SCENE1 - 7
服を変え。髪型を変え。電車を乗り継ぎ。
みあは東京郊外のとある建物へとやってきた。
塀に囲まれた敷地は広く、小さな学校くらいはすっぽり収まってしまいそうだった。
塀が高くて、中は良く窺えないが。入り口は解放されていた。
「ここは変わりないみたいね」
建物の入り口にあった金属プレートに目を留めて、少しだけ、首を傾げた。
「こんな名前だったかしら……?」
そこには「覚醒技術研究所」という名前が刻まれていた。
末利は長らくこの住所にある建物に居た。そして、ここは記憶にある通りの場所だった。
だが、ここに刻まれていた名前はもっとこう、違うものだったような気がした。
「脳科学研究所……とかだった気がするけど……ま、入ってみたら分かるかしらね」
違ったら聞いてみれば良い、と一人で頷いて、敷地内へと足を踏み入れる。
静かに開いた自動ドアをくぐると、そこは来訪者を受け入れる小さなホール。
受付は無人で、その代わりのように書き示されている指示と、床に引かれた四角のラインだけが出迎える。
みあは躊躇いなくその囲いの中に立つ。
無人の受付では、置かれたデジタル時計が音もなく時を刻んでいた。
日付は、渋谷に隕石が落ちた――紅月みあが目を覚ました日から一週間程。
だが、この世界に「隕石が落ちた」という話は見当たらなかった。
電車が遅れなく人を運んでいたのが、一番の証拠だろう。
では。歴史は一体どこから変わってしまったのだろう?
カウントされて行く時計の表示に、そんな事を思った。
FHがあのビルからUGNを追い出し、勢力を逆転させたとして。たった一週間でこのような状況になるとは到底思えなかった。
ここは、記録にも肌にも合わない、異質な世界だ。
そんな事を考えていると、空気の抜けるような音を立てて奥の扉が開いた。
そこに立つのは白衣の女性。
彼女こそが、この研究所の主。諏訪末利その人で間違いなかった。
「こんにちはお嬢さん」
そう言いながら、彼女がみあの前へと立つ。
見下ろす目が、少しだけ笑みの形を作る。
「――と、挨拶をすれど、私はあなたに見覚えがないの。自己紹介してくださる?」
どこかサバサバとした口調で問う彼女に、みあも真直ぐに向き合う。
「久しぶり。そしてこの姿では初めまして、ね」
と、みあは末利を見上げたまま自分の身体を示すように、胸元へと手を当てる。
「あいにくとこの身体には名前があるけれど、あたし自身にはないの。何を紹介したら良いかしら?」
末利はぱちり、と瞬きを一つする。
それから酷く驚いた様子で目を見開き、微笑んだ。
「なるほど。“あなた”か。……お久しぶり、なのでしょうね」
今はなんと言うの? と彼女は口調を崩して問いかける。
「“紅月みあ”よ」
「紅月……紅月。へえ」
末利はもう一度目を見開く。
「では、みあ、と呼ぶわね」
みあはそれに頷くように微笑む。
「良かったわ、あなたが話の通じる相手で。久しぶりに来てなんなんだけど」
ちょっと聞きたいことがあるのよ、と本題を切り出す。
それに末利はいいわ、と白衣の裾を翻して背を向けた。
コツコツと小さな音を立てて、先程入ってきたドアの前で振り返る。
「その話、長くなりそうだし、入って。それに――」
お茶とお菓子の一つくらいは必要でしょ? と末利は悪戯っぽく目を細めた。