SCENE4 - 5
水の刃は、四人を取り囲む兵士達を次々と襲い、切り裂く。
切り裂いた刃はそのまま水へと戻り、ぱしゃりと小さな音を立て、戦闘不能になった兵士達へと降り注ぐ。
縦横無尽に吹き荒れるその刃から逃れられる者など誰一人としておらず。ある者は声を上げ、またある者は声を上げる間もなく切り裂かれ、次々と倒れていく。
数秒と経たないうちに、甲板は水を滴らせて動かなくなった兵士達が折り重なるように倒れ伏していた。
『馬鹿な! 二秒でこれだけの数を、だと!?』
自分にも襲いかかる刃を砲身で弾きながら、バルトは信じられないという声を上げる。
悔しげな目をリンドに向けても、猫は尻尾を揺らして睨み返すのみだ。
その間にも水の刃は吹き荒れ、一人、また一人と兵士達を倒していく。
『貴様ら……化物か!』
『化物では無い』
ないが、とリンドは冷気を従えてニヤリと笑う。
『その仲間のようなモノだ――なあ、ツカサ?』
その声に、司は「さてねえ」と呟いて問いを流す。が、その表情はどこか楽しそうだ。
「とりあえず――これは返そう」
と、右手に持った銃を、倒れていく兵士の上へと放り投げる。
それが地面に着くより早く、司の手にはホルダーから取り出した銃があった。
銃のグリップを握り直して感覚を確かめた司は、満足そうな顔で銃口をバルトへ向ける。
「アレはアレで惜しいけど――やっぱ使い慣れたもんじゃないとね」
そうだなあ、と司はどこかのんびりした口調で素早く狙いを定める。
「奴がメカなら。隙間、狙ってみるかな!」
引き金を引いた反動からも同じ位置へぴたりと照準を合わせ直して連射する。放たれた数発の銃弾は、掲げられた腕の隙間に狂い無く打ち込まれ、その間接をがっちりと固めた。
『く、我が装甲の隙間を突くとは……!』
銃弾に、バルトは驚愕の声を上げる。
しかし、それも少しの事。
『だが!』
と、口の端をつり上げたバルトの腕から、小さなモーター音が聞こえ――銃弾は耳障りな音を立てて潰れ、次々と甲板へと落ちていく。
「やっぱり隙間だったみたいだけど」
ぼやくように銃を再度構えると、バルトは彼を嘲るかのよう鼻で笑う。
『は。この程度の傷――どうということはない!』
『なんだ、残念』
全く残念な素振りを見せずに笑った司を見て、リンドは溜め息をつきながら首を振る。
「ツカサ……ちょっと見直したのに」
「だってメカ人間なんて初めてだぞ? とりあえず――」
言い合う二人の目の前で、バルトの後ろから一つの影が飛び出した。
手に握られているのは、傘ではなく一振りの大鎌。
青年将校を一歩だけ通り過ぎ、振り返るようにして鎌を振る。
バルトはその刃に気付いたようだが、避ける素振りは無い。
ふわりと揺れるのは白い髪。その隙間から微かな笑みが覗いた――気がする。その間に大きく軌跡を描いたそれは確実にバルトの首を捉え――。
『ふ、そう簡単にこの鋼鉄の身体が……!』
言い終えるより先に、がきん! と大きな金属音を響かせた。
「……隙間を狙ってみるのがお約束ってもんだろ?」
な? と、司は銃を構えたまま、リンドに同意を求めるように視線を下ろした。
「ツカサ……目を逸らすんじゃない」
「いやだって」
銃から空になったマガジンが落ち、床で跳ねる前に新しいものをリロードする。
「ねえ?」
「……何の同意を求められたんだ俺は」
「えー。メカには隙間?」
「本当か……?」
「うん。本当本当。ね。霧ちゃん」
話を振られた霧緒は「確かに」と頷く。
「機械は隙間や節が弱い、とは言いますね。けれども……腕ではその箇所の動きを止めるだけで終わってしまいます」
そもそもの動きを止めたいなら、と、霧緒はばちばちと電気を走らせたままの鎌に力を込める。
「このように首を刎ねる、というのも一つの手かと」
「へえ」
思わずそんな返事が漏れた。
でもさ、と半分だけ埋まった刃を眺めながら言葉を繋ぐ。
「やっぱ金属は見た目通り硬いみたいだな」
どこか感心したように呟くと、リンドもうむ、と頷いた。
あんなに勢いよく振られた鎌は首の半分程を裂いた状態で止まっている。
ばちばちと電気を走らせる首を視線だけで見下ろしたバルトは、ゆっくりと口の端をつり上げてくぐもった笑い声を上げた。
『ふ……ふふふふ……! やはり私の――総統閣下への、忠誠心を断つことは、できなかったな!』
首に半ばめり込んだ鎌に苦しみつつ、壮絶に笑う。
『いいねえ。それが愛国心ってやつ?』
俺には無い心だ、とどこかしみじみと司が問うようにぼやく。
『愛国心? ――馬鹿な』
苦悶の表情の中、彼は口の端をつり上げてその言葉を否定する。
『重要なのは国を愛することではない! 独逸を、総統閣下を愛することだ!』
「……そうかい」
なんとなく分かってたけどさ、と司がげんなりとする。
様子を伺っていたみあも、「ふぅん」と、どこか呆れた顔でつぶやきを漏らす。
「総統閣下を愛する事、ねえ。やっぱ国じゃないんだ」
「成程、愛する事――」
そうですか、と頷くように、霧緒がその鎌を引き抜いた。
「しかも盲目とは。素敵、ですね」
溜息と共に漏れた適当な呟きが、刃を走る紫電に重なる。
それに興味無さげな視線を投げた彼女は、飛沫を払うように鎌を一振りした。
『それじゃあ――そろそろ眠ってもらえるかな。おじちゃん』
そんな言葉と共に、紫電の隙間からふわりと降るのは、優しくも重い旋律。
子守唄にも似た、相手の奥底へ何かを刻み付けるような声。
船に。倒れた兵士達に。そしてその中に一人残った青年将校に。染み渡る旋律は、いかなる幻想を見せたのか。
『お……おぉぉお……!』
彼はがくりと膝を付き、歓喜の声を上げた。
裂けた首から息が漏れ、掠れきってはいるが。その声は間違いなく彼にしか見えない光景への歓び。それは、みあの紡ぐ旋律が進めば進む程、高らかになっていく。
そしてその旋律が終わりを迎える頃。
幻想に見入られて感涙に噎ぶバルトは、そこから戻る事無く、地面へと倒れ伏した。
「おやすみなさい。――永遠に、ね」
歌い終えた彼女はそう呟いて、薄く笑った。