ENDING - 1
港についても。船を下りても。
桜花の姿はどこにも見えなかった。
それに言いしれぬ不安を抱えたまま、みあ達は町へと向かう。
そうして戻ってきたのは、桜花が宿泊していた宿。
祭りの喧噪から少し離れたその宿は、不気味な程に静かだった。
リンドがぴくりと鼻を動かし、眉をひそめて少年の足を止めるように尻尾を揺らした。
「ユウキ。お前はここで待ってろ。なんなら宿に戻っていてもいい」
「え――。うん」
いつになく険しい声だったリンドに、聞き分けよく頷いた少年を外へ残し、四人は宿へと足を踏み入れた。
「なんて……酷い……」
霧緒がそんな声を漏らしたのが聞こえた。
そこには幾人もの死体が散らばっており。部屋に。廊下に。誰かと争った形跡があった。
「これは……一体何があったんだ……」
舌打ちをする司の隣で、霧緒が足元にあった何かを拾い上げた。
「これは……」
「何それ?」
そう言ってみあが覗き込んだ手にあったのは、守袋のようだった。血を吸って汚れてしまっているが、狐の意匠が施されているのが分かる。
霧緒はみあが見やすいように手のひらを下ろし、もう片方の手で鞄のポケットから同じ物を取り出す。
「こっちが桜花さんから借りたものなんだけど……」
そう言って左右の手に並べられた守袋は同じ物に見える。
「同じ物、みたいだね」
「そうだね」
もしかしていくつかあるのかな、と二人で首を傾げる。
「どうやらそうみたいだな」
その声に顔を上げた二人の前で司が示す先には、腰元に同じ守袋をつけた死体があった。
「どうやら、葛城さんは仲間に同じ物を持たせてたみたいだな」
「仲間の証明、みたいな物でしょうか」
「かなあ」
なるほど、頷いた霧緒は、その守袋を一番近くに倒れていた誰かの上にそっと戻した。
廊下は進むにつれて、戦闘の跡は激しさを増していた。
後ろを歩く少女二人を視界の隅で確認した司は、「なんつーか」と、口を開いた。
「何か見つけたのか?」
司より半歩ほど後ろに居たリンドが隣に並ぶと、司は「見つけたというか」と首を振る。
「これだけ戦闘の跡は激しいのに、大した抵抗もしてなさそうなのが多いな、って思っただけ」
「ふむ……」
小さく唸って、リンドは眉を寄せる。
猫の低い視線だと、この廊下はどのように映るんだろうか。そんな事を思っていると、「確かに」と小さな吐息が聞こえた。
「不意打ちだったとしても。ここまで来る間に迎撃くらいはできるだろうな」
その言葉に、司は「だろう?」と頷く。
「何か。反撃できない理由でもあったのだろうか……」
「んー。俺達が真っ先に思い当たる可能性としては、ワーディングが使われてた、とかだろうけど……」
どうだろうね、という声に返ってきたのは、ふむ。という考えるような声。
「だが、ツカサもオウカの役割は聞いただろう?」
「ナチスの動きを探る大陸浪人だ、ってあの女の人は言ってたね」
そんな声が二人の背後から飛び込んでくる。
「うむ。奴らの動向を探っていたならば、オーヴァードを相手にする位の対策はしてあるはずじゃないのか?」
「だなあ……ああ、もしかして」
その為の「お守り」か、と小さく呟く。
「なるほど、お兄ちゃん面白い事考えるね」
だが、とそこにリンドの疑問そうな声が上がる。
「それならば、尚の事おかしくないか?」
「まあ……疑問は残るな。対策をしてあるのにその効果は出てない、なんて。そりゃあ、現代との技術とか研究の差、ってのはあるかもしれな――」
ふと、司は言葉を切って、振り返った。
「霧ちゃん?」
彼女は数歩後ろで立ち止まっていた。
薄暗くてよく分からないが、顔色が悪そうに見える。
「お姉ちゃん?」
具合悪いの? とみあも心配そうに首を傾げるが、彼女は答えない。
ただ。
「――対策をしているのに。……効果が、出てない……ですか」
ぽつり、とそんな声を漏らした。
「え。――うん、まあ。そんな可能性があるな、ってだけの話な――」
なんだけど、と言う声は、突然駆け出した彼女の足音にかき消された。
「え」
止める暇も無く。血相を変えた彼女はあっという間に廊下の角を曲がり、ばたばたとブーツが木の床を駆ける音だけが、廊下に響く。
思わず呆気にとられた司とリンドに、いつの間に追い越していったのか、廊下の角から顔を覗かせたみあの声がかかる。
「――お兄ちゃん! リンドも! 何ボーッとしてるの!」
「お、おう。――リンド、行くぞ」
「うむ」
その声に頷くようにして、二人も後を追い、駆け出した。