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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
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SCENE5 - 1

 次の日の朝。

 葛城家を出ようとしたみあは、玄関に現れた老婆に呼び止められた。

「昨日の話は、お役に立てましたか?」

 昨日と変わらぬ穏やかな声で、彼女は問う。

「はい」

 ありがとうございました、とみあがぺこりとお辞儀をすると、石乃は「それはよろしおしたなぁ」と柔和に微笑んだ。

「良かったらまた、来ておくれやす」

 その表情は皺だらけで年齢を感じさせはしたが、同時に、誰かに良く似た面影が垣間見えた。

 それで、と石乃は懐から昨日預けたままだった守袋を取り出し、みあへと示した。

「こんお守りですが」

「はい?」

 思わず首を傾げる。

「いただいても構いませんかな?」

 みあはぱちりと瞬きをして、「ええ」と頷いた。

「桜花さんの――お姉さんの遺品、という事になるのでしょう? 貴女に持っていていただいた方がいいと思います」

「――ありがとう、ございます」

 小さく声が震える。守袋を胸元でしっかりと握りしめ、彼女は俯く。見上げれば、嬉しそうな表情で、何事かを呟くのが見えた。

 それは大きな声にはならなかったが、みあの耳にはしっかりと届いていた。

 おかえりやす。だ。

 彼女は百年を経て帰ってきた姉を、そこに抱きしめているのだろう。

 しっかりと守袋を持ったまま、やがて彼女は顔を上げた。

「そう、そん代わり……と言うてはなんですが」

 お前さん。とお手伝いさんに声をかけると、彼女はみあへ長い布包みを差し出した。

 両手で受け取ると、それはずしりと腕に重みを伝えてくる。

 布越しでも分かる柔らかな曲線と、しっかりとした作り。一カ所だけ感じる膨らみから一振りの日本刀だとすぐに分かった。

「……これは?」

 不思議そうな顔をしたみあに、石乃はからからと笑いながら告げる。

「お土産、でしょうか。煮るなり焼くなり」

 好きにしておくれやす。と、晴れやかな顔で石乃はそう言った。

 布越しとはいえ、手にしているだけで体内のレネゲイドウイルスへの干渉を感じる。日本刀自身がオーヴァードである可能性は低そうだが、こんな日本刀はそうそうある品ではない。そんなものを土産。とは一体、どういう事だろうか?

 そんな疑問が湧いたが、彼女のその表情から悪意は何も感じられない。

 きっと、葛城がみあを信頼してくれた証、という事なのかもしれない。

「では、ありがたくいただいていきますね」

 ぺこりと頭を下げる。

「ええ。姉は片方しか持って行きまへんでしたさかいに玩具も同然ですけど」

 その口調から察するに。これは本来、二振りで使用する物なのだろう。

 二振りの日本刀――あの渋谷駅の女の影が、脳裏をちらついた。

 そういえば、彼女が持っていた刀はどのようなものだっただろうか?

 そのような疑問を日本刀と共に抱え。

「ほな、気をつけておくれやす」

 穏やかな婆の声に見送られて、葛城の家を後にした。

 

 □ ■ □

 

「――おばば様」

 部屋に戻ろうとした老婆は、かけられた声にゆっくりと足を止めた。

 振り返ると、一人の少女がぱたぱたと駆け寄ってくる所だった。

 朗らかな笑顔に、黒い髪。

 和装ではなく、今らしい服装ではあるが。ストールに黒髪を流すその姿は石乃の姉――桜花にとてもよく似ていた。

 そんな少女は老婆の元へ辿り着くと、なんだか嬉しそうに微笑んだ。

「今日はお加減良さそうですね」

「うむ。ほんにええことがあったさかいに」

 その返事に、彼女は笑顔のまま首を傾げる。

「もしかして、昨日来ていたというお客様ですか?」

 そうや、と少女の言葉を肯定したが、彼女はどうもその真意を測りかねているようだった。

 百を超えて生きるこの身体。きっと、寿命すら超えて生きているのだろうというのを、ひしひしと感じながら過ごしていた日々。体力は衰えるばかりなのに消えない命の火は、昨日の来客二人と話す為にあったのだと、何となく悟った。

 そして、それを肯定するかのように。

 その間だけは、少なくとも五十は若返ったような気がしていた。

「あんたはんは分からへんやろうなぁ……」

 少しだけ目を細めて、目の前の少女を見遣る。

 この娘も姉にとてもよく似ているが、それ以上に。

「いや、ほんにな。みあと名乗った子は妙に大人びてはったけど……あの目元やろか。顎の線や、表情の動きが――子供の頃の二人によう似てはってなあ」

 笑いをこらえるのに必死やったんや、と老婆は小さく笑う。

 紅月と桜花。

 二人に子供は居ない。故に、彼女達に子孫は居ない。

 分かってはいるが、その影を思い出さずにはいられない客人だった。

「なんと言うたらええんやろうなぁ。姉様達がうちのとこに帰ってきた気がしてん……無理はやめときよして、優しく頭を撫でられた気がしたんやわぁ」

 どこかほっとした顔で語る老婆を見上げた少女は、疑問そうな表情を同じように穏やかな表情に変えて、ちらりと外に視線を向けた。

「おばば様」

「うん?」

 少女は自分のストールを石乃にふわりとかけて、背中に手を添える。

「ここは風が通ります。お体に障りますから、お部屋に戻りましょう」

 そう言われて、老婆はどこからか漂う冬の空気を思い出す。

「せやなあ」

 ひとつ頷いて、老婆はゆっくりと部屋に戻っていく。

 少女に付き添われるその足取りは、どこか軽く。

 ゆっくりと弾むようだった。

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