SCENE3 - 6
「……気持ちのいい話じゃないな」
吐き捨てるように、そんな言葉が出た。
ユウキをそんな所に、送り込む訳には行かない。
そんな物はイラナイと首を振る。
「だったら尚更だ。そんな気持ちの悪い事に、アイツを付き合わせる必要は無い。いつか覚醒する時が来たとしても。それがやむを得ない事情である事を、俺は望む」
その言葉に末利は、呆れたような、困ったような顔をした。
目元は変わらないのに、どこか力がこもったような視線がリンドへと向く。
「さっき言わなかったかしら? いつか、ではなく。近いうち、だと。そして私達は、その兆候を検出し、覚醒を促す技術を持っている、と。猫さん。あなたはその子を、抗レネゲイド剤も衝動抑制剤も、拘束具も。何も無い場所で覚醒させるのが幸せだというの?」
「……つまり」
司が息をつくように口を開く。
「正確には試験ですらないのかそれは。覚醒させる、ではなくて、覚醒する場所を変える。そのために、“試験”の体裁をとって人を集めてるんだな?」
「その通りよ」
末利は頷いた。
「その覚醒を回避する手段は見つかってないのか?」
「見つかってないわ」
彼女の回答は早かった。首を振る事すらせず、司の問いを否定する。
「あなたの所では、見つかった?」
「残念ながら、さっぱりだ」
司も肩をすくめて首を振った。
「なら、現状では無理ね」
末利は首を振り、そのまま伝票を持って席を立った。
そのまま立ち去りはしない。
「ま、こう言いはしたけど。やめさせても良いんじゃないかしら」
背中を向けたままの彼女は、表情が読めない。
「あくまで私が言ったのは現状の、知る限りの情報からの分析結果よ。試験を受けさせるかどうか……どちらを選んでもくそったれな未来しか見えないなら――せめて自分が希望だと思う方に進むのも、面白いかもね」
それ以上何も言わず、彼女はそのまま席を離れた。
司と二人。その間を沈黙が埋める。
「……手はまだある。なあ、ツカサ」
ぽつりと、漏らすようにそんな言葉を口にした。
視線だけを司へと向け、尻尾――かつてあの紅い石が埋まっていたあの場所をテーブルにぱたりと落として示す。
この世界は、過去が異なるからこのような事になっているのだ。
残る石で世界が変貌した大元を正せば、元に戻す事は可能なはずだ。
が、彼は答えない。何か考え事をしているのか、その視線はどこか遠くを見ているようだった。
「ツカサ」
「……リンドよ」
ふ、と視線がテーブルの上に落ちた。
だが、リンドの呼びかけに答える訳でもない。そのまま、至極真面目な顔でコーヒーを飲みながら、彼は言う。
「なんで俺は上司からこんな酷なミッションを寄越されたんだろうな」
はあ、と溜息をついて、カップを下ろす。
「猫の観察がか?」
「ああ……まあ。うん、そんな」
猫は気まぐれだからなあ、と、どこか曖昧に頷く。
「そこは諦めて貰おう」
「全くだ」
「――冗談はさておき。お前に素質があったって事だろう」
「……人生ままならねえなあ……」
どこか遠い目をして、そんな事をぼやく。
「そんな事は後で考えろ」
ぴしゃりと言い切って、リンドは司の前まで移動する。
「ミアやキリと合流しなければ。残りの石はアイツらが持ってる」
「んむ。そうだな」
「連絡できる方法は知ってるか?」
リンドの問いに司はうん、と頷いて携帯を取り出す。
「みあなら連絡取れるぞ。霧ちゃんは調べたら多分」
「ほう。――じゃあ、連絡を取ってくれ。合流しよう」
「連絡は取れるけど居場所不定っぽいし……捕まるかなあ」
そう言いつつも、指はさくさくとメールを作成する。
とん、と画面をタップし、送信完了の文字が表示されたところで。
「そうそう」
末利の声がした。
会計を終えて戻ってきたらしい。
「この間、みあが言ってたわね。この世界は改変されている、って」
「ああ。言ってたな」
末利は司の返事に一つ頷いて、一つの問いを投げかけた。
「もし、あなた達が“この世界で生まれて、この世界で生きて、この事実を知った”としたら、どうするのかしら」
「……」
「私は想像できないけど……あなた達なら、分かるのかしら?」
答えない二人に、彼女は背を向ける。
「じゃあね。四日後、待ってるわ。どんな選択をするにせよ、きっと、あなた達は放っておけないんでしょうから」
それだけ言い残して今度こそ店の外へと出て行った。
残された二人の間に落ちた沈黙を破ったのは、司の方だった。
「……全然想像つかんな」
「全くだな」
はあ、とリンドも溜息をつく。
「それが分かっているから、そう問いかけたんだろうさ」
「かも知れないな」
リンドの言葉を最後に、二人の言葉は途切れる。
「……こうしてだらけてる訳にも行かない。出るか」
「ああ」
そうして二人も、喫茶店を後にした。