八十四話 シスターへのお願い
東神殿には領主たちの二人組がいた。
昨日から東神殿にいたことには気がついていたのだが、今日になれば旅立つだろうと高をくくっていたのが間違いだった。
昼前には動き出すだろうと踏んで、やり過ごすために草原で薬草を摘みながらゆっくりと進んでいたマギたちだったが、昼過ぎても二人組が動き出す様子はなかった。どうやら今晩も東神殿に泊まるようだ。ずいぶんゆったりと余裕のある旅をしているみたいだ。
薬草もじゅうぶん集まったことだし、仕方ないので東神殿に向かう。二人組に見つからないようにこっそりと入り口に顔を出し、近くにいた小姓さんにシスター・セシリアを呼び出してもらった。
「おかえりなさいませ、勇者様。いつもの部屋へご案内してよろしいですか?」
シスター・セシリアの声も幾分控え目だ。気を遣ってくれているのだろう。チラチラと中を気にしてもいる。
「いつもありがとう、シスター・セシリア。今回も寄付させてもらいますのでお願いします。……それに、中には二人組の勇者がいるでしょう?」
シスターは疲れたような笑顔を浮かべて、困ったように小さくため息を漏らした。
「……ご存知でしたか。今回はゆっくりお休みになられていらっしゃって、それはとても良いことだと思うのですけど。顔は合わせない方がよろしいのですよね? いつもの部屋なら裏から入れますから、ちょうど良いですね」
「そうだね。それでも気づかれないようにこっそりと入らせてもらうよ。みんなもいいね? 静にね?」
使い魔たちもそれぞれコクコクと頷いて、そっと裏口へと回って行く。ちゃんと素直に従って、抜き足差し足までしているみんなの姿にシスターの表情がほころんだ。
「ふふっ。本当にみんなお利口さんで、ちゃんと分かっているんですね。人間よりもお行儀が良いなんて……複雑です……」
微笑みながらの言葉だったけど、裏に隠された意味はしっかり通じてしまった。あいつらよっぽどの態度だったんだろう。
「ハ、ハハ……お行儀悪い、ですか。毎回ご迷惑お掛けしているんでしょうね。なんか、すみません。いつも二泊とかしていくんですか?」
誰が、とは言わなくてもお互い通じてる。
「いえ、いつもは一泊だけなんです。今回はお連れの方のご様子が……。お疲れなんだと思うんですけど、顔色も良くなくて見ていて心配になるほど憔悴されているんです。あのまま旅を続けられて大丈夫なのでしょうか……?」
本気で心配している様子のシスターといつもの土間のある部屋に入ると、少し話を聞かせてもらうことにした。領主たちの情報も聞きたいし、シスター・アンナのところの孤児の話やイースタルで聞いた人をゾロゾロ連れた奴のことも聞いておきたかったのだ。シスターも忙しいだろうけど、少しだけ付き合ってもらった。
「あちらの勇者様と一緒にいる兵士さん……ですか? 毎回ずっとお疲れではあったのですけど近頃では無表情になってきていて、今回などは勇者様が何を言っていても無関心で。青い顔をしてどこか空中をぼーっと見つめているような……。食事にも興味が無さそうですし、私どもが話し掛けても生返事ばかりで。お休みになった方が良いと思っていたので、今回少しだけでもゆっくりしてもらえて私としてはホッとしていたところなんです。その代わりと言ってはあれですけど、神官たちはあれこれ振り回されて辟易しているみたいですけど……」
最後のところで苦笑いになったが、シスターは兵士の状態をかなり悪いと思っている風で心配そうに話していた。
気がつけば旅が始まって百日以上も経っているのだ。ここまでよくもった、がんばったとマギですら思う。もっとずっと早く潰れるかケンカ別れするかと思っていた。いよいよ限界ってところなのか。しかし、兵士が領主の面倒を見ていないとなると、周囲はかなり迷惑を被っているだろう。
「泊まっている商人さんたちに神官さんたち、もちろんシスターも大変ですね」
「いえ、私どもは神に仕え奉仕する身ですので。商人さんたちにはお騒がせしてしまい申し訳ないと思っていますが……」
なんだかこっちが申し訳なく思ってしまうマギだった。寄付金を増やそうと考えつつ質問を続ける。
「他の勇者はどうですか? イースタルで人をゾロゾロ連れた奴の噂を聞いたんですが、そんな人を見ませんでしたか?」
「はい、黒尽くめの勇者様がたくさんの人と一緒にお泊まりになりましたよ。二週間ほど前でしたか。皆さんはお仕事を紹介してもらうとか言ってました」
やはり奴隷商の奴だったか。仕事を紹介とは本当だろうか?
「人々の様子は暗くなかったですか? どちらへ向かったかわかりますか?」
「皆さんやる気を出している感じでしたけど、女性の方の中には残してきた家族のことを憂いて肩を落としている方もいらっしゃいました。小さい子供は連れてこれなかったとかで」
「……子供!」
二週間くらい前ならだいたい時期も合う。孤児たちは半月ほど前から教会にいると言っていた。城下町の孤児の件も奴隷商の仕業なんだろう。俯いて顔色を悪くするマギを見てシスターも困っている。
「あの……、翌日はずいぶん早く出立してしまったようで、お見送りできなかったんです。行き先もどちらに向かったかもわからなくて。ごめんなさい。……何かあったんですか?」
心配かけてしまうとは思ったが、シスターにも今後気を付けて見ていて欲しかったので聞いてもらうことにした。
「実は……、城下町の教会に久しぶりの孤児が出ました。しかも一度に十人近くです。その時期が先ほどの大所帯の人の移動と重なっているので、何か事件に巻き込まれているんじゃないかと心配しているんです」
「……まあ!」
この事実にはシスター・セシリアも表情を曇らせた。他にも城エリアの不穏な雰囲気についても報告して、東神殿でも周囲を気に掛けておいて欲しいとお願いする。
「そんなに……。城周辺はおかしくなっているのですか? お城の兵士たちの遠征がいつも以上に多いことは不安に思っていましたが」
「そうなんです。孤児の件は今はシスター・アンナが見てくれてますが、この先同じような人が増えたりすれば孤児も増えるかもしれない。シスター・セシリアも人々の様子を気に掛けて、何かあったら教えてください。ポーション不足も教会の皆さんに負担をかけるかもしれない」
「いったい何が起こっているのでしょう……。私に何ができるのでしょう……」
悲しげに伏せた睫毛を濡らすシスター・セシリアに重ねてお願いする。
「シスター、何か気になることがあったら教えてくれるだけで良いんです。それと、もし困って救いを求める人がいたら力になってあげてください。お願いします」
マギはいつもの寄付金、金貨三枚に加えて、さらに十枚の金貨をシスターに渡す。
「寄付金を増やします。他の勇者が掛けた迷惑料も込みってことで。このお金を納めますので使ってください。面倒をかけますがお願いします」
もしかすると、ここに助けを求める人も来るかもしれない。シスター・セシリアは多額の寄付に恐縮していたが、マギの不安にも共感できたようで納めてもらえた。
現在、奴隷商の紫の点は鉱山エリアにいる。今後、北神殿から森林エリアに向かってくるだろうことを確認したマギは、とりあえず相手の様子を覗き見るために自分も森林エリアに向かうことにした。
森林エリアには黄色の点の盗賊もいる。図らずも他の三組と連続ですれ違うことになるマギたちなのだった。
寄付 -13枚
現在の所持金貨 3100枚
町資産 7700枚分




