CLIMAX - 1
桜花から借り受けた、一隻のスクーナー船。
電車一両程度のそれは四人を乗せ、順調に風を切りながら暴走する悪魔の船を追う。
「おー。見えてきたなあ」
遠くに見えてきたアイゼンオルカを捉えた司が、そんな感想を漏らす。
天候が変化したのか、船の雰囲気がそう感じさせるのか。
出港時よりも荒く見える波が、時折弾けてはぱらぱらと雨のように降る。
「禍々しいな」
司の隣では、顔をしかめたリンドが吐き捨てるように呟く。
「……」
そんな二人の隣で、霧緒はどこかぼーっと視線を送るように船を見ていた。
「……お姉ちゃん?」
どうしたの? というみあの声に、ハッとした顔で瞬きをする。
「あ、ごめんね……ちょっと。前に乗り込んだ時はそう感じなかったのに……今見るとなんか不気味な感じがするな、って……」
風になびく髪とヘッドホンを抑えながら、霧緒は少しだけ複雑そうな顔をした。
「まあ。実際化物だらけの船だったしね」
そう感じるは仕方ないわ、とみあは頷く。
遠目には影一つ見えないが、あの船には白い異形が大量に居た。
事実、化物だらけだったその船。司を救出したあの時とは随分と雰囲気が異なるのは仕方のない事だった。
船に対してあれこれ感想を漏らした後、「しかし霧ちゃん」と司が声をかけた。
呼ばれた霧緒はヘッドホンの位置を少しだけ直し、何でしょう、と疑問そうな視線を向ける。
「この船なんだけど」
「はい」
「葛城さんとの交渉、よくやってくれた。おかげでどうにか辿り着けそうだ」
いやホント、助かったよ。と、司は彼女に礼を言いながら微笑む。
それが少し意外だったのか、霧緒はぱちりと瞬きをしてから、「はい」と控え目に笑い返した。
「それは、リンドの力添えもありましたから」
ね、と笑いかけられた灰色の猫は、小さく首を振り、肩をすくめた。
「俺は何もやってないさ」
そんなリンドに、霧緒は「それでもね」と屈みこんでリンドと視線を近付ける。
「ついてきてくれて感謝してるんだよ」
ありがとう、と撫でると、リンドはまんざらでもない感じでごろごろと喉を鳴らした。
そうしている間にも、船はアイゼンオルカへと迫っていた。
距離が近くなり、港に停泊していた頃には分からなかった全貌が明らかになっていく。
大航海時代と呼ばれたその頃に多く用いられたガレアス船。それらに見られる特徴的な三本のマストは、天を貫くほど高く。大きく帆を張っている。
漂うように進む海面をなぞるのは、無数に生えた細長いオール。
今はゆらゆらと波に揺られているようだが、動力として使用される場合には、あれが、それこそムカデの足のように動くのだろう。
船の特徴と、軍艦として活躍した過去の栄光をそのままに残した船は、外から見ても分かる程に、余す所なく機械化され、見る者全てに威圧感を与える。
機械化によって強化された推進力。人の力を必要としないその動力によって、大きく広げた帆に風を受けずとも進み続けることができるだろう。冬の光を照り返す装甲も見るからに厚く、並大抵の軍艦では太刀打ちできないかもしれない。
これは、耐圧も兼ね備えているかもしれないわね、とみあは記録と照合しながら船を観察する。
船の上部に見えるのは砲列。あれらが放つ砲弾の飛距離は未知数。
全長は遠目に見ても、そこらの高層ビル以上――160メートルは優に超えており、自分達が乗っているような小さな船など、木の葉を相手にするより簡単かもしれない。
通常の船ならば一撃で沈められてもなんら不思議は無かった。
それはまさしく、ナチスの生んだ超ド級戦艦と呼ぶに、ふさわしい船だった。
「なんつーか」
ぽつりと振ってきた声に視線を向けると、いつの間にか隣に司が立って船を眺めていた。
「ガレアスなのに完全機械化とか、意味が」
「そこは気にしても仕方がない事よ」
そう言うと司はまあな、と腰のホルダーに手を伸ばした。
「――さて、そろそろお互いの射程距離内だと思うんだけど……これで勝てるかねえ」
と、司は手にした愛用の銃に視線を落とす。
その隣に居た霧緒も、どこか落ち着かない様子で耳元を軽く抑えて、難しそうな顔をする。
「うーん……これはどうでしょうね……」
否定するような事は言わないが、その声はいつになく不安そうだ。
そんな彼らをちらりと見上げたみあは、くすりと笑った。
「勝てるか? じゃなくて、勝つんでしょ」
それはとても気楽な声
その一言で、二人はみあの方を向き、表情を和らげた。
「おー。そうだな。そうしよう」
「……うん。みあちゃんの言う通りだね」
頷く二人の声は、さっきより軽くなったように聞こえた。
そんな彼らの少し後ろで、唯一人。リンドだけは厳しい顔をしていた。
「……ユウキ」
船のどこかに居る少年を探すような視線を向けていたその口から、名が漏れた。
「……リンド?」
大丈夫か? と司が振り返ると、青い瞳は彼を真直ぐ見上げて「大丈夫だ」と頷いた。
頷いたものの、その目にはまだ何かを案じる色が残っている。しかし、司はそれ以上問うことはせず。
「そうか。お前がそう言うんならそうなんだろう」
そんな言葉でリンドのそれを受け止めた。