SCENE1 - 3
薄暗く、窓もない小部屋。
そこには椅子に腰掛けた少年と、それを囲むように数名の軍人が居た。
歓談というには遠い、緊迫した雰囲気。
その空気を作るのは取り囲む軍人達の厳しい表情か。それとも、後ろ手にまわされた少年の手首にかかる拘束具か。
『――いい加減吐いたらどうだ?』
苛立ちを隠すことなく発された言葉は、この部屋で幾度繰り返されたかわからない。
そして少年も、幾度目か分からない答えを返す。
『いや、だから何も知らないって』
『しらばっくれても無駄だ。どうせお前は彼らの仲間なのだろう?』
『は?』
これまで出てくる事のなかった言葉に、少年は思わず声を漏らした。
だが、その声に軍人は答えてなどくれない。
『……もういい。今日はここまでだ』
諦めたかのように首を振った彼の指示で、少年は腕を両脇から掴まれる。
抵抗などしない。
大人しく目隠しをされ、拘束具に重々しい鎖をかけられる。
じゃらり、という重さと冷たさが腕を引くのも、もう慣れた事。
そうして準備が整った背中を押され、ドアの前へと立たされる。
そしてドアが開けられる直前、何気なく振り返る。
目隠しで姿は見えないが、取り調べ担当の軍人が木の椅子に背を預ける音がした。
『そういえばさ』
真っ暗な視界の中で問いかける。
『彼らって何?』
その声に、彼は「しらばっくれるな」と言わんばかりの苛立ちを向け、答えた。
『謎の光と共に現れた、東洋人だ』
それ以上は答える義理などない、と払う仕草でもされたのか、早く進め、と背中を急かされた。
□ ■ □
すっかり歩数を覚えてしまった道の先。
拘束具と目隠しを外すと同時に、突き飛ばすように部屋に放り込まれた少年は、数歩たたらを踏んで、転ぶのだけは堪えた。
室内を僅かに照らしていた廊下の明かりも、締められたドアですぐさま遮られ、視界は一気に薄暗くなる。目隠しをされていなければ、きっと真っ暗で何も見えなかっただろう。
それは、ドア横のスイッチを弾いて点けた電球が部屋を照らしても、あまり変わらない。
そんな薄暗い小さな個室。
冷たい鉄の壁に添えつけられているのは、簡素なベッドと小さな水道。
部屋を照らすのは小さな電球が一つと、入り口にある小さな嵌め殺しの鉄格子窓から漏れる明かり。
外からかけられた鍵の音を背に、司はひとつため息をつきながら拘束の痕が残る手首をさすった。
リンドを逃がすと同時に捕らえられて早数日。
司は兵士達に取り調べられてはこの部屋に戻される、という日々を過ごしていた。
取り調べの内容から推測するに、自分にかけられているのはスパイ容疑のようだった。
スパイどころか、住む世界すら異なった司にそのような心当たりなど答えられるはずもなく、事態は進展しないまま数日が経過していた。
最初は自分の状況を説明しようと試みたものの、理解してくれる者は居なかった。
スパイだから信じられない、というのではない。過去であるこの時代では、話せる情報も限られていて。それを考慮したとしても、あまりに突飛すぎる話である。誰も真っ当に取り合ってくれる訳がなかった。
そんな要素が重なってかどうかは判らないが、相手も情報を与えてくれるはずがない。
移動の際はいつだって目隠しに拘束、という徹底した情報遮断も手伝って、自分が一体どこに居るのか見当もつかない。
それでも全く予想がつかない訳ではなかった。
現在地は全く持って不明だが、数日過ごしてみて辛うじて判った事と言えば。
ここが日本ではない事。
今が現代ではない事。
それから――船の上である事。
「……なんか。向こう十年分位の仕事こなした気分」
ドアを背に、そんなぼやきを漏らす。
「思えば遠くに来たもんだ……いやホントにな」
そんな独り言が聞こえたのか、ドアの外から『何か言ったか?』という声がかかった。
地方の訛りが多少混じった声の主は、この部屋の見張りをしている兵士だった。
司は疲れた調子のままドアに寄りかかり、『なんか疲れたなあ、って』と息をつく。
『ところで、俺今後どーなるんだろうね』
数日続いた取り調べにしても同じ問答が繰り返される事が多くなり、これ以上情報を求めるのは無駄だ、と判断される頃だろう。
そうなると、いつまでもこの船に置いておく訳にはいかないはずだ。
『お前は超人検査で陽性判定が出ているからな。いずれ我らが総統閣下のお役に立つための何かとして使われることだろう』
兵士はどこか誇らしげに答える。
この時代では「超人」という名で扱われているらしいオーヴァードは、兵士として大変に重宝されているようだった。
この時代、この場所では特にその傾向が強く、それだけで誇れるような存在らしい。
総統閣下のお役に立つためねぇ、と司は小さく呟き、ドアを背もたれにして座り込む。
立っている時には感じなかった、ゆったりとした揺れが伝わる。
その揺れを感じながら、司は思考を巡らせる。
内容は、そろそろ日課になってきた状況確認。
まずこの状況。
第二次世界大戦直前の、欧州。海の上だと思うけど、場所の詳細は不明。
それから自分がやるべき事。
とりあえずは、任務の遂行。その為には、船からの脱出が不可欠。それから……外の状況を確認。できるなら他のメンバーとの合流もしたい。
それから元の世界に戻るには……、と右腕に視線を落とす。
服に隠れて見えないが、その下では紅い石が静かに脈動している。
渋谷駅で発動した状況から考えるに、この時間跳躍にはこの石が関わっていると予想が付く。と、言う訳でこれがうまく使えれば良いのかもしれないが、正直どう使えば良いのかさっぱり分からない。重力や時間を操作できるバロールなら分かるのだろうか?
――。
よし、今日も昨日と一言一句違わぬ状況確認。これは実に大ピンチだ。と感慨深げに頷き、そのまま項垂れるように深いため息をついた。
息を吐ききった司は、複雑な表情のまま顔を上げて、ドアにもう一度背を預ける。
状況が変わらないとはいえ、落ち込んでいても仕方がない。それも確かなことだった。
『ところでさ、このでっかい船何?』
こんなの見た事ないんだけど、と司は再び問いかけた。
乗せられた時も移動する時も、目隠しに拘束という状態がすっかり定番となる程の情報遮断。それが、その存在自体が何かしらの機密に触れている可能性を示していた。
当然、兵士が答えてくれる訳ないという駄目元での問いかけだったが、兵士は小さく鼻を鳴らして笑った。
『目にする機会があれば、その時に驚くが良いさ。この“アイゼンオルカ”の勇姿にな』
その機会が貴様に訪れるかは知らんがな、と誇らしげに答えるその声は、この船がとてもすごいものらしいという事を物語る。
『そんなに凄いのか』
『あぁ。勿論だ』
『それは気になるなぁ』
兵士は『そうだろうそうだろう』と頷く。
『なにせナチスの科学力は世界一だからな!』
『……そうか。世界一なら仕方ないな』
そう残して司はドアを離れ、ベッドへと移動する。
鉄で出来た冷たい壁天井を照らす小さな電球の明かりが僅かな暖を感じさせる。が、そんなのは所詮気休めにしかならないと、毛布を被って寝転がった。
寒いのは耐えられないが、毛布にくるまって寝てしまえばなんとかなる、というのがここ数日過ごしてみて学習した事だった。
「……“アイゼンオルカ”ねぇ」
見るにはどうしたものかなあ、と司は息をつき、目を閉じた。