SCENE2 - 2
奥の部屋に通されたみあは、部屋の隅に設えられた応接スペースのソファに座って末利を待っていた。
ちょっと電話してくる、と外へ出て行った彼女は、思いの外早く戻ってきた。
「お茶頼んだから、もうすぐ来るわよ」
電話をポケットにしまいつつ、末利は向いのソファに座る。
「そう、ありがと。――お茶が来てから話す?」
「私はどちらでも。あなたの話しやすいようにどうぞ?」
そう、とみあは頷いて、話を進める事にした。
「事情も話したいのだけど……その前に確認を取りたい事が二つあるわ」
二つ、と指で示すと、末利は頷いて話の先を促した。
「まず一つ目。貴方の知ってる“あたし”の話を聞かせて欲しいの」
末利はその言葉にくすり、と笑った
「妙な話ね? 知りたいのは一体いつの話?」
「そうね。ここ百年くらいで知っている“あたし”と、“あたし”が関わっていた人の話を。まあ、簡単に言うとあたしの“記録”に関係しそうな話を聞きたいわ」
「百年――。なんか壮大な叙事詩が聞けそうね」
末利は少し考え込むように天井を見上げ。
「確かに私の知っている“一番最近のあなた”はこんな小さな女の子ではないわね」
モニターで見た時は誰かと思ったけど、と付け足して。
「それにしても、とうとう死んだか、と思ったわね」
と、彼女は肩をすくめた。
「そうね……ここ百年だと……」
と、思い出すように目を閉じたその時、こんこんこん、とノックの音がした。
どうぞ、という末利の声に応えるように開くドア。
「失礼します」
そんな声と共に入ってきたのは、ポットとケーキが乗ったトレイを手にした少年。
おかえりなさい、と少年を迎える為に立ち上がった末利に隠れて姿はよく見えなかったが、トレイを受け取った彼女はみあに向き直って彼を紹介する。
「みあ、紹介するわ。この人、今度うちのセルで使うことになった司よ。あなたほどじゃないけど、今の私の、長い友人」
そんな末利の紹介に、二人が同時に声を上げた。
「ん? おお、みあか」
「司!?」
ソファから立ち上がり、彼の元へと数歩進む。
「末利と知り合いだったの。貴方」
見上げて問いかけると、司はこくりと頷いて肯定した。
「むしろお前がここに居ることの方がびっくりだが」
そう言う声にちっともびっくりした様子はない。至っていつも通りの調子だ。
顔を見合わせた二人に挟まれて、末利も「妙な縁もあったものね」と目を丸くする。
「しかも司。今彼女を“みあ”と呼んだわね?」
「ん? ああ。そうだな」
肯定する司から、末利の視線がみあの方へと移る。
「と言うことは、あなた達、知り合って長いの?」
「……長い、訳じゃないが……」
と、司がその問いに答える。少々歯切れが悪く聞こえるのはきっと、どう答えれば良いのか考えあぐねているのだろう。
「ん。時間軸的には色んな意味で長いな」
二人の答えに末利が少しだけ首を傾げ、視線で「一体どういうことかしら?」という疑問を投げかける。
「うん。真実をありのままに話すとだな。少し前に電車を一緒に迎撃し、その後ドイツ軍と一戦交え、正体不明の連中と戦った仲だ」
司の答えに、一層理解が追いつかなかったのか、視線が今度はみあの方を向いた。
「――そうね。長くはないけど、この身体になってからすぐの知り合いね」
彼の言ってる事もまあ、荒唐無稽かもしれないけど事実よ。と小さく付け足すと、末利は「まるで国際テロリストみたいね」と、少しだけ呆れたように笑った。
「まあ、そういう事もあるだろうし、いいわ」
それで、と末利がソファの背もたれに軽く腰掛ける。
「したい話と関係してるって、言ったわね?」
「ええ」
頷くと、司はすぐに話題に上っていたものを察したらしい。「ん。多分、例の件だな」と、トレイをテーブルの上に下ろした。
ケーキとカップを二つ並べて、ポットから紅茶を注ぐ。
「とりあえず、お茶とお菓子だ」
その言葉を合図に、みあもソファへと戻る。司もトレイに残ったケーキと湯気の立つマグを取り、近くの机に添えつけられてた椅子に腰掛けた。
「じゃあ、話の続き。進めてくれ」
そう言いながら、司はケーキにフォークを立てる。
「ええ」
でも、とみあは末利に言葉を向ける。
「詳しい話はさっきの質問の答えを聞いてからね。もし、それに納得出来なかったとしても、話はするわ」
と、カップに口を付けた。
部屋が暖かいからか、紅茶が少し熱く感じる。
末利も口をつけたカップと話題を戻す。
「そうね。ええと……まずは、ここ百年程の「あなた」と「あなたの記録」についてね」
末利は少しずつ、記憶を確認するように話を始める。
「私が知ってるあなたは、ここ百年だと……そうね、あなたで三人目、かしら?」
「三人目」
みあが確認するように呟くと、末利は「そうよ」と頷いた。
「百年前のあなた。それから……つい最近までのあなた。それから」
あなたね、と視線だけでみあを示してケーキにフォークを立てる。
「とはいっても、最近は頻繁に会う訳でもなかったから――」
こうやって訪ねてきたのはびっくりしたわ、と末利は言葉を切った。
「……そう」
みあはそれだけ呟いて、話の続きを促す。
「それから、記録に関わる部分だと――」
そう前置きをして、年表を辿るように、ポイントを押さえて語っていく。
およそ百年程前。世界が二度目の大戦に身を投じていた頃。それを終えて、日本が敗戦から立ち上がり、急成長した頃。「歴史」は、みあの記録通りに積み重ねられていった。
古代遺跡で発見されたレネゲイドウイルスが、航空事故によってばらまかれ。オーヴァードが爆発的に増え。UGNが作られ。FHも生まれた。
そんな、みあのよく知る流れが途切れたのは、およそ一年前。
「UGN内部でのクーデターは大きな転機だったわね。UGNの中に、FHと繋がりのある人が居て、彼らが次々と蜂起。あっという間にUGNは掌握された。日本支部をはじめとして、世界中を手中に収めるまでそう時間はかからなかった。そうして、FHはオーヴァードの存在を一般世間に公表し、新たな秩序を築いた」
そもそも、と彼女は何かを思い返すように、窓の外へちらりと視線を向けた。
「FHはセル単位での活動だから、UGNも事件が発生したら場当たり的に対処する事が多かったし……対応しきれなかったのは容易に想像が付くわね」
司はふうん、と相槌を打つように、マグに口を付ける。
その目は興味が無いのか、無関心を装っているのか。普段と変わらないように見える。
みあは少しの沈黙の後、やはり違ってるのね……、と呟いた。
オーヴァードやレネゲイド関連を含めた歴史は一年前から。“書き記す者”としては、それ以前から異なっていた。これらの話が、どこかで繋がるのだろうか?
そんな疑問を視線に混じらせて、カップに視線を落とす。
みあの分かる範囲で、その分岐点に立つ可能性が最も高いのはあの少女。
葛城桜花。
随分と残り少なくなった水面は、反射する景色よりカップの底が目立つ。
揺れる水面から視線を外した。
「ならもう一つ。“葛城桜花”という人物について。分かる限りのコトを知りたいの」