SCENE5 - 5
「――で。みあ」
視線を霧緒からみあへと向けると、彼女は視線だけをこちらに向けてきた。
「何?」
「お前、何考えてたの?」
さっきの症状は、一体何があったのか。何故突然苦しみだしたのか。
その意図を彼女は「ああ」と小さく受け取って。
「少し、考えてみたのよ」
とだけ言った。
「考えてみた?」
何をだ、とリンドが首を傾げる。
「本当はもっと早くに考察すべきだったんでしょうけど、――ここには私達ではない私達が存在するわ」
どんな人達かは分からないけど、と小さく首を振る。
「……は?」
思わず声を上げた。リンドも、小さく唸るように考え込む。
「末利もなんかそんな事を言ってたような……ん? ……この世界に俺達が複数存在する事を考えると、どこかに“俺達の居ない”未来もあるってことか?」
「あるでしょうね。あたし達が存在して、隕石が落ちて、居なくなった世界とかね。もしかしたら、元の世界はあの時点でぷっつりと消えちゃってるのかもしれないけど」
「えーと。つまり、ここは“俺達の未来”ではない」
「そう。あたし達は現代へ帰ってきたんじゃない。これまで何度も言ってきたその言葉が、比喩でも何でもない。ここはあたし達の知る現代とは違う世界」
ふう、と最後の痛みを追い出すかのように息をつく。
「この世界にとって、本当にあたし達は異物以外の何者でもないのよ……」
「……そうなんだ」
霧緒がぽつりと、何かを確かめるように呟く。
「確かにそれは想定するべき事態だったな――しかし、なるだけ会いたくないな」
眉を寄せるリンドの隣で「まあなあ」と、天井を仰ぎ――。
ふと、一つの考えが閃いた。
「――って待て待て。ちょっと確認さして」
それだけ断って携帯を取り出し、通話履歴から末利の番号を選んで、耳に当てるとコール音が響く。
もう一人の自分が居る。
ここ数日普通に仕事をしていたから、その可能性をさっぱり考えていなかった。
良く気付かれなかったな……と軽く息を詰まらせていると、コール音がぷつりと途切れた。
「はい」
「あ。末利? あのさあ。ちょーっと聞きたい事があるんだけどさ」
「……何」
「そこに“俺”居たりするのかな?」
「居ないわよ?」
その答えは早かった。
「じゃあさあ……。“俺”って、どこに居るの?」
その質問には、さあ、と首を傾げたような声が返ってきた。
「あなたが知らないんなら私も知らないわ」
「そう……」
っていうかさ、と更に問う。末利は何も言わずに言葉を待つ。
「もしかしなくてもやっぱり、“俺”って二人居たりするの?」
「一人じゃないの?」
あなたはあなたでしょ。
彼女はそんな、素っ気ない答えを返してきた。
「辿ってきた道が違い、行動原理を同じくしていない者は、物理的にも精神的にも別よね」
「いやまあそうなんだけど……」
仰る通りです、と頷く。
このままではあやふやになってしまいそうだ。
ええと、と呟きながら考える。
「言い方を変えよう」
末利は、はいはいと軽い相槌を打つ。
「この世界の“河野辺司”という存在は。今、どこか別の所に居るの?」
ぶ、と電話の向こうで吹き出した音がした。
そして、少しだけ笑う声が受話器から遠のいて。すぐ戻ってきた。
「今、私はそう言ったわよ? そう、その通り。この世界で生まれ落ち、この世界を見て育った司は、あなたではないわ」
「そっか。……それを踏まえて凄くどうでも良い事聞くけど」
「何?」
「勤務地被ってないの?」
「どういう意味?」
その声は心底疑問そうだ。
「いや、朝から研究所に行って『おはよう俺』って話になったらすげえ気まずいな、っていうか……まるで邪神の駒に『おはよう! お兄ちゃん!』って言われたような気分になると思うんだ」
想像して自分が苦い顔をしている気がする。
電話している自分を見ている三人も、なんだか不思議そうな顔をしている。
そんな状況が向こうに伝わっている訳もなく。
「そうなったの?」
「いや、今の所なってないけど……」
「なら、なってない理由を考えなさい?」
末利の問いは簡潔。そろそろ話を終わらせたいという雰囲気が声音に混じって伝わってくる。
「ちなみにFHの記録には当然、司は一人しかいないわよ」
これで満足? という声。
「……あ、はい。そうだね。すみません」
思わず謝ってしまう。
「あ。最後に一つだけ」
「何かしら?」
「俺さ、お前が友達でほんとーに良かったと思うわ……」
末利の返事に、少しだけ間があいた。
「そ。嬉しいわ」
けれど。と声の調子はそのままで、彼女の言葉は続く。
「それを言う人は、きっと別に居るんじゃない?」
「ん。替わりに言っておくのさ」
きっと彼女が友人なら、そこだけは同じ事を思ってるだろう。
そんな気がした。
「それじゃあ――」
「あ。ごめんもう一つ」
電話を切ろうとした末利の声を遮ると、「何かしら」と同じような返事。
「一人独房に入りたがってる人が居るんで連れて行きます……」
「物好きね」
「全くだ」
ちら、とその物好きに視線を向けると、彼女は少しだけ緊張した顔をしていた。
「分かったわ。特別なのを用意しといてあげる」
「よろしく」
それ以上何も言わず、電話はぷつりと途切れた。