こいつ』と思ったがツッコミは入れない。自分がこんなに心配してるのに茶化されたようでイラッとした。
「……っもういいってば! 明日は早く起きて、あいつより先に街を出るぞ。だからもうさっさと寝るよ。気にしても仕方ない。寝よう、寝よう!」
つい言い方がきつくなってしまった。それにルビーが言い返す。
『……だって! 気にしてるのはご主人様にゃ! ご飯の時も今も、ずっとマップばっかり見てるにゃ!』
「それは……!! お前のことが心配だからだろ!? あいつらは危険な奴らなんだよ! 何でわかってくれないんだ!」
『嘘にゃ! ご主人様さっきからルビーにイライラしてるにゃ! ……ルビーが役に立たないから? ……もうルビーのことが嫌いにゃ?』
マギは自分で思っているよりもずっと追いつめられていた。すぐそばに自分たちを傷つけるかもしれない人間が迫っていることに。
カラスに石を投げつけるように、平気で弱者を虐げる。悪気無く悪意をぶつけられる。笑いながら地獄に突き落とす。そんな相手から自分たちを守らなければならないと。
ルビーは夕方以降のマギがピリピリしてるのを感じ取っていた。何とかして和ませようと冗談めかしてみても空回りするばかり。傷付いているのか、恐れているのか、怒っているのか。普段と違うマギの様子に、何もできない自分が辛かった。昼間はあんなに楽しかったのに。急な変わりように自分が嫌われてしまったのではないかと、役に立たなければと焦っていた。
泣き出しそうなルビーを見て、これじゃあまるで八つ当たりだと、マギは我に返る。
『ふにゃあ、ご主人様はルビーが守るにゃ……。役に立つから、行かせてにゃ……。ルビーを嫌いに、ならないで……にゃあ』
「ごめん……。違うんだ。ルビーが嫌いな訳ないだろ? イライラしてごめん。あいつの動きが気になったのは確かだけど、不安だっただけだ。八つ当たりして悪かった」
窓際にちょこんと座り、開けてくれとカリカリ窓枠を引っ掻くルビーの小さな背中が震えていて、守ると言いながら自分は何をやっているのかと猛省する。
「感情に振り回されてちゃ何も守れないってことかな……、師匠」
マギも窓際に立ち、闇に包まれた外の世界へと視線を移す。徒に不安にかられても良い判断はできませんよ、と宵闇の中に守るように浮かぶ月の明かりが師匠の言葉を伝えてきてるような気がした。
傍らのルビーの背に手を伸ばし、そっと優しく撫でる。ルビーの碧い瞳を見つめながら繰り返していると、マギのささくれ立った心も落ち着いていく。
「ごめんな、ルビー。なんか焦ってた。ルビーのせいじゃない、俺が悪かった」
「ミャウ……」
いつものようにマギの手に顔を擦り付けて甘えてくれる。ルビーの様子も落ち着いてきたように感じられホッとしたその時、ピクリとルビーが反応した。
『あいつにゃ……?』
つられてマギも外に目を向ける。窓の外からバサバサと羽音が聞こえた。黒くてよく見えなかったが近付いてきたのは夕方助けたあのカラスだった。
「なんで? 鳥って夜は飛べないんじゃなかったっけ?」
窓枠に止まってコツコツとガラスをつっ突くので、とりあえず窓を開けてやると、カラスは静かに室内へと入ってきた。
再び、ルビーとカラスが見つめ合う。しばしの緊張の時間が流れる。
『助けてくれたお礼にご主人様の役に立ちたいって言ってるにゃ』
「え? ルビー、カラスの考えてることわかるの!?」
『なんとなくだにゃ。よくわかんないけど、なんとなく伝わってくるにゃ』
「すげえな、ルビー」
『そんなことよりちょうどいいにゃ。真っ黒なこいつなら偵察できるにゃ。ご主人様の気になることを調べられるにゃ。ご主人様に付いてきたいって言ってるから、使い魔にするにゃ』
カラスを見るとコクリと頷いたかのように首を動かした。
「まじで?」
確かに師匠もフクロウの使い魔を連れていた。鳥類の使い魔は空からの偵察や情報の伝達にも適していて都合が良いとも言っていた。そんなことを思い出しながら、マギはカラスに話し掛ける。
「お前、俺の使い魔になるか? お前の名前はクロウ。受け入れてくれるか?」
『にゃははっ。真っ黒だからクロにゃ? ぴったりだにゃ!』
「違う、違う! クロウってのはカラスって意味だ。そんな安直な名前じゃないぞ」
『カラスにカラスって名付けるのも、じゅうぶん安直だと思うにゃ』
そんなやり取りをわかっているのか、カラスはいまいち腑に落ちない様子ではあったけど、名を受け入れてくれた。クロウとの使い魔のリンクがつながる。
『ご主人様、先ほどはありがとうございました。このクロウ、微力ながらご主人様に全力で尽くさせていただきます』
『……堅いにゃ。クロウはカチコチにゃ』
『……あなたが緩すぎなのでは?』
「あー、もっと気軽な感じでいいぞ」
『っな!? 私はカチコチですか? 失礼いたしました。以後気を付けます』
『それが堅いのにゃ』
こうしてマギたちの旅に仲間がまた一羽増えたのだった。突然のことに驚いたが、クロウの登場のおかげで、また今までのように自然にルビーと軽口を言い合えたので、マギは嬉しかった。
「仲間になってくれてありがとう。これからよろしくな、クロウ」
新しい仲間 (ツヤツヤもしくはカチコチ)




