十一話 怪我をした猫
その後、宿屋まで案内してくれている道中、兵士はなかなかの応酬を見せてもらったと楽しそうにしていた。
「いざって時には頼りになるおやじなんだがな。あの隙のないおやじのあんな顔初めて見たよ。さすがマギ様だ」
朗らかに笑う兵士からは、愛情や信頼関係が見てとれて少しだけ羨ましかったマギだった。
ここでも高級そうな宿屋の最上階の部屋に通され、素晴らしい夕食でもてなされた。部屋は昨日よりも広く、簡易なキッチンカウンターも付いていたので、許可をもらってそこで調薬をさせてもらった。
今日は教本を手に入れることができたので、薬草の刻み方や魔力水の量、お湯の温度等にも気を付けながら丁寧にポーションを作ってみると、昨日よりも色の濃い綺麗な青色に仕上がった。できあがりに満足したマギは、達成感とともにフカフカのベッドに潜り込んでぐっすり眠った。
翌朝も前を行く二人組に追いつかないように、ゆっくり起きて宿を立つ。途中、昨日のポーション屋に買い取りをお願いするべく立ち寄った。
「こりゃあ、たまげた。お前さんなかなか腕が良いな。この出来なら一本銀貨三十枚で引き取れるよ。全部で六十本か。やるじゃねえか。ほいよ、金貨十八枚だ」
マギも驚いていた。きちんと作ればこんなに儲かるものなのかと。これならコツコツやり続ければ、金貨十万枚の足しになるかもしれない。
「またこの町に来た時には顔を出せよ!」
「ああ、その時にはまたよろしく!」
ホクホクして町を旅立つことができたのだった。
「いよいよ次は東の神殿か。前の二人には気を付けなくちゃな」
神殿でバッティングしそうな二人組のことだけが心配だったけど。
ところが、街道を歩き始めて間もなく、予定外の事が起きてしまった。
今日も張り切って薬草を集めようと、街道脇の草原に目を配りながら歩いていたマギだったが、草原で見つけてしまったのは薬草以外のものだったのだ。
初めは角兎だと思った。何があったのか兎同士でやり合っているように見えた。片方の角兎の突進が、もう一方にドシリと決まって、受けた方の兎が宙を舞う。地面に叩きつけられた兎は弱々しい鳴き声を上げた。
「……ミャウ!」
「……ミャウ?」
おかしい。兎ってミャウって鳴いたっけ?
思わず近寄ってみると、倒れていたのは角兎ではなかった。
「猫? かわいい……じゃなかった。大変だ、大怪我してる!」
マギは猫が好きだった。昔、盗賊に滅ぼされる前、故郷の村では師と仰いでいる魔法使いがいた。マギの魔法はその人に教わったのだが、その魔法使いが使い魔として動物や魔物を連れていた。
ネズミやフクロウなどもいたが、マギは猫が一番気に入っていた。いつかは自分も立派な魔法使いになって、猫を使い魔にするんだと憧れていた。
魔法使いの連れている猫と言ったら、断然、黒猫が定番だけど、目の前の猫は真っ白だった。その真っ白い体が、自らの血でみるみる赤く染まっていく。
「ヒール!!」
急いで回復魔法を掛けるが、マギは自分以外に回復を掛けるのが苦手だった。魔法の存在自体を人に隠すのが常だったので、他人に作用するタイプの魔法の扱いには慣れていなかったのだ。領主の館でも傷つく仲間たちを癒すことができず、失われていく命を救えなかった苦い記憶が思い起こされる。
「ちきしょう、ポーションを全部売らずに持っておけば良かった」
自分が汚れるのも厭わず猫を抱き上げると、何度かヒールを唱えながら今来た道を大急ぎで走る。まだ町から近かったことが幸いして、腕の中の猫が事切れる前にイースタルに戻ることができた。
「おやじさん! さっきのポーション、やっぱり一本買い戻させて!」
「なんだお前さん、出ていったんじゃなかったのか?」
勢いよく飛び込んできたマギにポーション屋の店主は面食らったが、マギの腕の中を見て慌ててポーションを持ってきた。瓶を開けると半分を傷に直接振りかけ、半分を猫の口に流し込む。
兎の角に穿たれた腹の傷は、再生するようにみるみるうちに塞がっていく。
「す、すごい……」
「お前さんの作ったポーションだろが。高品質とまでは言えなくても、良品質として銀貨七十枚くらいで売れる品だ。良い出来だな。この怪我はもう大丈夫だろう。後はこいつの生命力に掛けるしかねえよ」
マギはポーションを作れても使ったことは無かったから、その効果に驚いた。
「銀貨七十枚だな。今払うから」
「良いってことよ。元はお前さんから買ったもんだ。一本分くらいおまけだ。ワッハッハ」
豪快に笑う店主の声に安心できた。礼を言い、猫のフサフサした頭を撫で上げる。
「良かったな、お前。もう怪我は治ったってよ」
「とは言え、今日一日くらいは安静にして休ませろよ。かなり血を失っているせいで随分弱ってるからな。
……こいつぁ珍しい。カーバンクルじゃねえか!?」
撫で上げられた猫の額には、赤く輝く宝石のようなものが嵌まっていた。
ポーション買取 +18枚
現在の所持金貨 2015枚
町資産 1000枚分




