神様に会いました
俺は央修一。どこにでもいるサラリーマンだ。会社では残業は当たり前、休憩なんてないに等しい。それでも日曜日が休みなので、俺がこの会社をブラック企業呼ばわりすることはない。――俺の昔勤めていた会社なんて、年末しか休みがなかった。今日は、俺の彼女に伝えたい大切な話があるので、レストランで彼女と待ち合わせをしている――
「おさむ~!待った~?」
横を通り過ぎれば、誰もが振り返るような美貌を持つ女性――そう、それが俺の彼女だ。俺には勿体ない程の相手だと自覚している。
「待ってないよ。姫乃。」
神崎姫乃。これが彼女の名。――ということはさておき、
俺は今日、姫乃を呼び出した本題に入る。
「姫乃。」
「なーに?」
「別れよう。」
姫乃は目を白黒させている。当たり前の反応だ。当然恋人からそんなことを言われれば、誰だって姫乃と同じ反応をするだろう。
「ど、どうして?私、何か悪いことをした?それとも私の顔がタイプじゃない?性格がタイプじゃないの?性格なら直すし、顔なら整形だって――」
「違うんだ姫乃。俺は君のことが心から好きだ。だから君には幸せになって欲しい。俺は君と釣り合っていない。これから先、ひとつ屋根の下で暮らしていこうにも、俺には収入がほとんどない。姫乃に苦労しか掛けない。だから――」
「何も違わねェよッ!!」
姫乃の豹変ぶりに驚く。
「ぁ、ごめんなさい……取り乱しちゃった。」
「姫乃、納得できるまで…何時まででも待つから……」
「おさむ。私ね、おさむがいないとダメなの。」
「俺もだ。だけど――」
「毎日おさむの声を聴いて、毎日おさむの顔写真を見つめて、毎日おさむを想像する……それ以外をどおやって楽しみにすればいいのかな?」
「ひ、姫乃?」
「おさむはどうしても別れるつもりなんだね?分かった。じゃあ――」
姫乃はおもむろにカバンに手を突っ込む。
次の瞬間――
「……ッ」
胸が焼けるかのように熱い。気が遠くなりそうだ。
胸を見る。
(ほ、包丁!?)
血が溢れ流れ出る。
(ここで終わりなのか……。姫乃は優しくていい子だった……。俺が変えてしまったのか……?ごめんな、姫乃……。)
「――じゃあ、死んで?私も後を追うから。」
最後に聞こえたのは――姫乃の声だった。
♦♦♦
「――さん、お――さん、修一さん!!」
目を開ける。
(生きてる……助かったのか……?)
「おめでとうございます!!」
横を見る。白いドレス――そう、まるでウエディングドレスのような服を着た少女が立って――いや、浮いている……!?少女の頭には、輪っか、背中には翼が……
(て、天使!?!?)
「ぴんぽーん!正解!」
(読んだのか……!?こ、心を……)
「はい!」
天使だという少女は続ける。
「では改めて……!おめでとうございます。修一さん。あなたは見事、この〈愛の天使〉ハニエルのお眼鏡に叶いました!よって転生権が与えられます!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
「待ちません。」
ブゥンという音を立て、修一の前にディスプレイが浮かび上がる。
「転生者には特典として、能力が1つ贈与されます。このスキルは、譲渡や破棄ができないので注意してください。」
「おい、能力ってなんだ!?」
「答えません。」
「……」
修一の前には膨大な能力が表示されている。
取り敢えず全て目を通してみよう、と修一はページの最後までスクロールする。
(百発百中!?即時回復!?攻撃力100倍!?強そうな能力ばかりだ……)
すると、一番最後の項におかしなスキルが。
「……この、〈???〉ってのはなんだ?」
「それは、今だに取得した者がいないため詳細が不明なスキルです。」
「……これには答えてくれるんだな」
「それぞれの能力の詳細については答えてもいい決まりになっています。」
(〈???〉か……どんな能力なのか気になってきたぞ。)
そう、さながら中身のわからない福袋が気になるように。
「決めたよハニエル。俺はこの〈???〉の能力にする。」
「……転生者とは会話をしてはならないという決まりなので、これは独り言ですが――〈???〉などという未知のものに手を出すのはあまりお勧めしません。これから第二の人生を歩むというのに、その能力が村人――その中でも畑作をする者などが持つ、〈農業効率上昇(小)〉などのほとんど役に立たない能力である可能性があります。」
(ええ……そんなのあるの……?? ――でも)
「忠告ありがとうハニエル。でも俺はこれにする。」
「……忠告ではありません。独り言です。――後悔はないんですね?」
「ああ。」
「……では転生者修一、素晴らしい第二の人生を。」
修一の身体が透ける。
「なあ、最後に一つだけ。……どこに転生するんだ?」
「……」
消える直前、修一の耳に聞こえたハニエルの声。
「…これは独り言ですが、元居た世界とは別の世界に転生します。」
―――修一の意識は、そこで途絶えた。