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 十二話 初代様の瞳



 マギは予定を変更し、イースタルでもう一泊させてもらった。カーバンクルはあのまま寝たきり。怪我の傷は塞がったのに目を覚まさない。動物の顔色なんてわからないけど、苦しんでいるようには見えない。だと言うのに、ひたすら眠り続けている。マギは何もしてあげれない自分を歯痒く感じていた。


「カーバンクルは幸せを運ぶと言われているが、滅多に人前に姿を現さねえ。もし、元気になって懐くようなことがあれば大切にしろよ。まあ、あっという間に逃げ出しちまうだろうがな」


 なんて言っていたポーション屋のおやじの言葉が頭に浮かぶ。


「元気になったら逃げ出したって良いんだ。元気になってくれれば」


 いつまでも目覚めない様子に、救えなかった仲間たちの姿がだぶって不安になる。毛布を掛け直してみたり、効果があるのかわからないヒールを唱えてみたりと、傍らに寄り添いながらいたずらに長い時間を過ごしていたが、いつの間にかマギも眠ってしまっていた。



 ◇



 ――夢を見ていた。


 まだ小さかった頃の、故郷の村での思い出。

 目の前には大好きだった師匠がいて、マギの顔をじっと覗き込んでいる。


「緑と黄色のオッドアイ……。初代様の血が濃く現れたか……」


 訳も分からず見つめ返すマギ。師匠は少しだけ心配そうにその綺麗な翡翠色の瞳を揺らしたが、小さく微笑むと白く細い指を伸ばして優しくマギの頭を撫でた。


「マギ。特異な力というものは幸福も災禍ももたらす。自分にも周りにもね。制御しきれない大きな力では災いにしかならない。だから君は学ばねばならない。己の欲や感情に負けない心の力を。大きな力に溺れ、振り回されないだけの力量を身に付けなければいけない。

 魔法の扱いについては私が教えよう。正しく使えば魔法は恐ろしいものではない。いつの日か君を、君の周りの大切なものを守ってくれる力となる。

 君の心がねじ曲がらずに真っ直ぐ育つためにも、周囲の者が邪な想いを抱かずにいられるためにも、君が力量を身に付けるまで、その黄色の瞳は封印しておくよ。その時までは、ただのエルフの末裔の森の民として私の元で学びなさい」


 そう言って、端整な顔立ちに腰まで届くサラリと流れる銀髪と長く尖った耳を持つエルフの里の使者、ふらりと立ち寄った旅の魔法使いと名乗っていたその人は、マギの左目に封印の魔方陣を施した。


 それからは言葉の通りに、再び旅立つこともなく、その村に腰を据えてマギに教えを与えてくれた。


 初代様のことは村の者なら誰もが知っていた。

 この村を作り、当時迫害されていたハーフエルフたちを保護したという守りの力に秀でたエルフ。


 長命だった初代様に守られた村の平穏は永遠に続くかと思えるはずだったのに、ある時、邪悪な魔の物がこの村を襲った。魔法の得意なエルフの血が流れているとは言っても、ほとんどの者が風魔法しか使えない村人たちでは、とても抗いきれる相手ではなかった。

 初代様は自らの命を捧げ、その魔の物を倒し、村を救ったとされている。その時、初代様が使ったとされる伝説の自己犠牲の魔法【デディケイト・サクリファイス】とともに、この村の一族と一部のエルフのみに伝承される英雄譚。


 幼いマギには旅のエルフに言われた言葉の意味は、難しすぎてほとんど理解できなかったが、そんな凄い初代様に似ていると言われたことが誇らしかった。だから、その魔法使いを師匠と呼んで、素直に教えを守り、良く学んだ。


 そうして教えを請いていったマギは、幼さ故に成長も著しかった。魔力量も増え、魔力操作に長け、だんだん実力を身に付けていく。そんな中で森の民特有の、だが今となっては失われた魔法とされていた【マップ】や【鑑定】の魔法まで手に入れもした。小さかったマギは便利だとただ喜んだが、師匠の反応は違った。


「その魔法のことを人に教えてはいけないよ。私と君だけの秘密だ」


 その時のマギには理解できなかったが、師匠の真剣な眼差しと声音に、自分の力は人に知られてはいけないものなのだと心に刻み付けた。




 場面は急に変わり、忘れたいけど忘れられないあの日の光景が広がる。


 森の奥でひっそりと暮らしていた村に盗賊が押し寄せる。突然現れた荒くれ者たちの手によって村は襲われ、子供たちは攫われる。抵抗した大人たちは倒され、家財は奪われ、家には火が着けられていく。

 地獄のような光景の中、マギは他の子供たちとともに縛り上げられ、檻に放り込まれていた。最後まで抗っていた師匠の首が飛ぶのを目にした瞬間、絶望や怒りや悲しみ、恨み、たくさんの悪感情が溢れ出し、頭が爆発しそうに痛んだ。左目の奥が焼け付くように痛くて悲鳴を上げ、気が触れそうになる。息を荒げ、腹の中のものをまき散らし、狂ったように叫び続けた。


 全てが終わってしまった後、マギは黄色の瞳を取り戻していた。封印を施した師匠が命を落としたことにより、その封印も解かれていた。でも、もう遅い。遅すぎた。




 あの時、この瞳があったなら。

 初代様と同じように、この身を犠牲にしてでも村を守れたかもしれなかったのに。


 自分の中に流れる初代様の血が、伝説の魔法を教えてくれる。でも時すでに遅く、それはマギに後悔と恨みをもたらしただけだった。






「マギ、魔法の力を恐れてはいけない。君のそれは壊すためのものではなく、守ることにこそ真価を発揮するものなのだから。

 マギ、人の心を恐れてはいけない。人は弱いが故に傷付き、傷付けるのだ。弱い者には優しくなれるだろう?

 マギ、悪い感情に心を支配されてはいけない。それらを赦しなさい。感情に振り回されることなく、平穏な幸せを守れる男になりなさい……」


「師匠、難しいよ……。わからないよ……」




 師匠がいつも言っていた難しい言葉が、マギの頭の中で何度もリフレインされていた。




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