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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
2:Erratic Portal
30/202

SCENE2 - 2

 そうして閉じられたドアの余韻が消えた後には。

 注がれた茶が残るグラス。

 椅子にかけたままの司。

 そして、その手に握り込まれた小さな紙片が残された。

「……で。この紙、何」

 小さく折り畳まれたその紙を開くと、手のひら程度の用紙には数行の文字が認めてあった。

 

 三日後 正午 ヴェネツィア着

 兵士の警備が最も薄くなるのは、その一時間後。


「…………………へえ」

 日本語で書かれた流麗なそのメモに、司はそんな一言を漏らした。

 自分がこの部屋に呼び出された事情も、この紙を手渡された理由も。それが日本語である理由もさっぱり繋がらないが。

 自分にとって有益な情報である事に変わりはない。

 ありがたいね、とメモをポケットに突っ込もうとして、その手を止めた。

「と。これは持って帰る訳にはいかないな……」

 このまま持ち帰って持ち物検査等やられたらすぐに見つかる。かといって、ここに置いて戻るのも、リスクが残る気がした。

 んー、とメモを眺めて思案する。

 そもそも。隠す必要がない情報ならば、直接話せば良い話だ。

 と、言う事は。と、もう一度だけ紙面に視線を走らせた司はその紙を細かく破った。

 そして、茶の残るグラスへぱらぱらと撒く。

 少しだけグラスを揺すれば、水を吸って沈んだ小さな紙切れが底で舞う。

 そして。

 沈みきらないそれらを一気に呷った。

 飲み干してしまったグラスに何も残ってない事を確認して、息をつく。

「……やたら溶けやすいなこの紙」

 ホントにスパイっぽくなってきちゃった? と、ほんの少しだけ微妙な気分に浸る。

 が、いつまでもそんな気分で居る訳にもいかない。

「――さて」

 椅子から立ち上がって部屋を見渡す。

 使っても構わない、と言われたこの部屋は、あの小部屋よりもずっと過ごしやすいに違いない。

 彼女が要人相当の立場でこの船に居るとするならば、脱出にも適しているはずだ。

「暖かいベッドとかホント、羨ましいんですけど」

 でもなあ、と司は小さく息をつく。

「あの部屋の方が、無難だろうなあ……」

 自分があの小部屋に居ない事で、兵士に与える影響は未知数だ。

 警備の体制にも、兵士の警戒心にも、もしかしたら彼女の立場にも影響が出るかもしれない。

「仕方ない。戻るか……」


 □ ■ □


 牢の前まで戻ると、見張りの兵士が扉の横に座り込んでいた。

 しょぼくれたというか拗ねたというか。ともかく不満げな顔をした兵士は、戻ってきた司を睨みつけるように一瞥して『鍵は開けてある』と言わんばかりに扉を示した。

 司も曖昧な返事をして、ドアノブに手をかける。

『えーっと。なんだ。すまないな』

 ちゃんと戻ってきたから許してくれ、という言葉に返ってきたのは相変わらず厳しい視線だけだ。

 どんなに不満であっても、何仙姑のやり方には文句が言ないらしい。

 一体どんだけ影響力あるんだよあの人、と司はノブに手をかけたまま兵士の方へと視線を向ける。

『そういえばさ、あの人って何なの?』

『さあな』

 兵士は素っ気なく答える。

『それは今まで話をしていたお前の方が知ってるだろう?』

『いやそれが……住む世界が違うってことくらいしか』

 どんな人かってのはさっぱりだ、とノブから少しだけ手を滑らせる。

『相当立場高そうな気がしたけど、偉い人?』

『――どんな立場にあるかは我らのような兵士には知らされていない』

 兵士は不満げに答える。

 立場や人物について詳細な情報は無いが、とりあえず彼女に口出しをしてはいけない。彼にとってはそれも不満の種の一つのようだ。

『不思議な力を駆使したり、助言を行うと言うが――大方、要人の愛人か何かだろう』

 少しだけ嘲るような横顔に、司は「ふぅん」と一つだけ返して部屋の中へと入った。

 いつも通りに響く鍵の音を背に、司は電気をつける事無く右手を見つめた。

 その手に残るのは、触れたドアと鍵の感覚。

 指先に残る鍵の作りとドアの厚さから、簡単な構造を把握する。

 その結果は。

「うーん。思ったより細かい作りしてるなー」

 自分には難しいかもしれないな、というものだった。

 しかし、それも今の時点での話だ。と、電気のスイッチを入れる。

 あのメモの内容が確かならば、そのチャンスを生かせば良い。

 そのチャンスは三日後。

 それまで司に出来る事と言えば。

「……」

 何も無かった。

「とりあえず……寝るか」

 そう呟いてベッドに寝転がると、ゆったりとした揺れが伝わる。

「……時がくるまで寝る、なんてなんだか猫みたいだな俺」

 小さなぼやきに、灰色の猫の尻尾が重なる。

「そういえばリンド、元気にしてんかな」

 捕まった、って話も聞かないし――大丈夫だとは思うけど、と寝返りを打つ。

「ああ。それからあの二人……は、大丈夫だな。うん」

 あの容赦のないUGNと、得体の知れない子供。大丈夫でないはずがない。

 そう結論づけた司は、緩やかな揺れに沈むように、目を閉じた。

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