表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
2:Erratic Portal
54/202

CLIMAX - 2

 船が近付き、甲板の様子が分かるようになってきた頃。

 アイゼンオルカ側も、接近する船に気がついたようだった。

 船に立ち向かう如く並ぶ四人。

 彼らに対峙するように、甲板に人影が現れた。

 金色の髪。四人を見据える青い瞳。きっちりと着込んだ軍服。

 それから、大きく切り裂かれた喉から漏れる、紅い光。

『お前達は――我らと敵対するのか。一度は生存を優先したというのに』

 金属音のようなノイズが混じるその声は、あの青年将校、コルネリウス・バルト、だったもの。だ。

 不明瞭に聞こえるのは、彼が母国語としていたであろうドイツ語の他に、いくつかの言語が同時に発せられている為らしい。

 その声に真っ先に吼えたのはリンドだった。

「ユウキを返せ!」

 威嚇も混じったその声に、バルトの動きが止まる。

 リンドの鋭い視線に返ってきたのは、どこか無機質な視線。

『――』

 何も言わない彼に、リンドが今一度口を開いたその時。

『固有名詞:ユウキ』

 ノイズ交じりの声が響いた。

 それは淡々と、何かを読み上げるかのように紡がれる。

『――識別失敗。それは如何なる存在か?』

「な、に……?」

 リンドが怪訝そうな顔をする。

「お前の船に居るだろう。十歳くらいの人間の男が」

『十歳――誕生から十年間、人間の同一個体を観測した例はない。“十歳くらい”とはどのような状態か?』

 その問いかけに、リンドは気を削がれたらしく、大きくため息をついた。

「――あんた相手に問答をやるつもりは、ない」

 話にならない、と首を振る。

 そんなリンドとバルトの問答を見ていたみあは、ふむ、と息を漏らした。

「見た目だけじゃなくて、中身も機械みたいね……」

「だなあ……。しかし、十年間観測した例がない、か」

 色々不可解だ、と司は複雑な顔をした。

「大体あの紅い光……そもそもさ、あの石と異形(あいつら)……何なんだろう?」

 な、とみあに向けて軽く話を振るが、みあはその声にちらりと視線を向けただけで、視線をすぐアイゼンオルカへと戻した。

 まだ船の上には居ないけど、と彼女は厳しい目つきで甲板を見上げる。

 きっとこの間と同様に白い異形が湧くのだろう。

 渋谷駅での例もある。もしかしたら、中の人達も危ないかもしれない。

 そんな、この時代の“記録”には存在しない、自分達が連れてきてしまった“あれ”は一体。

「――一体、何かしらね」

 少しだけつり上がった口元は、髪の陰に隠れて誰にも見える事はない。

 彼女は「さて」と小さく繋いだ。

「リンドが心配してる有樹君もきっとあの中でしょうし、さっさとこいつ壊して探しちゃおう?」

「そうだな、そうしよう」

 全員がその言葉に頷き、敵対の意思を示すようにアイゼンオルカへと向かい合う。

 無感情に向けられていたバルトの視線と、全員のそれがぶつかった。


『――敵対行動の準備行動を検出。“アイゼンオルカ”、は反撃行動に移行――』


 響いたその声が合図だった。

 アイゼンオルカは重い音を立てながら船首の向きを変え、小さなスクーナー船と並走を始める。

 並走した事で見通しが良くなった甲板に、次々と湧き出る何かも見えた。

「あれは……」

 思わず呟きが漏れる。

 獲物を求めるようにゆらゆらと蠢き、あっという間に甲板を埋め尽くしたそれは、予想した通り、白い異形達だった。

 それらを背にして甲板に立つバルトは、空を仰ぐように顔を上げた。

 見上げるような首の動きに、喉元の傷口が開く。

 それはまるで、何かの話に出てくる箱の蓋のように。

 開く喉から広がる紅い輝きは、息をつく間すら与えずに、海を、空を禍々しく染めていく。

 波のように押し寄せる紅い光。それに惹かれ湧くように、体内のウイルスが急激に活性化した。

「――ちっ、《ワーディング》か!」

 司が思わず毒突いたその間に、耐えきれなかった船員が次々と倒れていく。

 活性化するウイルスは、彼らの衝動を沸き立たせ、騒ぐ。

 全員が衝動の波を抑えた――、と思った瞬間。

 ふら、と隣の白い髪が揺れた。

 傘の先が甲板に当たる音が響く――が、支えようとした手は崩れた膝に耐えられない。

 そのまま傘を抱き込むように、彼女はずるりと座り込んだ。

「――お姉ちゃん?」

 抑えきった衝動の残滓を振り切って声をかけてみるも、反応はない。

 ただ、傘を抱きしめたまま。彼女は震えながら蹲っている。

 息苦しそうな彼女の様子を、司とリンドも覗き込む。

「霧ちゃん?」

 大丈夫か? とかけられた声に返ってきたのは、離れて、ください。という絞るような声と。前髪から覗く、話しかけた相手の方向すら捉えきれない虚ろな目。

 それもすぐに、乱れた呼吸で揺れた髪に隠されてしまう。

 呼吸の合間に、何かに抗おうとする声はするが、それは途切れ途切れで弱々しい。

「……これは」

 二人ともちょっと離れて、と後退るように距離を取ったのとどちらが早かったのか。

 苦しげに漏れていたその呼吸が、少しだけ大きなうめき声に変わり――ぴたりと止まった。

 そして替わりのように漏れたのは、くすくすと笑う小さな声。

「キリ!? ……これはもしや」

 焦るリンドの声を、静かに肯定する。

「……負けたわね」

 それは、さっきの《ワーディング》で急激に沸き立った己の衝動。

 彼女の衝動が何なのかは分からないが、このままでは彼女の暴走は免れない。

 みあは二人の方を振り返る。

「このままじゃ危ないわ。二人とも早――」

 言いかけた言葉を遮るように、背後から風を切る音が割り込んできた。

 直後、みあの髪と頬を鋭い風が掠め過ぎていく。

「……」

 思わず黙る。

「ねえお兄ちゃん」

「なんだい」

「あたしの後ろ、今どうなってるの?」

「うん、良い質問だな」

 司はみあの背後から目を離さずに答える。

「霧ちゃんが鎌持って笑ってる」

 やっぱり! と振り返ると、そこには言われた通りに霧緒が立っていた。

「……ふ。ふふ……」

 さっきまで確かに傘だったモノは、いつの間にか大きな鎌になっていて。

 くすくすと笑いを漏らすその表情。前髪の隙間から船を見回すその目。

 どれをとっても、彼女はすっかり正気を失っていた。

 紅い光と波の音の合間に、楽しそうな声がする。

「ふふ……素敵。まだまだ壊れていないんですね……。ならば私が、みーんな壊して差し上げましょう――」

 そんな言葉と共に背を向けた彼女が鎌を振るえば、海と船を隔てる手すりが波間に落ちていく。そのまま楽しそうにくるりと振り返った彼女は――次の獲物を捉えようとしていた手をぴたりと止めた。

 ぱちり、と瞬きをするその目に映るのは――自分達三人の姿。

「――ああ」

 失礼しました、と霧緒は声を納めた。

「そうですね。モノには順序というものがありました」

 替わりのようにふわりと笑みを浮かべるが、彼女の目は狂気のそれ。

 すい、と静かな動作で獲物を構える。

「ええと。皆様――覚悟の方は」

「よろしくねえよ!?」

 叫ぶように答えたのは司だった。素早くホルダーに銃をしまい、背を向けて駆け出す。その先は、ワーディングに倒れた船員が転がる船の舵だ。

「やるなら後ろの奴からやってくれ!」

 舵の前に倒れている船員をどかした司が、そう言いながら舵を握る。

 霧緒は「うしろ」と一つ呟いて、振り返った。

 その視線の先に居たのは、切り裂かれた喉から紅い光を漏らす青年将校。

 ぱちり、と瞬きをして「彼」を認識する。

「――あら」

 あらあらあら、と霧緒は楽しげに呟いて獲物を構え直す。

「そうね。そうですね。それが良いです。まずあれから落としてしまいましょう!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ