十話 ポーション屋
その日もマギは、薬草を集めながら一日中歩いて次の町“イースタル”へとたどり着いた。手間の割に、あまり稼ぎにならない角兎狩りには手を出すのを止めた。そのおかげもあって、今日は日暮れよりは少し早く門前に着くことができた。
一応、確認してみると、先行していた赤と青の点は町を抜けたところの街道脇で止まっている。どうやら彼らは町に泊まることはせずに、野宿で旅をしているようだ。
「この町の権利は金貨六百枚だ。今回だけなら入場税で六十枚。どうする? おチビさんも通り抜けて野宿するかい? それなら向こう側まで送ってやるぜ?」
ごついけど優しそうな門番の兵士が、心配そうに顔を覗き込んで聞いてくる。怒らせると怖いけど面倒見の良いタイプの男に感じられる。マギはこの人なら何か知っていて教えてくれるかもしれないと思い、昨晩ちょっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「知ってたら教えて欲しいんだけど、町の権利を買うと、それって俺の資産になるのかな?」
「もちろんだとも。大金払って購入した権利だ。そりゃあ立派な資産だぜ。権利を買えば、この町はおチビさんの持ち物同然となる。金に困ったら権利を売ることもできるんだからな」
なるほど、大雑把に考えれば家の権利を買うようなものなのかもしれない。持ち家なら立派な資産だし、不要なら売って金にすることもできる。規模がまるで違うが。
「町の権利って、金さえあれば誰にでも買えるのかい?」
「いやいや、町ってのは元々全て王様のものだからな。普通は買えねえよ。今は急な御触れが出されていて、王様に集められた勇者様にのみ買うことが許されている。おチビさんもちっこいがそうなんだろ? 勇者様でも町の権利を買えるのはひとつの町に一人だけだ。誰かがすでに買った町は後からは買えない。売りに出されでもしなけりゃな。泊まりたけりゃ入場税を払うしかない。早い者勝ちってことだ。で、どうする? 権利を買うかい?」
やっぱりそういうことか。それならば買ってしまった方が良いに決まってる。これからも何度も寄るだろう。その度に入場税を払うより、権利を買って、さらに資産にできるなら買うの一択だ。あいつらのホームに泊まるというのもゾッとしないし、買えるなら買っておいた方が良さそうだ。
そんな思考が頭の中を廻っているとも知らず、兵士は高い買い物に思い悩んでいるのだろうとマギを慰めた。
「おチビさん、無理はするなよ。チビっ子に野宿させるのは心が痛むが、どうしてもなら魔物除けの香くらいは奢ってやるから」
「権利を買うよ。はい、金貨六百枚だ」
まさかのマギの選択に、兵士は大きく目を見開いて驚いていたが、ホッと安堵の息を吐くと笑顔を見せた。昨日同様、マギ様と呼ばれて歓迎される。
兵士は宿屋まで案内してくれようとしたが、その前に今日も薬草を売りたかったマギは、買い取りをしてくれるポーション屋に連れて行ってもらった。
イースタルも大きな街だった。大きな建物のたくさん居並ぶ通りをしばらく進み、東門からほど近い場所にそのポーション屋「パンタル商店」はあった。町の薬屋というよりも商会といった雰囲気の店構えで、中に入ると販売と買取のカウンターがある。兵士はその奥にいた店主らしき人物に声を掛け呼び出した。
「おやじ! お客を連れてきたぜ。薬草の買い取りを頼む!」
「なんだマウリか。店の中で騒がしいわ、この馬鹿息子! お前さんがお客さんだね。買い取りだな、見せてごらん」
どうやらこの店は兵士の実家のようだ。マギは促されてカウンターに薬草を積み上げた。
「薬草か、多いね。しかし状態が良い。この量なら金貨一枚でどうだい?」
薬草は昨日と同じくらい集められていたが、ポーションに加工していないとここまで値下がりしてしまうのか。
「パンタル……さん? ここでポーション瓶や調薬の機材は売っているかい?」
「ふふ、おやじでいいぞ。みんなそう呼ぶ。もちろんだ。調薬セットは金貨二枚、フルセットだから値段は張るが良い品だぞ。調薬の教本が必要ならそっちは金貨三枚。ポーション瓶は十本で銀貨一枚だ」
「じゃあ、おやじさん。薬草をポーションにしてから買い取ってもらうことはできるか?」
それを聞いて店主は眉をしかめた。
「おいおい、お前さん初心者だろう? こんな良い薬草を無駄にしてくれるなよ。……まあ、あんたの持ち物だ。あんたの勝手か」
ふるふると頭を振るとマギを見つめ直した。
「低品質でもポーションになったなら、一本銀貨十枚で引き取ろう。十本成功すれば金貨一枚、薬草の買い取り金額相当だな。何事も練習だ。やってみるかね」
「ああ、そうするよ。大丈夫、ポーションを作ったことはあるんだ。ちなみにポーションって買うといくらするんだ?」
「低品質なら銀貨三十枚。通常品質で五十枚、高品質なら金貨一枚ってところが相場だな。仕入れはその三分の一から半分ってところだ」
城下町のよろず屋。あの時のポーションは、どう見ても高品質じゃなかった。自分が価値もわからない子供だと見抜かれて、騙されていたことに今やっと気付いた。アイパレスの町での買い取り金額は適正だったってことも。
「わかった。教えてくれてありがとう。この薬草はポーションにして明日持ってくるよ。今日は調薬セットと教本をもらおう。それからポーション瓶をとりあえず千本!」
そう言って金貨六枚を出す。店主は黙って大量の商品を用意し、ニヤリと笑って見せた。
「おう、見定めてやるから持ってきな。で? こんなにたくさん、どうするってんだ?」
「ああ、このバッグはマジックバッグだから大丈夫だ」
大量の薬草も調薬セットもポーション瓶も、あっさり片付けて見せると、店主のおやじは目ん玉をひん剥いて驚いていた。
「お前さん! えらく容量のデカい良いバッグ持ってるね! どうだ、そのバッグを金貨五枚で俺に売らないかね!?」
どうやらバッグの値段の方は嘘じゃなかったどころかお得だったみたいだ。マギは仕返しとばかりにニヤリと笑い返して、申し出は断った。
権利の購入 -600枚
ポーション機材 -6枚
現在の所持金貨 1997枚
町資産 1000枚分




