SCENE3 - 1
汽車を乗り継ぐ事、二日。
荷物から飛び降りるようにして、リンドは水の都へと辿り着いた。
「ここがヴェネツィア、か」
改札をくぐって人の波に乗れば、そこには広がる石畳と、それを縫うように走る水路があった。
多くのゴンドラと背の高い玄関が多く見受けられるそこは、なるほど水の都だな、と猫をも唸らせる。
「しかし……ここで本当に見つかるのか?」
リンドは人の往来を眺めて歩きながら、考える。
この地では今、祭りをやっていると乗客達は言っていた。
と、言う事はいつにも増して人は多くなっているはずだ。
しかも、道行く人は手に仮面。または仮装じみた格好をしている人が多い。
そんな中で、はぐれた二人は本当に見つかるのだろうか?
そもそもこの地に居るのだろうか、という不安も過ぎるが、異邦人はこの近辺に多く現れるという。彼女達も同様の情報を得てこの地へやってきているだろうし、捕らえられていたとしても、いずれこの地へとやってくるだろう。
そう結論づけて、二人の姿を思い浮かべる。
赤茶色の髪に、黒いワンピースの少女と、白い髪に、黒い上着の少女。
「……キリのあの髪ならば――いや、帽子を被っていたな」
念入りに帽子の中へ纏められていた髪を思い出す。そうでなくとも、ここは海外だ。髪の色は全体的に淡く光る色が多く、逆に目立たないのかもしれない。
「ミアの方が探しやすいのかもしれないな……」
どちらにしろ、情報は集めなくてはならないな、とリンドはひとつ息をつく。
人の流れに乗っていけば、祭りの中心部か、それに相当する位の人が集まる場所へ行けるかもしれない。
「とりあえず人が集まる場所に行ってから、だな」
まずはそこで情報収集だ、とリンドは駆け出した。
そう時間もかけずに辿り着いたのは、祭りの中心らしい広場だった。
屋台も途切れ、人々が歓談するその広場が見える路地で人々の往来を眺めながら、リンドは息をついた。
「さすが祭りだな――」
誰もが皆、仮面や仮装をして通り過ぎていく。
華やかで、賑やかで、目が回りそうだ。とリンドは通り過ぎる人々を見上げる。
洋服も、着物も、仮装も。老若男女も言語すらも関係なく飛び交うその賑わいの中、リンドはどこか聞き覚えのある響きに耳を立てた。
「アレ――う ――しょう!」
耳に引っかかったそれは、ざわめきにかき消されてうまくは聞き取れなかったが、日本語に近い響きだ。
視線を向ければ、靴とは異なる形の履き物が、ちらちらと垣間見えては、どこかへと駆けていくように消えた。
「アレは――」
どこかで見た事ある形だ、とリンドは思い出す。
そうあちこちで見かけるものではない。それだけに珍しい履き物だというのは分かる。
楕円形の底、爪先から足を留める二本の紐。
普段着では使わない。アレとよく見かけるのは――。
「――着物。確か……タビ。いや。草履、と言ったか」
ようやく思い当たった名前は、その足元の主が日本人である可能性への道。
その足元を追いかければ、何か情報を得られるかもしれない。
しかし、とリンドは追いかけようとした足を止める。
その足元の主が日本人であるとするならば、旅行者――しかも、ここ数日の滞在程度ではないだろうか?
それならば、情報源になりうるだろうか?
「いや、情報源ではなくとも」
ふるりと首を振る。
はぐれた二人がもし「異邦人」の一人として捕らえられているのならば。
その「異邦人」が日本人であるならば。
「アレを追いかけていけば――二人が見つかる可能性はゼロではない」
その足元の主が異邦人でなくとも。だ。
よし、とヒゲを弾いて、リンドは路地から飛び出し――今一度、足を止めた。
「……?」
周囲とは少し異なる靴が見えた気がした。
サイズの小さな赤い靴と、黒いブーツ。少しだけ近付いてみると、仮装をしている訳でもなさそうな、靴下とスカートの裾が見えた。
その服装に見覚えは無い――が、見上げた人々の隙間から見えたその姿と言葉には覚えがあった。