十三話 旅の仲間
泣いている自分に気が付いて目が覚めた。
「また、あの夢か……」
どんよりと凍り付くような心の痛みに打ち拉がれているマギの手に、柔らかく温かな何かが触れる。
「ミャウ……?」
寝ていたはずのカーバンクルがすり寄ってきて、マギの手をペロリと舐めていた。
「お前……! 目が覚めたのか!?」
「ミャウ!」
するすると体をよじ登ってきて肩に乗ると、涙で濡れたマギの頬をペロペロと舐めてくる。温かく湿った舌の、少しザラッとした感触がくすぐったい。
「ふふ、はははっ。そうか、良かった! なんだよ、心配してくれてるのか? 俺の方が心配したんだぞ?」
ミャウ、ミャウと鳴くカーバンクルをくしゃくしゃっと撫で回して、小さな命を助けられたことに喜ぶ。気が付けば朝になっていた。
昨日同様、部屋の中の人の気配を感じとっているのか、ベッドから起き出した途端に廊下から声をかけられる。まったく優秀なメイドである。いつから待機しているのだろうか?
身支度を整えている間に、そんなプロの手によって朝食が用意される。今日も朝から豪勢だ。カーバンクルも腹が減っていたようで、一緒に食事を摂った。食欲もあり、体調も随分良くなって、問題なさそうでホッとする。食後のミルクまでぴちゃぴちゃと美味しそうに舐めていて、見ているだけで癒される。マギの頬も自然と緩んでしまう。
全て食べ終え、くるくると顔の周りをお掃除しだしたカーバンクルの様子を見て、首の辺りの柔らかい毛並みを優しく撫でながら話し掛ける。
「お前は人前に現れるのが嫌なんだろ? 元気になって、腹も膨れたなら、お前の帰るところへ帰りな。もう、角兎なんかに負けるなよ?」
すると、カーバンクルはキョトンと目を見開いたように見えた。再び、マギの肩に飛び乗ると、
「ミャーウ」
可愛らしい声でひと声鳴く。頬に顔をすり寄せられ、律儀にもお別れの挨拶かと思ったのだが、どうにも出て行く素振りを見せない。不思議そうなマギの態度に、カーバンクルは左の肩から右の肩へと移動し、少し考えると今度はぴょんと跳ねて頭の上に登った。そこが気に入ったかのように落ち着いて、丸くなって居座っている。
ますます困惑したマギは、言葉が通じる訳もないのに問いかけてしまう。
「なんだよ、帰らないのか? ……俺と一緒にいて、くれるのか?」
しゅたっと頭から飛び降りたカーバンクルは、テーブルの上に綺麗に着地してマギを見上げ、
「ミャウッ!」
と返事したかのように鳴いて目を細めた。
「ハ、ハハ……。そうか。じ、じゃあもし良かったら、俺の使い魔になってくれないか? 名前……、名前を与えなくちゃ。受け入れてくれるかな?」
マギは改めてカーバンクルを見つめる。
真っ白な体に、しなやかな尻尾。大きな耳。頭と首回りにだけふさふさと柔らかく長い毛が生えている。チョンと付いたピンクの小さな鼻の上の、アーモンド型の綺麗な碧い瞳はくるくると期待に満ちた表情を見せていた。優しくおでこの毛を掻き上げると、そこには赤く輝く宝石が煌めいている。
「ルビー……。お前の名前はルビーだ。俺の使い魔になってくれるなら、名前を受け入れてくれ……」
祈るような気持ちで碧い瞳を見つめていると、
「ミャウ……」
ルビーのひと声とともに、何かがつながるのを感じ取れた。
「ありがとう、ルビー。長い旅になるかもしれないけど、よろしくな」
『仕方ないにゃ! 泣き虫のご主人様が心配だから、一緒についていってあげるにゃ!』
そんな気持ちが伝わってくる。思わずキョトンとしてしまう。
「ふっはは。これが使い魔とのリンクか……。ひどいな、ルビー。でも頼むよ。仲間ができて嬉しいよ」
「ミャウン!」
もふもふした喉元を撫でる手に顔を擦り付けてくる。ルビーからも嬉しい気持ちが伝わってきた。朝方は凍えていたはずの心が、今はほんわかと温かい。
そうして、仲間を得たマギは再びイースタルを旅立つ。
ルビーはそこが気に入ったのか、頭の上を定位置に決めたようだ。マギとしては、ちょっとかっこ悪いんじゃないかと納得いかなかったが、まだ病み上がりのルビーに無理して歩かせるのも良くないかと仕方なく受け入れることにした。思ったよりもずっと軽くて負担にならなかったこともある。
「おお、マギ様。今度こそ出発ですか?」
「こんなにすぐ戻ってきて、また泊まることになってすみませんでした」
「いえいえ、我らはマギ様のお帰りをいつでも待っていますよ」
「無事に旅して、また元気に帰ってきてくれるのを祈ってます!」
「ありがとう! じゃあ、今度こそ。行ってきます!」
「ミャウッ!」
門の警護をしている兵士たちに見送られて、一人と一匹は東神殿を目指して歩き出した。もちろん、今日も薬草を集めながら進む。昨日までと変わらぬ単調な景色の中の旅のはずが、なんとなく気持ちが伝わるだけとは言え、仲間がいると思うと随分と楽しくなった。今まで散々繰り返してきた地味な薬草採取の作業さえもだ。
頭の上のちょっとした重みに一人じゃないことを感じつつ、マギたちは足取りも軽く、東へと歩みを進めていくのだった。
新しい仲間 (もふもふ)プライスレス




