SCENE4 - 4
足元の猫。左側の少女二人。右側の少年。
甲板へと降り立ったバルトに全員が向けたのは、戦意だった。
『それがお前達の答えか――いいだろう』
青年は笑いながら、右腕の砲身を空へと向けた。
その行動が一体何なのか。
身構えた四人の目前で、バルトは大きく叫ぶ。
『戦闘だ! オルカ隊、集合せよ!』
声と同時に、上空へ向けた砲身が火を噴いた。
その音は冷えた空気を轟かせ――残響が消えると同時に、司の背後にあったドアが音を立てて開く。中から出てきたのは武装した兵士達。
鉤十字を掲げた彼らは、素早くも統率のとれた動きで全員を包囲する。
「なるほど……アイゼンオルカのオルカ隊、ね」
司は周囲を確認するかのように呟きながら、状況を把握する。
自分を包囲する彼らは一様に銃口をこちらへ向け、少しでも動けばあっという間に蜂の巣にされそうだ。
怖いねえ、と感想をそっと漏らしながら視線を動かすと。
向こうに立つ少女二人も、甲板の外への道を遮られるかのように囲まれたらしく、背中合わせに立っていた。
それぞれが敵と対峙する中。ばさり、とバルトが羽織っていた外套を脱ぎ捨てた。
その下にあったのは、きっちりと纏った軍服。
しかしその内側からは、人体とは考え辛い、不自然な何かが突き出している。
腕の砲身に脚のジェット噴射。きっと体内にも同様の改造がなされているのだろう、という想像は簡単についた。
「これぞ魔改造……ってか、俺の知っているこの頃のドイツって、こんなに変態じゃなかったハズなんだがなあ」
と、嘆息する司の耳にリンドの声が届く。
どうやらバルトへ向かって何か吼えたたらしい。が、なんと言っているかを聞き取る前に、複数の銃声と跳弾の音にかき消された。
一斉に放たれた銃声は、リンドにとって大した脅威ではない。
身軽に飛び跳ね、躱し、時には相手の足元に着地して、兵士達を翻弄する。
『――ふん、こんなものか』
軽くそれらを躱しながら、兵士達を見上げて笑う。
が、そんなリンドを狙っていたのは兵士の銃口ばかりではない。
『ドイツ究極科学を知らぬ蛮人どもめ』
それはバルトの右腕。日を照り返す砲身。
吐き捨てるようなその言葉に、小さな金属音と砲身を舐めるように走る電気の音が重なる。
狙うのは、跳躍したリンドの着地地点。
ばちり、というその音で攻撃を悟った時は既に遅く。
『総統閣下より賜ったこの力に平伏すがいい!』
同時に響いた雷鳴のような音が、リンドの身体を穿つように突き抜けた。
砲身から放たれた強烈な雷撃に小さな身体が跳ねる。が、甲板に伏せる事はなかった。残りの銃弾をよけながら体勢を立て直し、バルトを睨みつけるように向き直った。
『ほう、まだ立てるか』
感心したように声を上げるバルトに、リンドは身体を振るった。
『ふん。ただの猫だとはよもや思ってないだろう?』
焦げた臭いとぱちぱちという小さな電気の音を払ってしまい、小さく鼻を鳴らす。
『カオスガーデンの力を侮るな』
「え、それ攻撃食らって言う台詞なの?!」
「馬鹿! 自分で出自バラしてどうするのよ……!」
司とみあのそんな声を余所に、バルトは『ほう』と目を細めた。
『カオスガーデン――混沌の庭園……ふむ。貴様、やはり私の知らぬ特殊部隊の出か!』
「――ほら見なさいリンド。君が変な事言うから勘違いしたじゃないか」
こうして間違った日本人像は広がっていくんだぞ、と少し離れた所から司のため息が聞こえた。なにを、と、リンドが視線を巡らせれば。
どこか沈痛な面持ちで、兵士に銃口を向ける司と。
ため息をつきながらも、しゃがみ込んで兵士の腕を躱すみあ。
霧緒も苦笑いで傘を振るい、兵士を殴りつけていた。
「日本人像は関係ないだろう――なんか文句あるか? あ?」
「いや、俺はないけどさ……オッサンはおかげでなんか殺る気だ」
こっちもその気でいく覚悟がいるぞ、と、と煙を吐く銃を振って「ほら、行って来い」と示す。
「言われなくても」
リンドがバルトから一歩飛び退いて身構えると、彼は受けて立つように銃口を向けた。
『まさか同盟国の首都にそんな輩が潜伏していようとはな』
すっかりリンドの言葉を信じ切った――信じ切って勘違いしているバルトに、全員が一層困った顔をするが、リンドはその銃口を見据えて小さく笑う。
『部隊など俺には関係ない。やられたらやり返す。それが野生の掟だ』
ひた、と目の表情が変わると、それに呼応するかのように、リンドの周囲に冷気が渦巻き、次第に水の刃と化す。
そしてその刃はあっという間に数を増し――甲板の上に吹き荒れた。