SCENE2 - 4
「あー。みあ」
部屋の出口に立とうとした時、司の声がした。
「何?」
もう、子供のような素振りはしない。素のままで答えて振り返ると、彼は口に運んだケーキを飲み込んで、「ちょっと聞きたい事があるんだけどさ」と椅子ごとこちらを向いた。
「うん、前から気になってたんだけど――お前ってさあ、“何”なの?」
どこに行くの? と変わらない調子で。ケーキを頬張りながら。そんな事を聞いてきた。
渋谷駅で出会った時から、彼はいつだって感情豊かなクセに、いつだって何でもないようで。話題選びはひどくマイペースだ。
司は空になったケーキの皿を持ったまま、みあの答えを待っている。
「“あたし”は“あたし”よ」
ふ、と小さく笑って答える。
きっと、これまでならそれだけで終わらせていたその言葉に「でも、そうね」と続いた。
「“書き記す者”で調べたら何か分かるかもね」
「――なるほど。了解した」
司も口元を緩めて頷き――その表情は何かを思い出したような物に変わった。
「あ、あと。この間船に乗る時にさ。霧ちゃんが見せてたお守りがあっただろ? 桜花さんからもらった物みたいだし、アレでも借りていけば一発なんじゃないか?」
そう言われてみれば、と思い出す。
狐の意匠が施された守袋。
あれは司の言う通り、霧緒が持っていた。今でもそのはずだ。
確かにあの守袋があれば、葛城に何かしらの関わりがあるという証明としては十分な物となるだろう。
「なるほど、ソレがあったわね。ありがと、司」
礼を言われた司は「いやいや」とフォークを揺らす。
「問題は、俺の“ミス”で逃した霧ちゃんがどこに居るかだけどな」
「まあ、そこはなんとかするわ」
「おう。俺も分かったら連絡する――って、連絡ってどうすればいいの?」
そう言われれば、連絡手段という物を持っていなかった事を思い出す。
「そうね。後で適当に連絡できる物を用意しとくわ」
「了解」
じゃ、その時はここに連絡して、と適当なメモ帳に番号とアドレスを書き付けて、上手い具合にひらりと飛ばしてきた。
それをぱしりと受け取って、鞄へとしまい込む。
「“アレ”の目的が何かは分からないけど。多分、この“世界”を作りたかったって訳じゃないと思う」
メモをしまった事を確認するように鞄を押さえて、だから、と言葉を繋ぐ。
「あたしが何もしなかったとしても。この“世界”がこのまま続くとは思えないけど……」
一旦言葉を切って、二人に視線を送る事なく背を向ける。
「あたしは、あたしの“記録”を侵したモノを許さない。だから、あたしはきっと自分の意志でこの“世界”を壊すわ」
「――うん。あなたはそういう人ね」
今、凄く納得した。と深く頷く末利の声がした。
振り向く事なくドアを開くボタンに手を伸ばす。
「そうそう、みあ?」
ドアが開いたその時に、少しだけ機嫌の良さそうな声で名を呼ばれた。
「何?」
背中を向けたまま答えると、椅子に背を預けた音がした。
「葛城桜花の話。彼女が結婚を嫌がった理由は分からないけど、その結婚相手の名前は分かるわ」
末利はみあの返事を待たずに、先を続ける。
「婚約者に見捨てられて、失意のうちに自殺したっていうお坊ちゃん。――姓を紅月というらしいわ」