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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
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SCENE6 - 2

 散歩道。

 商店街。

 通学路。

 うろうろと歩き回って、公園へと辿り着いた。


 人の居ない公園は、どこよりも肌寒い空気が残っている

 そんな奥のベンチ。

 ぽつん、と座る人影を見つけた。

「――居た」

 ぴたりと足を止め、そのままそっと身を隠す。

 このまま正直に出て行ったら、逃げてしまうかもしれない。

 そっと遠回りをして、彼へと近付く。

 近くまで来ると、少年の吐く息が僅かに白く見える。

 溜息だろうか?

 僅かに見える横顔も、どこか沈んだように見えた。

 足音をできるだけ消して。物音を立てぬよう、慎重に近付く。

 そして隣まで来た所で、ぱたりと彼へもたれかかった。

「!」

 有樹はびくりと身体を揺らして、今の感覚を確かめるように視線を巡らせた。

「……リンド」

 ぱちぱちと瞬きをして、名前を呼ぶ。

 驚いたようなその表情は、名前だけ呼んで噤んだ口元からじわじわと気まずい色になり。

 そして、元のどこか沈んだ表情になった。

「何さ。……何か用?」

 視線を逸らしたまま、言葉だけを投げて寄越す。

「……謝りたくてな」

 すまない、と少しだけ身体を寄せる。

「……何が」

「オーヴァードになるのを悪く言った事」

 少年の身体が、少しだけ揺れた。

「……なんだよ。こないだは突然ヘンなこと言い出したと思ったら、また違う事言うし……」

 ぱらぱらと、弱い雨のような文句が降ってくる。

「うん。……色々、あったのだ」

 こちらの世界の常識には、未だに違和感を感じて馴染めない。そんな言葉を飲み込む。

「さっきな。サトウとやらから話を聞かせてもらってね」

「!」

 突然出た友人の名前に、動揺の気配とうわずった声が上がる。

「あいつが、何言ったっていうのさ」

「お前が想像した通りの事だと思う」

 そう言うと彼は「ふうん」と小さく相槌を打った。

「それで、なんなのさ」

 こちらを決して見ようとはせず、今度は顔ごと逸らした。

 自分が友人に愚痴った内容がそのまま筒抜けになってしまった事に気付いたのだろう。さっきとはまた違った気まずさというか、ふてくされたその顔は見られたくないようだ。

「ユウキは」

 隣に居る少年の存在を確かめるように、名前を呼ぶ。

 少年からの答えはない。

「ユウキは、オーヴァードになりたいか?」

「もちろん」

 呟くような。でも、意志を表したような断定の返事に、そうか、とだけ頷く。

「その気持ちは、分からなくもない。だけどな、一度なってしまったら、もう元には戻れない。力を手放す事も出来ない」

 俺は、と言葉を繋いだものの、少しだけ言葉に迷う。

「俺は……時々、普通の猫だったら良かったと、思う事がある」

 答えない少年に、そのまま語りかける。


 カオスガーデンという特異な環境で育ち、覚醒した。その結果、外の世界に興味を持ち、島を飛び出した。

 町を。都市を歩き、人間と文明に触れた。

 それは己の知識を少しずつではあるが満たし、好奇心を誘った。

 そして、少年と出会い、共に過ごした日々。


 それは、確かにオーヴァードとしての覚醒がもたらした日々だった。

 だからこそ、思うのだ。


「この力が無かったら。普通の猫として暮らせたら、どれだけ幸せだっただろうと、思う事があるよ」

「けど!」

 反論するような声が上がった。

「けど、リンドはオーヴァードじゃないか。だから、僕とも会えた。違う?」

「……そうだな」

「ほら、リンドだって分かってる。僕は、そんなどこにも居ないリンドの話なんて、聞きたくない」

 そう言って彼は首を横に振る。

 だが、その反応に対する自分の感情は、静かだった。

「だからだよ。力を持つというのは、そんなIFを考えさせてしまうんだ。自分の周りにオーヴァードのない生活に憧れる。それで、自分も普通の猫になったような気になれる。エゴイズムだとは分かっているが……俺は、ユウキにはこんな思いして欲しくない。だから、なって欲しくないって思ったんだ」

「……」

 少年は、何も答えない。

 何かを考えるように、少しだけ顔を上げて。

「それで?」

 とだけ言った。

「……俺は、今でもそう思ってる。ユウキ。俺はお前に、こっちの世界に来て欲しいとは思っていない。明日の試験、受けないで欲しいと心から思う」

 その言葉に、ユウキはようやくリンドの方を見た。

 口元はへの字を作るように曲がっており、とても不満そうだ。

「結局リンドは試験には反対なんだ」

 ダメなんじゃないか、と素直に不満を口にする。

「ああ。俺はずっとそう言っていただろう?」

「そうだけどさ……」

「でも、これだけ言って、それでもユウキがオーヴァードになりたいと言うのなら……俺はもう、お前を止める言葉を持たない」

 静かな公園に、沈黙が降りた。

 住宅地に囲まれた小さな空間には、雑多な生活音が微かに響いているが、それはこの沈黙を一層際立たせるだけだった。

「じゃあさ」

 有樹がぽそりと、沈黙を破る。

「リンドは、僕が試験をやめたとして。どこにも行かない?」

 彼は座り直して、リンドと向き合う。

 真直ぐに。懇願するような。不安げな瞳をリンドに向けて、彼は言う。

「夢を、見るんだ」

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