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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
2:Erratic Portal
49/202

SCENE5 - 4

「新聞。もらってきた。今日は収穫だよ」

 そう言ってみあが机の上に“新聞”を広げたのは、更に二日後の事だった。

 広げた紙面には、びっしりと小さな文字が並んでいる。

「異邦人の話が聞けたの」

「本当か!」

 みあの言葉に、大きな反応をしたのは当然ながらリンドだった。

 猫らしい身軽さでテーブルの上に飛び乗り、紙面を見つめる。

「あっ。こら、リンド! 踏んだら読めない!」

 椅子に膝立ちで腕を伸ばし、みあはリンドを両手で捕まえた。

「にゃ……おい、離せ! お前が持つとロクな事が無い!」

「む。ロクな事が無いって何よ」

「そのままの意味だ!」

「なにそれ酷くない?」

 わーわーにゃーにゃーと二人が言い合いを始める。

 司は彼らを暫く見守ってやろうかと思っていたが、これは止めないと迷惑になる。と、溜め息をついて仲裁に入る姿勢を取った。

 が。

「はい、二人とも。もう夜も遅いからね。静かにしなきゃ」

 ひょい、とみあからリンドを取り上げるように、霧緒の仲裁が入った。

 そのままリンドを邪魔にならない所へ下ろし、彼女も椅子に腰掛けて記事を眺める。

 とは言っても、霧緒はイタリア語は読めないと言っていた。少しだけ視線で文字を追いかけて「そう簡単に読めるようにはならないね」と苦笑いをした。


「じゃあ、説明するね」

 とみあが紙面の文字を指差しながら内容を説明する。

「異邦人は、自分がこの場に居る理由を語る際、共通して出てくる単語がある。時代、駅、それから……渋谷」

 ほう、と思わず声を上げる。

「それだけの単語が揃ってるなら、異邦人はホームに居た人確定だな」

「そうですね」

 霧緒も頷く。

 で、他には何が書いてあるんだ? と先を促してみると、みあは紙面を指でなぞって、「あとはこれかな」と読み上げた。

「猫を探している少年が居る」

「!?」

 その言葉に、すぐさまリンドが反応した。

「それは、もしや――!」

 新聞に飛び乗り、みあが指を止めた辺りの記事を読もうと試みる。

「もう、そんな事しなくても読んであげるわよ」

 ほらほら足どけて。と、みあがリンドの前足を持ち上げると、リンドは大人しく一歩引いて続きを待った。

「えーっと。この地に現れるよりも前に、昔飼っていた猫を見かけたらしい。猫を探し歩く姿が人々の印象に残っているようだ――うん。可能性としては高いんじゃない?」

 リンドはその内容に無言で尻尾を引き締め。それから溜め息を漏らした。

「やはりユウキだろうか……。あの船に乗ってるかもしれないなら、助けなければ」

「ふむ……。船もあれから動いてる様子聞かないし、どうにかしてアイゼンオルカまで辿り着かなきゃならないか」

「でも、どうやって?」

「うん。そこなんだよねー……やっぱ船が良いよなあ」

「そうだねー……」

 そう考え始めた時。

 

 こん こん こん。

 

 小さなノックの音がした。

 

 全員がドアへと注目したのは一瞬。すぐに席を立ったのは霧緒だった。

『……はい、どちら様?』

 少しだけドアを開け、問いかける。

 ドアの向こうに居る人物がなんと答えたかは分からないが、が「はい」と返事をした所を見るに、相手は日本語が通じる相手のようだ。

 葛城さんかな、と考えながら司がマグを手にすると。

「河野辺さん、お客様ですよー」

 なんか呼ばれた。

「俺に?」

 思わず聞き返す。霧緒はドアの横で「はい」と頷いた。

 一体誰だろう、と腰を上げてドアへと向かう。

「はいはい。河野辺ですが……」

 そう言いながら、霧緒と位置を変わり、顔を出す。

 そこには。

 結い上げた艶やかな黒髪。派手にならない程度に刺繍が施された朱のチャイナドレス。

 何故こんな所に居るのか、という東洋人の美女。

 あの時とは微妙に髪型や衣装が異なるが。それは間違いなく、アイゼンオルカの中で出会った唯一の東洋人。何仙姑。

「……何仙姑さん?」

 思わず上げた声にも、何仙姑は静かな声と笑みで答える。

「またお会いしましたね。司さん」

「ええ。お久しぶりです……って、どうしてここが?」

「東洋人を泊めている宿は少ないですから。貴方達はご自分で思っておられるよりも目立っていますよ?」

 それよりも、と彼女は司に向けていた視線をふと歪め、変わらぬ調子で言葉を繋ぐ。

「今はそのような事を言ってられる状況ではないのでは?」

「……」

 思わず黙る。

 ……何この人マジ怖ぇ。うちの上司かよ。

 宿がバレているのは、まあ。良い。しかし、情報の共有や相談はずっとこの部屋でやってきた。だというのに状況まで知られてるってどういう事だ。

 だが。ここで嘘をついても良い事はひとつも無いだろう。

「……よくご存知で」

 呆れたように笑って、司は何仙姑の言葉を肯定し、ドアをもう少しだけ大きく開いた。

「そんな話なら立ち話もアレですし、中、どうぞ?」

 

 彼女を部屋へ通して紹介をすると、みあが少しだけ嫌そうな顔をしたのが見えた。

 が、すぐにそんな顔をしまい込んでぺこりと頭を下げ「はじめまして」と挨拶をする。そんな彼女に何仙姑も「はじめまして」と丁寧な挨拶を交わし、勧められた椅子へと腰掛ける。

 全員が椅子やベッドに腰掛けた所で、司が話を切り出した。

「じゃあ……本題に入りましょうか。状況はなんか把握されてるっぽいから割愛で。――俺達はあの船、アイゼンオルカへ行く必要がある」

「ええ。そのようですね」

「ただ、ここでの問題は、どうやって船まで辿り着くか--相手は沖だし、ここは港町だ。こっちも船で向かうのが順当、というのが今の見解です」

 だよな、 と周囲を伺うと、全員が同意するように頷く。

「しかし、その船の調達が問題、そうですね?」

「……そういう事です」

 その返答に何仙姑は目を伏せ、頷く。

「では、その船を貸し出せる心当たりを紹介いたしましょう」

 その為に来たかのような口振りで、彼女は静かに 話を切り出した。

「今、大日本帝国軍部の特務機関より派遣された密偵が一人、ヴェネツィアに来ています」

 その言葉に誰も相槌を打つ事なく、静かに続きを待つ。

「本来、ナチスの動向を探るのが任務の大陸浪人ですが……かの船は独逸の軍艦です」

 状況を話せば協力してくれるでしょう、と彼女はその名前を教えてくれた。


 葛城。

 その密偵の名は、葛城桜花といった。


「葛城さん、ですね。ありがとうございます」

 その名前は、情報収集の合間に何度か会った事のある少女のものだった。

 あの人、単にテンション高いだけの旅行者じゃなかったのか。と彼女に対する印象を改めながら何仙姑に向き合うと、音も立てずにカップをテーブルに戻した彼女と目が合った。

 ふと、その眼が微笑む。

 何を考えているのか読めないような目は、船の中で話をした時と変わらない。


 そうだ。船の中でもそうだった。

 彼女はいつの間にか自分の――自分達の状況を把握し、その一歩先へのピースを示した。

 その情報に間違いはなく。まるで、それらがあらかじめ分かっているかのように。

 ――なんだ。同じじゃないか。

 ふと、そんな事を思った。

 何を不思議な事がある。と心の中で自嘲する。

 自分は「そのような人」を知らないわけではないだろうに。

 彼女にその影を見た気がして、司はくつくつと笑った。

 その反応に、何仙姑が僅かに首を傾げる。

「あぁ。失礼。なんというか…… 何でもアリなんだな。貴女は」

 笑いを抑えながらの言葉に帰ってきたのは、嫣然とした微笑み。

「褒め言葉……と、受け取りましょう」

「当然、褒め言葉ですよ。――そうですね。『貴女みたいな人』は、無条件で褒め称えてしまう位」

 少しだけ照れたような溜息を混ぜたその言葉に、何仙姑はほんの少しだけ眉を寄せたが、それは感情を読み取らせるほどの形にならない。

 そして、それを誰にも気取らせる事なく。彼女は目を伏せた。

「ありがとうございます。そのような言葉を頂いたのは初めてです。私も、貴方のことは忘れません。――さて。これ以上長居するにも遅い時間ですし、そろそろ失礼いたします」

 道中、お気をつけて。と、告げて席を立ち、小さな靴音と共にドアへと向かう。

 ノブに手をかけた所で、何か思い出したように手を離して振り向いた。

「これは、一つの大きな岐路となるでしょう」

 見送ろうと立った四人は、瞬きをしてその言葉を受け取る。

 そんな反応に、 何仙姑は何を思ったのだろう。背を向けてドアを開けた。

「貴方達はきっと、その瞬間に立ち会うのでしょう。ゆめゆめご自分が何の力もない者だとはお思いになりませんよう」

 そんな言葉を残し、今度こそドアの向こうへと去って行った。


「……ご忠告、ありがとうございます」

 既に気配のないドアへ声をかけると、隣でみあが溜息をついた。

 そういえば 何仙姑が部屋に入った時微妙な顔をしていたな、と思い出す。

「どうした?」

 あの人苦手なのか、と視線を向けると、自分を見上げていた彼女と目が合った。ぱち、と瞬きをしたその目は、いつもの子供らしいそれではなく、呆れたように笑っていた。

「お兄ちゃんはきっと、将来大物になるよ……」

「え。なんでよ?」

 意味が分からない。

 そう訴えても彼女は答えなどくれない。

「そういう所が、だよ」

 とだけ言って、ぱたぱたと元いた椅子へ戻っていく。

 司にはその言葉がよく分からず。

「よーわからんことを言うな……」

 そんな感想を抱くのみ、だった。

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