SCENE3 - 1
「――やあ」
やけに掠れたその声に、末利はディスプレイから視線を離した。
そこに立っていたのは、白い髪に傷だらけの少年。
「あら。生きてたの」
とうとう死んだかと思ったのだけど、と彼女は椅子ごと彼へと振り返る。
そして、小さく息をついた。
「あなたじゃないあなたが来たわ。……あの子が、“そう”なのね」
少年はこくりと頷いてそれを肯定する。
「もう少ししたら、アレを実行しようと思う」
「了解」
末利は短く答えてディスプレイへと向き直る。
「対象は変更無し?」
「ああ。彼はきっと適任だ」
そう、と言いながら彼女の指はキーを叩く。
「それじゃ、後は彼女に託してあるからよろしく」
「あら。あなたじゃないの?」
背を向けたままの末利に、少年は「うん」と頷いた。
「ちょっと、行かなきゃ行けない場所があるんだ」
「――そう」
そのままお互い言葉を交わすことなく。
少年は部屋を後にした。
□ ■ □
研究所を出てから数日。
葛城本家へ行く前に、とみあは情報を集めて回っていた。
結果。
現代に、みあの求める――桜花の婚約者であった「紅月」の家系は残っていなかった。
同じ苗字ならば何かあるのだろうか、と「紅月みあ」についても調べてみたが、そんな情報は一つも見つからなかった。
どうやらこの時代に、紅月みあの情報は一片たりとも存在しない――これを傍証として考えると、やはり彼女も、この家系の関係者だったのだろう、という結論に落ち着いた。
「……後は、実際に本家を尋ねてから、かしらね」
あとは、とみあは途中で買った携帯を取り出した。
「霧ちゃんに会わないと」
そうしてボタンに指を置いて、考える。
この世界で、彼女の行方は分からない。
連絡先すら知らない人物を捜すには、どうすれば良いだろう?
きっと、一番簡単なのは、情報を持つ誰かに訊ねる事だ。情報が集まりやすい所に居る程良い。
例えば、FH。
一度見失ったとはいえ、そのまま野放しにしているような組織ではないだろう。となると、一番彼女に近い情報を持っている可能性がある。もしかしたら、既に発見しているかもしれない。
自分が知らないだけで、捕まっている可能性だってあるかもしれないが。
たとえFHが情報を持っていなくても、あれだけ大きな組織だ。少女一人、すぐに探し出せるだろう。
あとは、彼女が捕まっていない事を祈るまでだ。
無事だと良いんだけど、と覚えている電話番号をプッシュすると、数回のコールの後、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「もしもし?」
「こんにちは。先日はお邪魔したわね」
その声に、電話の相手――末利は「ああ」と小さく頷いた。
「あなたね。久しぶり、という程でもないけど、何かしら?」
「ちょっとね。探して欲しい情報があるのよ」
「……ここ、研究所なんだけど。一体何を?」
「女の子を、一人」
そう言って、彼女の情報を伝える。
一通り聞いた末利は、「分かったわ」とだけ答えた。
「よろしくね。連絡はそうね――この番号にメールを頂戴」
末利からの返事は、その日の夜に来た。
メールの文面にあったのは、とあるアパートの住所と、そこに白髪の少女が匿われているというものだった。
その住所を地図で調べて、お礼の返信を打つ。
送信ボタンを押す前に少しだけ考えて、最後に「見つけるの早かったわね」と書き足してから送信する。
少しして届いた返信には、「ちょっとした情報網があったのよ」とだけあった。
なるほど、とみあは文面を見つめて、返信はせずに携帯を鞄にしまった。
彼女の言う情報網がどのような物かは分からないが、この早さで連絡がきたという事は、もうとっくに見つかっていたのかもしれない。
「明日早速行ってみなくちゃいけないわね……」
霧ちゃん、生きてると良いけど。
そんな事を思いながら、もう一度鞄から携帯と、一枚のメモを取り出した。
司の連絡先が書かれたそのメモを見ながら、アドレスを入力する。
アドレスが間違いない事をもう一度確認して、メールの本文も打ち込む。
『京都へ行く前に、霧ちゃんに会ってくる。あなたも身の振り方を考えておいて』
そして、送信完了の文字だけを確認して、鞄へとしまい込んだ。