SCENE5 - 6
「……そう言う事か」
電話の電源を切りながら息をつくと、みあが霧緒に何か話しかけていた。
何の話なのかは聞いていなかったが、霧緒は少しだけ首を傾げて、頷いている。
「……? うん、いいけど」
そう言いながら彼女はテーブルにあった紙ナプキンを数枚抜き取り、丁寧に折り畳む。
手の平の上に乗せたそれにもう一方の手を重ね、開くとそこには四つの輪っかがあった。
「何それ」
「ヘアゴムです」
霧緒がそれを机の上に並べながら、みあに「これで良いのかな?」と視線を送る。
「ええ。十分よ。とりあえず皆コレ、つけといて。必要ないかもしれないけど、目印」
「……ああね。俺達が色違いの同キャラ対戦するのに備えて?」
手に取って引っ張ってみると、良く伸びた。
とりあえず手首に通して、コレで良い? と翳してみる。
「出来れば避けたい事態ね」
リンドの携帯電話へ括り付けながら、みあがちらりと視線を向けて頷く。
「考え過ぎなら良いけど、自分で自分を殺すなんて矛盾、何が起きるか分からないし」
「上手く行けば自分の立ち位置ゲットとかそんな話になるかもしれんが……それは怖いな。俺は上司のおかげで助かったかもしれない……」
「二人居る事を想定して仕事を割り振ってたんですか?」
「だろうなあ……」
「……河野辺さんの上司ってすごいですね」
「うん、多分ね……」
「それにしてもミア。良くそんな事考えたな」
首輪にオプションの増えたリンドが尻尾をぱたりと鳴らした。
「うん、ヴェネツィアで時間を飛んだ人間を集めてたでしょう? アレがちょっと引っかかってて……」
「そういえば、あれ何で集めてたんだろうな?」
「……何ででしょうね」
未来を変えたかった? と霧緒が首を傾げる。
「未来を変えるだけなら、それこそ桜花さんを殺したみたいに、適当にその辺の人間を殺して回れば良いでしょ」
実際、とみあの言葉は続く。
「葛城桜花という人間が……影響力が如何に強かったとはいえ、死んだだけでここまで変わるのよ? ――で、ちょっと考えたのが、あの時代に跳んだ人間が、自分に連なる人間に手をかけたらどうなるのかしら、って事なんだけど……」
「タイムパラドクスか」
ふむ、と考えを巡らせていると、霧緒が隣で首を傾げたのが見えた。
「あれ、でもみあちゃん……」
霧緒の疑問そうな言葉にみあは「ああ、そうね」と軽く頷いた。
「あたしの身体に連なる人間は、今この世界に居ないわ。その影響もどこかに出ているかもしれないけど……さっき言った事の結果のようなものにはなれるのかもしれないわね」
ああ、と司は研究所での話を思い出した。
桜花さんが戻ってこなかった事を悲観して命を捨てたというお坊ちゃん。紅月。
もしそれがみあに連なる人物だったとするなら。今この世界に居るという、目の前の存在は、一体どうなっているのだろう? どこか別の場所に居るのか。それとも、存在しないのか。
それはみあという存在がよく分からないから分からないが。
そうしているうちに「まあ」と彼女が小さく息をついた。
「考え過ぎかもしれないし、見当外れの事を言っているかもしれない。端末達は今居る場所しか観測できないから……」
「とりあえず、どうにかしないといけないのは確かだな」
そうね、とみあが頷く。
「京都で聞いた話だと、あいつらは何かを歪めようとしている。それなら、より歪みが大きくなると思われる行動は、しないに超した事は無いと思うの」
「なんだけどな……問題はその行動だ。自分で自分を殺すのはNG……だよなきっと……」
「思想も記憶も違う人間ではあるけれど、全く関係がない訳ではないはずだしね」
現に、とみあは軽く頭を抑えて眉を寄せた。
「あたしはさっき、この世界に引きずられかけたというか、その影響が出てたみたいだし」
「うへえ……気をつけます」
「……うん。気をつけないと」
「そうだな」
各々が頷いた所で、話は一段落した。
ふと訪れた沈黙を共有する。
「とりあえず」
天井を見上げてぽつりと呟く。
「決戦は明後日だな」
その言葉に、全員が各々の決意を込めて頷いた気配がした。