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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
3:Fact or Fiction
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SCENE2 - 7

 どこか懐かしい浅島宅に帰宅して一晩。

 以前と何一つ変わらないような夜が過ぎて、同じような朝がきた。


 有樹の枕元で寝ていたリンドは、着替えて朝食へと降りていく彼について行く。

 食卓では、彼の両親が既に待っていた。

「おはよう、有樹。リンド」

「うん、おはよう」

 新聞から顔を上げた父親と挨拶を交わして、ダイニングテーブルの定位置へとつく。

 リンドは黙って、その椅子の足元に座る。

 すん、と鼻を動かすと、朝食の匂いがした。

 卵焼きに切身の焼魚。だろうか。

 今日は和食らしい。

 彼女の卵焼きを食べる事など、もう無いと思っていたのだが。と様子を見ていると、有樹が覗き込むようにリンドを見下ろした。

「なんか、今日は静かだね」

「……そうか?」

 自分が喋る事は少年との秘密だった頃はこれが普通だったのだが。と少しだけ考えてから答える。

 リンドの答えに、両親は何も言わない。

 ただ、有樹だけが「うん」と頷いた。

「昨日の夜もそうだったけどさ……」

 そうやって少年が話す自分の話を聞きながら、リンドは思う。


 「リンド」はこの家を出て行く事などなかった。FHに捕らえられてもいないらしい。

 それは一体、何故なのか。

 これも、影響なのだろうか?


 そんな事を考えながら食べた朝食は、味が良く分からなかった。

 

 □ ■ □

 

 朝食を終えて。仕事へ出る父を見送って部屋へ戻ると、有樹少年は真っ直ぐ机に向かった。

 本とノートを開き、鉛筆を手にする。

「ユウキ、学校はいいのか?」

「うん、休み」

 削りたてなのか、かり、と鉛筆がノートに削られる音がする。

 そうか、とベッド脇のクッションへと移動する。

 かりかりと進む鉛筆と、時折捲られる紙の音が、部屋に響く。

「……ユウキ、さっきから何を書いてるんだ?」

 その声に、有樹は「んー」と口だけで答える。

「勉強」

 答えは返ってきたが、彼が振り向ことはない。かりかりと鉛筆が進む音だけがまた響く。

 リンドもそうか、と答えて丸くなる。

 ここでは、喋る事を隠さなくても良い。それが日常らしい。

 自分の記憶との相違をはじめ、違和感はまだあるが、それもまあ、悪くない。

 そうして窓から入る日差しを楽しんでいると、鉛筆の音が止まった。

「んもう」

 からん、と鉛筆を机の上に放って、有樹が声を上げた。

「勉強してるって言ったろ。何そんな所で余裕そうな顔見せびらかしてるんだよ」

「いや、そんな心算は無かったんだが」

 クッションから起き上がって、見下ろしてる有樹の足元へと移動する。

「手伝える事があるなら手伝おうか?」

 猫の手で良ければな、と招き猫のように片手を上げて笑ってみせる。

「良いの?」

 その声に、手伝える事があるのか? と首を傾げると、有樹はえっと、と机に積まれた本から一冊を選んで差し出す。

「これ、教えてよ」


 差し出された本のタイトルを見ると、そこには「レネゲイド学Ⅰ」とあった。


「……」

「試験近くてさ。せっかく推薦もらったんだし、恥はかきたくないし……」

 本を差し出したままの有樹の言葉も上手く入ってこないし、瞬きをしてみても、題字はちっとも変わらない。

「……これ、教科書か?」

 まじまじと表紙を眺めながら首を傾げると、「教科書の訳ないだろ?」と呆れたような溜息と答えが返ってきた。

「僕らみたいな普通の子が行く学校で、こんな高等学問やる訳ないじゃないか」

 有樹が何を言っているのか、正直よく分からなかったが、少年の言葉は続く。

「適性検査で先生に推薦もらったから試験受けられる事になったって話しただろ? 受験用に買ってもらったんだよ」

 適性検査? 試験? 一体何の事だ。

 それらの単語が、この本と関係のあるのだろうか?

「なあ、ユウキ」

 逡巡を残したまま口を開くと、少年は「何?」と首を傾げた。

「お前、何処を受験するんだっけ? 前に聞いたかもしれないが、眠かったせいか良く覚えていないんだ」

 少しの間も置かず、少年の溜息が聞こえた。

「なにそれ、冗談? 何かの嫌味?」

 椅子ごとリンドの方を向いて、少しだけリンドに顔を近付ける。

「覚醒試験受けるのに、どこもなにもないだろ?」

「覚醒……試験?」

 鸚鵡返しに呟いた単語は、有樹を少し苛立たせたようだった。

「だ・か・ら! 覚醒試験だよ! オーヴァード適性があるって結果が出たから、覚醒できるか試験を受けるの!」

 ぱちり、と瞬きをするリンドに、彼はイライラした口調のまま続ける。

「うまくいったらFHに入れるかもしれないんだから。凄いことなんだよ?」

 言われるまでもないだろうけどさ、と溜息をついて背もたれに寄りかかる。

「……そうか」

 目の回るような話で、リンドはそう呟くしかなかった。

 FHが表舞台に立っているだけでも、喋る猫が普通になっているだけでもない。

 こんな少年が。普通の人間が。オーヴァードになる、FHに入る、と言うなんて。

 もっと、根底から異なっている。と、ようやく悟った。


 ここはどうやら、本当に別の未来になってしまったのだ。

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