CLIMAX - 7
「――そういえば」
もうすぐ外に出る、という所で霧緒がふと、口を開いた。
少し先を歩いていた三人は、足を止めて振り返る。
「桜花さん、来ないね」
後で来るって言っていたのに、と言う声はどこか不安そうだ。
「あたし達が出てきた時にあったもう一つの船だよね」
みあの言う通り、出港時にあった同形の船を思い出して頷く。
「もしかしたら時間がかかってるのかもしれないよ。近くまで来てるなら、甲板から見えたりするんじゃないかな」
「そう、かな」
「うん。きっとそうだよ」
頷くみあに、そっか、と納得して甲板へと出る。
潮風と水平線。遠くにうっすらと見える、港町。
だが、そこにこちらへと向かう船はない。
甲板からどこを見ても船影はなく、ただただ穏やかな冬の海が広がっている。
「あたし達が出る時には、向こうも出港できそうだったのに……」
「……これはもしや、何かあった、か?」
みあの隣で呟いた司も、どこか硬い表情をしている。
何かあったなら。
その一言が引っかかった。
桜花がこんな時期の欧州を一人で旅できる位には強いという事を、霧緒は知っている。
しかも彼女はオーヴァードだ。勿論、オーヴァードにだって強さの差はあるが、彼女はその中でも強い方だと思っている。ちょっとやそっとのトラブルでどうにかなるような人ではないはずだ。
そんな彼女に、何かあって。それ故にここに来られないというのなら――。
胸騒ぎがした。
「――桜花さんに。もし何かあったのなら。急いで戻った方がいいかもしれません」
心配そうな霧緒に「そうだな」とリンドが頷く。
「とりあえずここを出よう。何かあったなら、それから考えた方がいい」
その意見は尤もだった。
ここにはこの一件に巻き込まれてしまった異邦人達も居る。
一刻も早く、陸へ戻るのが先決だろう。
頷いた彼らは乗ってきた船へと乗り込み、ヴェネツィアへと急いだ。
□ ■ □
一体何が――。
桜花は混乱しながらも、白く蠢く異形の一体を斬り伏せる。
数十――否。数百を超える異形の群れ。その中の一体が音を立てて消滅した。
「皆さん! 大丈夫ですか!」
心に忍び寄る絶望を撥ね除けて叫ぶ。が、返ってくる声は僅か。
彼らは突如湧き出た異形に、為す術もなく倒されていた。
確かに、彼らは桜花のような“特別”な兵士ではない。
だが、ナチスの超人兵士を敵と想定して渡り合えない程に“ぬるい”者達ではないし、超人兵士の発する特殊な“気”への対抗策もちゃんと施してある。
それなのに。
それらが全て無駄になり、一人。また一人と散っていく。
斬り伏せた異形は、姿を残さず消滅する。
その一方で、味方の死体は増えていく。
これは一体、何だというの……!
上がる息でもう一体、返す刀でもう一体。そうやって異形を斬り伏せていく桜花自身も、傷は浅くない。
もし。
もしこれが、桜花一人だったならば、切り抜けられたかもしれない。
たとえ銃を構えた兵士百人を相手としても、決してひけをとらない自信が桜花にはある。
だがここには守るべき同胞が。愛すべき仲間が居る。
敵の攻撃に無防備を晒してまで戦う彼らを見捨てて逃げる等という行為は、選ぶ以前に選択肢として存在していなかった。
気が付けば。
仲間達は殆どが倒れ。残るは桜花ともう一人のみ。
そんな彼も複数の異形を相手に苦戦を強いられている。
「――!」
そんな彼の背中に攻撃が向けられる。
「やめて――!」
咄嗟に飛び出し、襲いかかる槍を斬り伏せる。
だが。できたのはそこまでだった。
目前に迫る槍。それはもう、避けられない――。
「っ――こ――さま……」
最後に誰かの名前を呼びながら。
葛城桜花は最後の仲間もろとも。長大な氷の槍に貫かれ、絶命した。