SCENE3 - 3
「――と、いうわけでちょっと聞いてきた話なんだけど」
十分と少しの後。
広場の隅にあったベンチでみあが口を開いた。
「鋼鉄で出来たおっきなガレアス船なんだって」
「ガレアス船?」
首を傾げる霧緒に、みあは頷く。
「なんか、すごく古い船なんだって。で。その“アイゼンオルカ”って言うのが、ナチスドイツの研究で作られた“超力兵器”の一つみたい。所有してる部隊はなんていったかな。ええと、確か……バルト少佐って人の所」
「む? バルト、だと?」
ぴくり、とリンドが耳を立てる。
「あら。リンドの知り合い?」
「……ツカサを捕らえて俺を追い掛け回した軍人の名前だ」
追いかけてきたあの姿を思い返して苦い表情をしたリンドに、みあは「へえ」と少しだけ口の端をつり上げる。
「その船、沿岸の街で異邦人を捕らえてるって噂もあったわよ」
物騒ね、と言葉を切ると、「と、いう事は」と、霧緒が言葉を繋いだ。
「その船には河野辺さんだけじゃなくて、他にも異邦人が居るかもしれない。と」
「そう、だな」
「リンド? なんか浮かない顔してるわね」
足を揺らして顔を覗き込んだみあに、「なんでもない」とリンドは首を振った。
「それで、その“アイゼンオルカ”はバルト少佐の所の船、という事で良いんだな」
そうそう、とみあは頷く。
「ちょっと面白い話もあるわよ。――悪魔の船は持ち主の……この場合はバルト少佐、ね。その能力に応じて力を増すって」
「能力に応じて?」
「そ。飛べと言えば飛ぶし、火を噴けと言えば噴く。まさに少佐と契約した悪魔そのものだ――って」
この時代だからオカルト話の一つみたいだけどね、と言葉を繋ぐ。
「成程……オカルトか。確かに、この時代にはまだレネゲイドウイルスの存在は知られていないからな」
ふむ、とリンドが頷く。
彼の言う通り、レネゲイドウイルスという存在が知られてから、現代でも二十年に満たない。だから、それ以前における世界では超常の存在――オカルトや超能力として語り継がれてきた。
その前提に立つと、きっとこの船もウイルスに感染しているのだろう。もしかしたら、どこかの組織がやっているような研究の成果なのかもしれない。
「で、その船は明日の正午にはここ――ヴェネツィアに到着するみたい」
あたしが聞いた話はこれくらいかな。と、みあは口元に指を当てて目を閉じる。
しばらく目を閉じたまま足をぶらつかせ、「うん。このくらい」と頷いた。
「と、いう事はツカサを助け出せるチャンスは明日、か」
「そうね。次の出港までは分からなかったけど、着いたその日ならきっと開放感に溢れてるだろうから」
明日が確実ね、とみあは一つ頷いて、霧緒へと視線を向ける。
「そういえば、霧緒お姉ちゃんは何か情報あった?」
「ん? そうだね、私が聞いたのは……」
話を振られた霧緒は、「異邦人の話なんだけど」と空に視線を向けて口を開く。
「基本的な話は同じみたい。しばらく前から、気が付いたら見知らぬ人が居る、っていう現象がイタリア北部を中心に起こってる」
うんうん、とみあとリンドは頷いて続きを促す。
「人数は人によって幅が随分とあったんだけど、二、三十人位かな。全員が発見当時は混乱してて、言葉もまともに通じないし、辛うじて通じたとしても訳が分からない――って。異邦人が私達と同じような人達だとしたら、現代日本からいきなりだもの。納得はできる、かな」
私達は運が良かったみたい、と霧緒は言葉を切って、リンドに視線を向けた。
「そういえば、リンドと河野辺さんって一緒に居たんだっけ?」
「そうだが。気付いたら軍人に囲まれて銃を向けられてた」
「……それは、なんというか」
「災難だね」
うわあ、という顔を思わずした二人の視線を浴びて、リンドは鼻を鳴らす。
「そう言うお前達はどうだったんだ」
「えっと、私達は」
「豪華客船の甲板に落ちて、そこで十日くらい」
「なんだと!?」
「別にそこで優雅な船上生活してた訳じゃないわよ? お姉ちゃんとかはずっと船のお手伝いしてたし」
「そうだね。でも、桜花さんのおかげで随分と待遇は良かったんじゃないかな」
そんな霧緒の一言に、リンドはそういえば、と視線を向ける。
「その、オウカという名前。さっきから何度か聞く名だが。そいつも所謂、異邦人なのか?」
首を傾げて尻尾を揺らすと、霧緒はううん、と首を振った。
「日本人ではあるけれど、船の上で会った人だよ」
そうそう、とみあも相槌を打つ。
「色々お世話になって、今日も本当は一緒に来てるんだけど……」
と、祭りを楽しむ人々に無感情な視線を向ける。
「あの人、駅に居た仮面の女によく似てるのよね」
「仮面の女、だと?」
反応したリンドを「そう」と肯定し、ざわめく人々のどこかに居るはずの桜花の姿に仮面の女を重ねる。
「特にあの仮面。さっきこの街に来て手に入れたみたいだけど、飾り羽根さえなければ――同じものじゃないかしら?」
眼を伏せて「まあ、それでも」と小さく笑う。
「しばらく彼女を見ていたけど、あの女と『似てる』以上の確信は無いわ。表情はころころ変わるし、何に対しても楽しそうで好奇心旺盛で」
すぐどっかに行っちゃうから追いかけるのが大変、と笑みを和らげてリンドに視線を向け。
「だからリンド、桜花さん見てもすぐに警戒しちゃダメだよ?」
年相応の顔でにっこり笑った。
「……そういう事だったんだね」
「うん?」
何がー? ときょとんとした視線を向けたみあに、霧緒は少しだけ目を細める。
「ちょっとね。見てて、こう。桜花さんに対してなんか警戒してるのかな、って思う時があったから」
「そっか、お姉ちゃんはあの仮面の人見てないもんね」
うん、と頷く霧緒に「でもさ」と言葉を続ける。
「お姉ちゃんも人のこと言えないよ。時々、桜花さんを不思議そうな顔で見てるじゃない」
「え? あ。あぁ。そうだね。あれは……」
ええと、と霧緒は少しだけ視線を彷徨わせて困ったような顔をする。
「なんというか、確証も何もないんだけど。桜花さんって軍人なのかなって思う事が時々あって」
ホント、根拠無いんだけどね、と苦笑いをする。
「どういう事だ?」
うん、と相槌を一つ打ち、事情を知らないリンドに船上での一件を掻い摘んで話す。
「動きとか判断とかがこう、個人のクセが少ない感じがして。独学で身に付くもんなのかな、って」
「ふぅん。まあ、オーヴァードみたいだしね。あの人」
「えっ」
「え?」
間。
思わず聞き返した霧緒と、それを更に聞き返したみあの言葉が途切れる。
「うわ……それは気付いてなかったなあ」
しまった……、と口元を覆う霧緒にみあは小さく息をつく。
「ま、この時代だと数は少ないでしょうけどね」
居ない訳じゃないのよ、とどこか楽しそうに口の端を緩める。
「――よし、こんな所かな? リンドは何かあった?」
振り向いたみあに、リンドは小さく首を振る。
「この道中で集めた情報となんら変わらない。異邦人の話も、キリから聞いたのと同じだ」
敢えて言えばそうだな。とリンドは目を閉じる。
「ナチスは、どうやら世界征服を企んでるみたいだぞ?」
「……異邦人使って?」
「さあ」
冷ややかな視線で問い返したみあに素っ気なく返事をすると、呆れたようなため息が返ってきた。
「まあ、間違ってはなさそうだけどね、世界征服」
霧緒がくすくすとフォローを入れたところで、遠くから声が聞こえた。