SCENE2 - 5
「あ。みあちゃん」
「おかえりなさいー」
広場の入り口でかけられた声に、みあは足を止めた。
探し当てた声の主は、傘を持った白髪の少女と、マスケラをした黒髪に着物の少女。
そんな二人がそこに居た。
周囲には数人のマスケラをした人々。どうやら彼女達は他の参加者達と談笑していたらしい。
皆にこやかな顔をしていて、雰囲気も和やかだ。
みあもその輪の中にぱたぱたと駆け寄って、霧緒の隣へと立つ。
「大丈夫だった?」
心配そうな問いかけに、うん、と頷いてポシェットに手を置く。
「もう一回確認したらちゃんとあったよ。勘違いだったみたい」
ごめんね、と笑って答えると、霧緒も「それなら良かった」と笑い返す。
「それよりも桜花さんだよ」
「はい?」
談笑していた彼女はマスケラをつけたまま、明るい声で振り返る。
その姿に思わず視線が険しくなるが、それを隠す事も無く彼女に向け、腰に手を当てる。
「ダメだよ! 一人でふらふらっとどっか行っちゃー」
探す方も大変なんだから、と説教じみた事を言う少女。
「いやあ、そこは霧緒さんにも言われてしまいました。面目ないです」
マスケラに覆われていない口元から、ぺろりと赤い舌が覗く。
「あ、でもでも!」
と桜花はぱちん、と手を叩いて身を乗り出した。
「迷子未遂の功名として、耳寄りな噂話を手に入れたんですよ!」
「耳寄りな噂話?」
険しい顔を一転させて興味津々に聞き返す。
霧緒も、「何ですか?」と耳を寄せる。
「なんとですね」
まるで女の子同士の内緒話でもするかのように、桜花は口の横に手を当てて声を潜める。
「みあさんとか霧緒さんみたいに、光と一緒に何処からとも無く現れた人達って言うのが、他にも居るらしいんですよ。虚空から現れた異邦人、って言われてるみたいで、最近多いらしい、と」
どうです? 耳寄りでしょう? と笑う桜花を前に、二人は静かに視線を交わし、小さく頷く。
「桜花さん」
「はい?」
「その話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
□ ■ □
広場の隅。祭りの会場から少しだけ離れた所に三人は腰掛けた。
「えっと、私が聞いたのは――」
そう前置きして口を開いた桜花の話によれば。
謎の光に振り返ったら。
気が付いたら。
密室の扉を開けたら――。
そこに、見知らぬ異邦人が居るのだという噂話。
それらは全て、ここ十日程の間に起きているらしい、という事だった。
「それから、同時期から物騒な雰囲気の軍人が増えてるとも言ってましたね。何でも、その異邦人達を捕らえているのではないかー、とか」
不思議な話ですよね。と桜花は屋台で買った飲み物に口をつけ、話を区切った。
「ホント、不思議な話ですよね」
湯気の立つ飲み物を吹きながら相槌を繋ぐのは霧緒。
「それにしても、軍人まで出てくるなんて……あんまり穏やかではありませんね」
「確かに」
しかも、と桜花は周囲にさっと視線を走らせ、声のトーンを下げて言葉を繋ぐ。
「これは本当にただの噂ですが……鉤十字の軍服も見かけられている、とか」
鉤十字、という単語で少しだけ視線を逸らした桜花は「本当、何を企んでいるのか……」と呟く。
かなり小さい声ながらも、いつもの彼女にしては鋭い口調。
心なしか、視線も何かを訝しむような色をしている。
「鉤十字って……」
どう思う? と霧緒がみあへ視線を向ける。と、みあはきょとん、とした顔で桜花を見つめていた。
いつも朗らかな彼女の、いつもと違う口調。いつもと違う目線。
そんな桜花の姿に驚いたのかな。と霧緒はほんの少しだけ、視線と首を傾けた。
霧緒だって、そのような桜花の姿を見た事があった訳ではないが。今の桜花は船上で起きたあの一幕を想起させる表情だ。
……やっぱり、軍人なのかもしれない。
そんな思考を巡らせながら、険しい顔をしたままの桜花に視線を送る。
二人の視線と途切れた会話に気が付いたのか、桜花はほろり、と表情を崩した。
「え? あ、あははは……どうしました? みあさん、なんだか怖い目してますよ?」
さっきまでの険しい表情など無かったかのように笑うと、みあは頬を膨らませた。
「どうしたの、じゃないよ。怖い顔してたのは桜花さんだよ!」
腰に手を当てて胸を張るその姿に、桜花は少しだけ苦笑いをする。
「やだなあ、怖い顔なんて。気のせいですよ気のせい――あ」
明らかにごまかした笑いの途中で、みあ背後へ視線を送る。
うん? と視線につられて振り返った先は、広場の隅。
通ってきた道程ではないが、いくつか立ち並ぶ露天。
その内の一つに、なにか気になるものがあったらしい。
「アレ楽しそう! いきましょう!」
振り返った状態の二人をあっという間に通り過ぎ、桜花は人混みに紛れていく。
「あっ。桜花さんまた――!」
「桜花さんっ。迷子になっちゃいますよ!?」
その声が届いたのか、揺れるマスケラの飾り羽根と人の頭の上に、着物の袖と細い手がひらりと振られ、人混みへと消える。
「あー……いっちゃった」
もう、この人混みの中で探すの大変なのに、とため息をつくみあ。
ホントだねえ、と霧緒も一緒にため息をつき、「あぁ、迷子と言えば」と人混みに視線を送る。
「もう一組の迷子も探さなきゃいけないね」
その一言に、みあも「そうだね」と頷く。
「さっきの話だと、お兄ちゃん達もこの世界に居るかもしれないし――。軍人もかぎ回ってるって話だし」
そうそう、とみあは霧緒の袖を軽く引き、あのね、と声のトーンを落とす。
「さっき広場に行く前、あたし達に憑いてる“アレ”、見てる人が居たんだ」
「! もしかしてさっきの財布って――」
こくん、と頷いてその予想を肯定する。
「残念ながら途中で見失ったけど――気をつけなきゃ」
「うん。そうだね――。でも、今優先しなきゃいけないのは」
「桜花さん、だね」
まったく、すぐどこか行っちゃうんだから、とため息をつき、みあが霧緒の手を引く。
「探しにいこう?」
放っておいたら、夜まで見つからないかもしれないよ。とどこか疲れた顔のみあに、「そうだね」と霧緒は苦笑いを返した。