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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
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SCENE4 - 2

「庭、って言ってたけど……」

 どこかしら、とみあも部屋から顔を出す。

 左右どちらも廊下が続いていたが、石乃の姿はもう無い。

 外から見ても十分広かったこの屋敷だ。庭もきっと広いに違いない。

 一体どっちが外なのか、と見回すと、廊下の角から仄かな明るさが見えた。

「あっち、かしら」

 明かりを頼りに進めば、きっとどこかに辿り着くだろう。

 ダメなら出会った誰かに聞けば良い。

「うん。そうしましょう」

 一人頷いて、部屋を後にした。

 

 □ ■ □

 

「……?」

 しばらく廊下を歩いていると、何か声がしたような気がして足を止めた。

 耳を澄ませば、どうやらそれは歌声のようだと分かった。

 その音を頼りに、みあは惹かれるように足を進める。

 少しずつ近付くその声は、どうやら少年のものらしいが、何を歌っているのかは分からない。そもそも、あまりに掠れた声のせいで、うまく判別が出来ない。

 音も、上手くとれていない。音階が外れているとか。テンポがずれているとか。そんなのではなく、本当に「上手く歌えていない」声だ。

 それを聞きながら進み、広い庭へ出ると、そこには歌声の主らしき人物が居た。


 少年。

 年は司くらいだろうか?

 短めに整えられた髪は白く、何となく霧緒を思い出すが、それ以外の特徴はよく分からなかった。

 顔の大半をガーゼと眼帯で覆われていて、判別がつかない。

 ガーゼが無い部分にも傷や痣が多い。上を向く事でちらりと見えた首にも、袖から覗く掌にも包帯が巻かれて、痛々しい姿をしている。

 掠れた声を一生懸命に出して歌おうとしているその姿が、更に痛々しさを増す。

 どれだけの事をすれば、こんな大怪我になるのかしら。と過った時。

 ふと、その声がやんだ。


 眼帯のない方の目が、こちらを向く。どうやら来客に気付いてやめたようだった。

「や。お客さん、かな?」

 掠れた声で問いかける。

「ええ。それなら貴方が珍しいお客その一ね。あたしはその二よ」

 よろしく、と挨拶をすると、少年もよろしく、と笑いかけ――いてて、と顔をしかめた。

 どうやら傷がひきつったらしい。

「さっきから歌ってたのは貴方だったのね」

 手近な縁に腰掛けると、少年は傷が痛まない程度に微笑んだようだった。

「歌うのが仕事だったんだが、ご覧の有様でね。あまりの情けなさに逃避行中」

 でも、と少年の目が細くなる。

「放っておいたら正しい歌い方を忘れそうでね――ねえ」

「?」

「良かったら、何でも良いんで歌を聴かせてくれないか?」

 ぱちり、と意図を計りかねたように瞬きをして少年を見ると、彼はどうだろう、という風に首を傾げた。

「歌をお仕事にしている人に聞かせられるようなモノはないけど――そうね。どんな曲がお好みかしら?」

 立ち上がって少年から少し距離を置いた所へ移動する。

「出来れば、君の一番得意なやつで。こう、人生が感じられるような」

「そうねえ……」

 考えるように、息を整え、歌にする。


 自分の中にある記録達からメロディーを。歌詞を紡ぐ。

 声変わりをしていない少女の声が、庭に広がる。

 たった一人の観客である少年に語るように、響くように。

 童話のように、史書のように。

 みあは歌う。


 長い長いその歌を、少年は黙って聞いていた。

 目を口も結んだまま、じっと聞いている。

 その表情が感動なのか、憤りなのか。はたまた傷が痛むだけなのかは分からない。

 ただ、内にある何かを押さえるような表情をしていた。

 そして歌が終わり、みあがぺこりと一礼すると、少年はひどく精一杯に拍手をしていた。

「ありがとう。この歌が聴けて、本当に。――本当に良かったよ」

 頷きながら、少年はそう繰り返した。

「気に入っていただけたなら良かったわ。――そういえば名乗ってなかったわね。あたしは紅月みあ」

 貴方の名前は? と首を傾げる。

「そりゃあ奇遇だ。――俺もね、紅月というんだ」

 紅月。

 ぱちり。と瞬きをしてその名前を反芻する。

 それは、とうに途絶えた名前ではなかったか。

 その名を名乗る少年は、みあを真似るように一礼する。

「俺は紅月。姓は無い」

 一体何のつもりでその名前を名乗るのかは分からないが。彼に悪意や敵意は見られない。

「――そう」

 名前にはそれだけの感想を返して、「そういえば」と彼を見上げる。

「貴方が珍しいお客その一なら、聞きたい事があるの」

 紅月はなんだい、と瞬きをする。

「貴方、紅い結晶についてここのご当主に聞いたそうだけど」

「ああ」

「何かを知っているの?」

 軽く相槌を打った彼は、「と、いうと」と小さく呟いた。

「君も興味があるの? アレに」

 ええ、とみあは頷く。

「あるわ。アレが一体何なのか」

 紅月はふむ、と少し考えたようだった。

「アレが何処から来たのか、そして“何”なのか。正しい事を知ってるヤツは居ない。ただ……そうだな。ある特殊な性質を持っていて、それは、あってはならないものだって事は知ってる。あれはね。俺は、一種の生物だと思ってる」

 そう言ったものの、少しだけ考えるような仕草をした。

「ん……生物というか……動物とか植物とかは……どちらとも言えないな。俺の知る限りだけど、あれはどちらの性質も持っている。あるモノを歪めることで移動し、根付いた先でまた歪める」

「その、あるモノ、って言うのは何のこと?」

 ちらりと視線を上げ、彼に問いかける。少年はその視線を少しだけ見下ろし、目を伏せて首を振った。

「それは――分からない、と言うと良いのかな。残念ながら、俺はそれを目の当たりにしたことはないんだ」

 みあを見下ろすその視線はどこか遠く。みあはこれ以上追求する事なく「そう」とだけ答えた。

「それで。そのあるモノを歪ませたり移動するのは、それの意思、と言う訳ね」

 確かに生き物ね、というみあの言葉に紅月は頷いた。

「そう。そして、移動した先で根付いて育つのは植物みたいなものさ」

「で、その……生態、というのかしら。それに目的はあるの?」

 紅月はまた首を横に振る。

「目的は分からない。もしかしたら、無いのかもしれない。ただ、その性質から俺は奴らをこう呼んでる――“ダンデライオン・クロック”と」

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