十九話 黒い悪魔
その後もルビーと一緒に街の中をぶらぶらした。屋台で買った魚の串焼きをはんぶんこして食べたり、珍しい物が売っていそうな店を覗いて冷やかしたり。ただそれだけのことがすごく楽しくて、ついついはしゃいで過ごしていたら、いつの間にか迷い込んでしまったようだ。気が付くと住宅街の路地裏のような場所に立っていた。
「ミャウ!!」
ルビーが何かに気付いたようだ。急にピクリと反応して、道の先をジッと見つめている。
『ご主人様、あっち! あっち行きたいにゃ!』
さらに住宅街の奥へと行きたがっている。
すでに陽はだいぶ傾いている。紫のあいつも随分町に近付いてきている。第一マギたちは現在、道に迷っている真っ最中。早いところ宿への道を探さなければいけないというのに、明らかにそちらは宿の方向ではない。
「いいよ、行ってみよう」
それなのに、マギは決断を迷わなかった。ルビーが何かしたいと言うのなんて、初めてのことだったのだ。なんだかわからないけど非常に気になっている様子だし、ルビーの興味を引くものが何なのかも気になる。
マギはルビーに導かれるまま、奥へと進んで行った。
ルビーが目指す先、そこにいたのは一羽のカラスだった。ツヤツヤと黒く輝く羽毛に被われた、町でよく見かける普通のカラス。食べ物を探しているのかゴミを漁っていた。その光景を目を見開いて見つめていたルビーが、
「……ミャウ」
小さくひと声鳴くと、驚いたようにカラスが振り返った。飛んで逃げてしまうかと思ったのだが、不思議なことに振り返ったままポカンと口を開けて固まっている。ルビーも同様だった。
ルビーとカラスの視線が交錯して見つめ合う。マギはその様子を呆然と見ているだけだった。
「何が起きているんだ?」
ただ見つめ合う一匹と一羽を見せられている。ルビーの意図がわからないので、どうすることもできずにいた。
少しの間の後、カラスは居たたまれないかのようにスッと視線を逸らして俯いた。ちょうどその瞬間、カラスに向かって何かがシュッと飛んできた。いきなり石礫が投げつけられたようだ。
カラスは目を逸らし俯いて放心状態のような様子だったことから、避けることもできずに石が思いっきり命中した。
「ギャッ!!」
羽根の付け根の辺りに勢いよく投げつけられた石により翼が変な方向に曲がってしまっており、苦しげに「ギャアッギャアッ」と悲鳴を上げている。石の飛んできた方向に振り向くと、ここらの住人であろう人間が二人立っていた。
「何? 急に」
「黒い悪魔だよ。気持ち悪い」
「ああ、カラス……。不気味ね」
「目に入るだけでゾッとする。消えろ!」
「見たくないわ。もう行きましょ!」
嫌悪感を丸出しにした視線を、フンッと鼻息とともに切ると、勝手なことを言っていた人間たちは立ち去っていった。
「黒い悪魔か……」
カラスが何をしたというのだろう。そりゃあ、ゴミを漁っていたのは悪いことかもしれない。それでも、あんな勢いでいきなり石をぶつけられるほどのことだろうか。飛べないカラスは生きてはいけない。そこまでされるほどの存在だと言うのか。
人間の間でも似たようなことはあった。黒髪、黒眼の子供は“忌み子”だと言われ、厄を呼ぶ者として嫌悪される。ひどい場所では生まれてすぐに命を絶たれるなんて話も聞いたことがある。
「黒いってだけで? たかが色だろ?」
マギは同じ人間として、そんな差別を嘆かわしく、恥ずかしく、悲しく思った。
「ごめんよ……」
今も苦しそうにギャアギャアと悲鳴を上げているカラスに近付くと、マジックバッグからポーションを取り出して傷にかけていく。だんだんと治っていく翼の様子を確認しながら話し掛け続ける。
「うちのルビーに驚いてなけりゃ、お前ならきっとあんな石礫軽く避けて飛んで逃げることもできただろうに。この怪我は俺の責任だ。こんなものしか持っていないけど良かったら食べてくれ」
カバンから乾し肉を取り出してカラスの前に置くと、傷の癒えたカラスは素早くそれを咥えて飛び去っていった。
「ハハ、誰かに見られたら、カラスに話し掛ける恥ずかしい奴って思われるんだろうな。でも、俺にとっちゃ、何もしてないカラスに石を投げる奴の方が、よっぽど恥ずかしいと思うよ……。弱いものを苛めて楽しいのかな? 弱い奴は我慢するしか、逃げるしかないのかな……?」
落ち込んで、吐き捨てるようにそう言うマギにルビーが寄り添う。
『ご主人様……。ありがとにゃ』
「なんだ? あいつルビーの知り合いだったのか?」
『知り合い……? わからないにゃ』
「ルビーはカラスと仲が良いのか?」
『カラス……、覚えがないにゃ。でも、わからないけど、なんか良く知ってる気がしたんにゃ』
「そっか。でも逃げちまったな。……俺たちもそろそろ帰ろうか」
「ミャウ!」
帰り道はちゃんとルビーがわかっていた。うちの子優秀だった。
『っていうか、ご主人様なら道に迷うことなんて無いはずにゃ。マップを見ればいいにゃ。やっぱりルビーがいないとダメにゃ……』
呆れたように言われてしまった。
マギは苦笑いを返す。
そんな風におどけて見せたルビーだが、チラチラとマギの顔色を盗み見ては、振り返り、振り返り、カラスの飛び去った方向を気にしているようだった。
最後にアクシデントがあったが、マギたちは無事に日暮れ前に宿に帰り着くことができた。




