表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
96/202

SCENE6 - 1

 家に帰って、もう一晩。

 リンドは待ってみた。

 だが、有樹は帰ってこなかった。

 両親には「友達の所で勉強する」と言ってあるらしく、心配する様子はない。

 

 両親は、有樹――即ち、この世界と――リンドの間にある溝には、まだ気付いていない。

 

 ベッドの上で目を覚ましたリンドは、誰も居ない静かな部屋を見回す。

「ユウキ……」

 誰も居ない部屋で気をもみながらうろつく。

 今日は、帰ってくるだろうか? 話は、出来るだろうか?

 そんな事を思いながらどれだけ部屋をうろついただろう。

 思わず溜息をついた時、首にかかっていたモノを思い出した。

「――電話」

 そうだ。電話だ。

 連絡先さえ分かれば、話が出来る。

 ――が。

「ダメだ。連絡先が分からない」

 ふるりと首を振る。

 有樹は携帯電話を持っていただろうか?

 そんな事すら分からない。

 ならば、有樹の友人とやらはどうだろう?

 家にでもかければ取り次いでもらえるかもしれない。

 

 少年の部屋を出て居間へ降りると、両親が居た。

 今日は何曜日だったろうか。

 両親が居るという事は、休日なのだろう。

 そっと部屋の中へと入る。

 この家に居た頃、子供部屋以外で喋る事は殆どなかった。それはいつの間にか癖として染み込んでいたらしい。口を噤んだまま、母親の足元へ寄り添う。

「あらリンド。どうしたの?」

 気付いた母親が微笑みながら問いかけてくる。

 リンドの記憶の中で、両親は自分が喋れるという事を知らない。

 だが、有樹は先日、朝食の席で「夕べから静かだ」と言っていた。

 きっと、知っているのだろう。

「チチ、ハハ。ユウキの行き先を知ってるか?」

「あら。有樹なら佐藤君の家に居るって言ってたわよ」

「ふむ。そのサトウという家の電話番号は分かるか?」

「佐藤君のお宅は……いくつだったかしら」

 母親は少し考えて、電話の子機を手に取る。

「確か有樹がこれに……ああ、あったわ」

 ボタンを何度か操作し、「はい」とリンドの目の高さまで下ろしてきた。

「この番号が、佐藤君のお宅よ」

 子機の小さな画面に並ぶ、十一桁の数字。

 それを少し眺めて暗記する。

「ありがとう」

 それだけ言って背を向けると、母親は「はい」と穏やかな声で子機を元の場所へとしまった。

 

 部屋に戻って、リンドは少しだけ首をひねるようにして、首輪についていたボタンを押す。音声ガイダンスが流れ、暗記した番号を暗唱する。

「ツカサもたまには良い事をする」

 ぴこぴこと認識される音と少しのノイズの後、コール音が響いた。

 しばらく待つと。「はい?」と少年らしい声が聞こえた。

「浅島家に居候しているリンドと言う者だが、ユウキは居るか?」

「リンド……って」

 少しの間。

 そして、相手が息をのんだのが分かった。

「あ。あの……猫の?」

 声色が少しうわずっている。

「そうだ。ユウキの同居猫だ」

「は、はい」

 声からは緊張がとても伝わってくる。

 先程話をした母親には見られなかった反応だが、今はそれを気にしている場合ではない。

「あ、あの有樹は……いえ、有樹くんは、いやいや、浅島さんは、今、ちょっと居なくて……」

「ほう。居ないのか」

「あ。はい……」

「じゃあ、今何処に居る?」

「いえ、僕は……、その、詳しい事は……」

 どうも要領を得ない。

 怯えているのか、口止めでもされているのか。

 いや、どちらかと言えば、オーヴァードという存在に対しての反応に見えなくもない。下手に何か言うと後が恐い。そう言うものだろうか。

「サトウ。怖がらなくて良い。電話の向こうにどうこう出来たりもしない。だから落ち着いて答えてくれ」

「え。あ……」

「とりあえず、深呼吸をしろ」

 はい、と小さな声の返事と、受話器から少し離れる音がした。

 そしてすぐに電話口へ戻ってきた。

「落ち着いたか?」

「はい。すみません」

「謝らなくて良い。俺が聞きたいのは、ユウキの事だけだ」

「有樹の、こと」

 そうだ、と頷く。

「有樹くんは……昨日の夜まで僕の家に来てました」

「ふむ」

「それで、勉強と――少し、話をしたりして。お昼くらいに、家を出ました」

 時計をちらりと見上げる。もう昼はとっくに過ぎていた。

「ここにはまだ帰ってきていない」

 電話の向こうで、はい、と小さく頷く声がした。

「有樹くんは、ケンカをして家出してきたって言ってました。だから……家には居辛くて、すぐに帰らないの、かもしれません」

「そうか……分かった」

 ではな、と電話の通話ボタンを切ろうと前足を伸ばす。

「あ、あの」

 ぴたり、と足を止めた。

「うん?」

「有樹くんに……その、オーヴァードになるなって言った……って、本当ですか?」

「……ああ」

 言った、と言うべきかどうか、少しだけ躊躇う。

 だが、ここで黙っていても仕方ない。

「確かに言った」

「どうして、ですか?」

 どうして。

 こいつは何故そのような事を聞くのか。

 そんな疑問はすぐに溶けた。

「あいつ、リンドと一緒になれる、って凄く喜んでたのに」

「――!」

 思わず息をのむ。

 ユウキは。アイツはそんな事で喜んでいたのというのか。

 だが。それではいけないのだ。

 ふるふると首を振る。相手に見えていないのは承知の上だ。

「自分がオーヴァードだからこそ、言える事がある。それはいくつもあるが……一つだけ言うなら、オーヴァードになって良い事があるなんてのは妄言だ。俺はそう思う」

 それに対する少年の言葉は簡潔だった。

「嘘だ」

「嘘なもんか」

 電話の向こうで、だって、とぎこちなくも力のこもった声がする。

「だってあなたは、有樹と話しをしてるじゃないか」

 ああ、そうだ。と心の中で頷く。

 俺がユウキと出会い、共に居たのは俺がオーヴァードだったからだ。

 だが。

「……俺は、普通の猫でも良かったよ。ユウキの傍で、時折構ってやって。机の上で丸くなって勉強の邪魔をするような、普通の猫で」

 ああ、それでも良かったのだ。

 今更この感情に気付くなんて、と己に呆れを感じる。

 同居人を守るのは猫の役目だ。

 言葉など介さなくても。この家に。ユウキの傍に居られたなら。それで良かったのだ。

 その言葉に偽りはない。

 そして、電話の向こうも黙っている。

 今の言葉で納得した、という訳ではないだろう。だが、それ以上口出しするつもりもないようだった。

「――その」

 先に沈黙を破ったのは少年だった。

「すいませんでした。――え、えと。あの。今言ったの、俺の勝手なんで……」

 親父とかには、と言い辛そうにもごもごと口の中で言葉が詰まっている。

「そんな心配要らない。誰にも話すつもりは無い」

 そう言ってやると、少しだけほっとしたような空気が伝わってきた。

「さっき言った事だが」

「は、はい」

「納得してもらえないのは分かっているつもりだ。他より優れた能力を持つ事が、羨望に繋がるという事も知っている」

 だけどな、と呟くように続ける。

「なってみるとそんなもんなんだ」

 電話の向こうの少年はしばらくの沈黙の後、小さく「はい」と頷いた。

「その、失礼しました」

 もういいですか? と少年は言う。

「ああ、済まなかった」

 ではな、と、今度こそ通話を切れば、部屋には静寂が満ちていた。

 はあ、と一つ溜息をついてみても、それは揺らがない。

 とりあえず、有樹が(ここ)へ帰ろうとしているのは分かった。

 それならばここで待っても構わないだろうが、いつになるか分かったもんじゃない。

 外へ出た方が、早く出会えるだろう。

 たとえ何処かですれ違っても、夜になったらきっと家に居るだろう。

「まだ怒ってるだろうか……」

 少しだけそんな事を考える。

 思ったより頑固な面があるのは知っている。

 だが、そんな面を知っているからこそ、出来る話もあったのだ。

「……うん、探しに行こう」

 誰に言う訳でもなく頷いて、家を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ