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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
76/202

SCENE2 - 8

「――なあ」

「うん?」

 なに、と少年は呟くように答える。

「今、楽しいか?」

「……楽しくなーい!」

 机の上にある本の山を示し、机に突っ伏すようにして頭を抱える。

 けどさ、と腕の隙間から声が漏れる。

「受かったらその後は楽できるんだから、頑張るしかないだろ」

 拗ねたようなその声に、リンドは小さく笑う。

「はは。FHに入ると楽になるんだ?」

「そりゃあそうだよ」

 伏せた視線を天井まで上げて、吐くように答える。

「オーヴァードだったら就職活動なんてしなくても引っ張りだこだし、給料だって桁違いなんだぜ」

 はあ、と一段と大きな溜息をついて。

「猫には関係ないかもしれないけどさ」

 そう言う声は。人間が猫に抱く羨ましさと同じ響きを持っていたが、少しだけ辛そうに聞こえた。

「――そう、だな」

 ぽつりと呟き、ふるふると首を振った。

「ユウキ」

 呼びかけた声に降りてきた視線の前で、リンドはなんとか笑ってみせる。

「――レネゲイド学、だったか? 少し位なら教えられる、と思う」

 見えてくれ、と手を小さく招くと、少年は「ん」と本をリンドの前に広げてくれた。

 爪を上手く引っかけて、ページを捲る。


 内容はそう難しい物ではなかった。

 リンドがこれまでに仲間達から学んだり、経験した事と大差ない。

 子供にも理解が出来るよう噛み砕きながら、オーヴァードが使用する能力を、シンドロームとそれぞれが得意とする分野に系統立てて分類し、どう活用しているか等が記されている。


 だが。いくら読み進めても一向に出てこない、致命的に足りない情報があった。


 オーヴァードは力を行使する事でレネゲイドウイルスに侵蝕されていく。その度合いを示す「侵蝕率」。

 力を行使し続けてウイルスに侵蝕された結果――侵蝕率が人の耐えられる値を大きく超えた状態のまま、理性を失い暴走する、オーヴァードの成れの果てである「ジャーム」。


 この二つに関する記述が、何処にも存在しなかった。

 ただ、覚醒した人間に何が出来るか。それだけを丁寧に書いている。


「……」

 読むのをやめた文面を、じっと見つめる。

「ユウキ。教える前に一つ聞きたい」

「何?」

 本を読み進めるリンドをじっと見ていた有樹は、話の続きを促す。

「ユウキは、ジャームについては知っているか?」

「……なんだって?」

 有樹が顔をしかめて聞き返す。

「ジャーム、という言葉についてだ。……いや、知らなければ別に良いんだが」

 有樹はうーん、としばらく考える。

「知らない……あ。いや」

 ちょっと待って、と机の上にある本の山から一冊引き抜いてパラパラと開く。

「――あった。これだ。……“ジャーム主義者”」

 何だと、と顔を上げたリンドの様子に気付く事無く、有樹は文面を読み上げる。

「オーヴァード排斥団体の俗称。オーヴァードは精神に異常を来した人々であり、積極的に犯罪行為に手を染めるようになる、という差別思想を持った人々。代表的な組織として、テロ組織“UGN”などが挙げられる……これの事? ねえ。リンド……?」

 有樹が読み上げたその説明に、リンドは頭を抱えたくなった。

 その衝動をぐっと堪えて、口を開く。

「……お前の持っている本には書いてないかもしれないが、俺の故郷ではジャームについてこんな話があった」

 さっき読んでいた本のページから視線を上げ、ぱちりと瞬きをした有樹の目を真直ぐに見る。

「ジャームってのは、オーヴァードとしての力を使い過ぎた奴の事だ。その状態になったら、もう戻る事は出来ない」

「……」

「人との関わりを持てず、時には知性や理性を失った獣として生きるしかないんだ。……オーヴァードには、そういう危うい一面もある」

 これは確かな事だ、と静かに話を閉じると、有樹は一層顔をしかめた。

 その目は、明らかに今の話を信じていなかった。

「なんか……そういう言い方をするって、書いてある通りだ」

「? ……そういう言い方、UGNが、か?」

「うん」

 きっぱりと頷く有樹から、そっと目を逸らす。

「……俺の居た所にはUGNもFHもなかった。だからかもしれないな」

 そう言ったものの、それで有樹が納得してくれる訳はなかった。

 目を逸らしても分かる程に彼の視線はますます険しくなり、半ば睨みつけられているようだった。

「……やっぱり、一緒に勉強できないみたい」

 諦めたようにそう告げて、本を数冊鞄に詰め、部屋を出て行く。

「出掛けてくる」

「ユウキ……!」

 追い縋ろうとした声に、ドアの閉まる音が拒絶するように重なる。

 とんとんと階段を下りて行く音に、首を振って溜息をつく。

「はぁ……。なんていう現代だろう」

 ぼやいても、答える者は居ない。猫一匹の部屋を静寂が包むばかりだ。

 しかし。

「――見捨てるのか?」

 溜息をつく猫の部屋に、どこからともなく声が響いた。

 風に乗ってやってきたような、掠れた少年の声に、リンドは身構える。

「誰だ!?」

 見回しても、気配を探っても、誰も居ない。先程まで聞こえていた、外の小さな音も聞こえない。

 そんな部屋の中で警戒するリンドの問いに答えはなく、ただ、声は続く。

「お前の言葉は真実だろう? 目の前に破滅があると分かっていて、お前は何もしないのか。相手が受け入れないという、ただそれだけの理由で諦めるのか?」

 静かに語りかけるような問いに、リンドは唸る。

「……何者か知らないが、そんな心算はないさ。これからだってユウキには真実を告げていく」

 絶対に、と言葉を繋ぐ

「ユウキの幸せはFHには無いって、俺は知っているんだから」

 力強く言い切ったその声に、音もなく空気が小さく震えた。

 声の主は、笑ったようだった。

「では次の問いだ。その真実の先に、幸せはあるか?」

 幸せ。ユウキの幸せは、何処にあるのか。

 このままの未来か。それとも。

 悩むまでもない。

「幸せなんて比較でしかないさ。ジャームについて知らないでいる方が“比較して”不幸だってだけだ」

「お前の言葉は真実だと言ったぞ?」

 声は更に続く。

「真実であることを前提にして。その情報を隠蔽することで回っているこの世界が、真実を知る者を受け入れると思うのか?」

「それは分からない」

 ふるりと首を振り、だけど、とどこに居るのか分からない声を睨む。

「あんたの言うように、俺は真実を知ってるんだ。その真実に目を逸らして安逸をむさぼっていても、居心地が悪い」


 たとえ、その真実が救いの無いものだったとしても。

 この世界に、受け入れられないものであっても。


「世界に受け入れられなくても、不自由なまま生きるよりはずっといい。いくらでも、立ち向かってやるさ」

「己を受け入れない世界と、戦う覚悟があると――?」

 試すような声。それにもリンドは迷い無く答える。

「必要とあらば、な」

 どうやら必要そうだが、と首を振って付け足す。

 声の主は何を感じたのか、そのまま語りかける事はなく。

 いつの間にか、部屋の静寂と外の微かな喧噪も戻ってきていた。

「……名前を聞きそびれたな」

 あの声は、一体誰なのか。

 分からない事が増えたな、とリンドは溜息をつく。

 だが、今はそれよりも。

「……ユウキを、探しに行こう」

 一人外に飛び出した同居人を、追わなくては。

 覚醒試験なんて馬鹿な物、やめさせなくてはならない。

「……アイツは意外と意地を張る事があるからな」

 そう簡単に話を聞いてくれないかもしれないし、そもそもさっき怒らせてしまったばかりだ。

 それでも。真実を、伝えたい。

 そう決心して、リンドもまたドアの外へと飛び出した。

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