表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
2:Erratic Portal
37/202

SCENE3 - 4

 彼女達二人を呼ぶその声は、人混みの中からやってくる桜花のもの。

 どうやら気が済んで戻ってきたらしい。

「あ。桜花さん――よし。じゃあここで一旦作戦会議はおしまいかな」

 お祭り観光に戻らなきゃね、とみあはリンドをひょいっと抱きかかえる。

「観光って……気楽だなお前達は」

 みあの腕の中で呆れたようにため息をつく。

 呆れてはいるものの、再会に安堵したような柔らかさを含んだ声。みあはその声色を受け止めるようにして、リンドを抱く腕に力を込め――

「桜花さーん! 見てみてー猫ー」

 人混みからちらほらと見え始めた桜花の方向へと駆け出した。

『!?』

 逃がすもんか、と言わんばかりにリンドを抱きしめてダッシュしたみあに、リンドと霧緒の声にならない驚きが重なる。

「お、おい……に、にゃー……!?」

 驚きのあまり声を上げそうになったリンドは、慌てて鳴き声に変える。

 人混みから抜け出してきた桜花は、「まあ猫さん!」とみあが抱きかかえた猫に向けて目を輝かせる。

「可愛らしい! 抱かせてもらってもいいですかっ?」

 きゃっきゃと子供のようにはしゃいで両手を差し出す桜花。

 大丈夫なんだろうな? と思わずよぎった不安を視線に込めてみあへと送るが、彼女はその視線をさらっと無視して「可愛いでしょー」とにこにこしながら猫の身柄を差し出した。

 気付かなかったはずは無い。しっかりと視線は交差した。

 その上で、この赤毛の少女は笑顔で視線を遮断した。

 桜花の期待に満ちた視線が痛い程に注がれ、手渡される。

 不安を抱いたまま、リンドはみあより一回り大きな――それでも細い腕に抱かれた。

 肌に触れる着物は、柔らかな生地で不快感は無い。

 漂う香りも着物と良く合っていて、むしろ安心感を覚える。

 しかし。

 それ以上に感じるこの不安は何だろうか。

 訝しげに着物の主を見上げると、期待に満ちた子供のような目が自分を見下ろしていた。


 嫌な予感がした。


 興味津々すぎるその視線から思わず目を逸らす。と。

「ああもうっ!」

「ぐ……っ!?」

 思わず声が漏れる程に、力一杯抱き締められた。

「可愛い……! この凄く不満そうな顔っ。かーわーいーいー!」

「にゃ……くるし……うにゃ、にゃー」

 艶やかな袖と、暖かなストールに埋められ、頬を寄せられる。

 それはもう、思わず声を上げそうな程に全力だ。

 苦しい! 誰か助けろよ! と途切れそうな視線をちらりとみあへ向けると、彼女は自慢げな笑みを浮かべてその様子を見ていた。

 その笑顔は「ね、可愛いでしょ!」と全力で語る。

 助けを望める気など、これっぽっちもしなかった。

 その間にも腕は身体を容赦なく締め付ける。

 もうこのまま絞められて気を失うのではなかろうか。

 思えば長かったようで短かった、と何かが脳裏をかすめそうになったその時。

「――桜花さん、離してあげないと。苦しそうですよ?」

 そんな声が遠のきかけた意識に届いた。

「あら」

 ごめんなさい、と遠くに聞こえる声と共に、腕の力が緩められた。

 くたり、と身体の力が抜け、肌触りの良い袖に寄りかかる。

 目を閉じて息をつきながら、ちらつきかけた星を追いやり、霞んだ意識を醒ます。

 霧緒の小さなため息と、ちょっとした小言が少しばかり遠くに聞こえる。

「もう、力の加減をちゃんと考えてあげないと。――みあちゃんも、あんまりいじめちゃダメだよ?」

「はぁい」

 ごめんなさいー、というみあの声が耳をぴくりと動かす。

 さすがだ、キリはわかっている。と、最後の小さな星を追いやりながら息を吐く。

 意識も随分とはっきりとしてきた。

 それに比べて……と目をあけると、真直ぐこっちを見ていたみあと視線が交わった。

「大丈夫?」

 小首を傾げて眉を八の字にするその表情は、リンドの身を案じているようにも見える。

 しかし、リンドはその表情に眉を寄せる。

 元はといえば、彼女がこの身を差し出したから起きた事態だ。

 後で絶対に懲らしめてやるからな、と視線に精一杯の感情を込めて剣呑な空気を向ける。

 みあはその視線をじっと見つめた後、ぱちり、と瞬きを一つして。

「うん?」

 どうかしたの? と言わんばかりに首を傾げた。


 うむ、清々しいまでの笑顔。

 これは、わざとだ。


「ふ、ふふ……」

 ふつふつと何かが沸く感覚に、思わず笑いが漏れる。

 そうして笑い合ったみあとリンドの空気は一触即発。

 もう一度。どちらかが少しでも動けばたちまち大騒ぎになる――という所で「二人とも」と小さな声が割り込んできた。

 ぴたりと動きを止めた二人が視線を向けた先に居た音の主は、霧緒。

 なんと声をかけたら良いか迷った結果だったらしく、和らいだ二人の視線にほっとした顔をする。

「――ほら。そろそろ日も落ちそうだし、ご飯、考えよう。ご飯」

 ね。と傘を持ち直して提案する。

「桜花さんも、一緒に食べましょう?」

「そうですね!」

 リンドが背を向けていた桜花は、目の前で繰り広げられていた空気に気付かなかったのか、嬉しそうに声を上げて賛同する。

「先程、美味しそうなお店を見つけたので、そこにしましょう!」

「わ、ほんと?」

 ぱっ、と笑顔を咲かせて話に乗ってきたみあに、桜花は「ええ」と上機嫌で頷く。

「とっても良い匂いがして、本当はそのまま立ち寄りたかったくらい――。そうと決まれば早速向かいましょう。こっちです」

 付いてきてくださいねー、と嬉しそうな足取りで桜花は二人に背を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ