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終末の時計 Armageddon Clock  作者: 著:水無月龍那/千歳ちゃんねる 原作・GM:烏山しおん
2:Erratic Portal
25/202

SCENE1 - 1


 レンガ作りの家。

 石畳の道。

 青い空。

 それから。

 町を全力で駆け抜けていく、灰色の猫。


 司と別れた直後。リンドは、小さな路地を駆けていた。


 司を残してドイツ軍の包囲を抜け、逃亡した。そこまでは良かった。

 しかし、リンドがただの猫ではない、と見抜いた男があの中に一人だけ居たのだ。

 部隊を指揮していたあの男。

 あの青年だけが、彼を追いかけてきた。

 どんなに裏道に逃げ込んでも、回り道をしても。

 決して見失う事なく追ってくる。

 

 どのくらいそうやって逃げたのだろうか。

「アイツ……しつこいな。何者だ?」

 追いかけてくる青年の影をちらりと振り返り、リンドは人が入る事などできないような小道へと駆け込む。

 猫数匹程の小さな隙間を抜け、その先へ。

 そして隙間を抜け出し、人通りのない道を横切ろうとしたその時。

 背後から何か雄叫びのような声が聞こえた。

 最初は遠かったその声はだんだんと近付いてきて。

「う――おぉぉぉおおおッ!」

 石畳に響く轟音と共に、リンドが今し方出てきた隙間を塞ぐように何かが着地した。

 舞った砂埃がリンドを追い越し、微かに笑い声が漏れ聞こえる。

『ふ……ふふふ。もうこれ以上は逃がさんぞ超人――もとい、超猫』

 晴れる砂埃の中で笑うのは、片膝をついた姿の青年。

 金髪の髪に青い瞳。きっちりと着込んだ軍服は多少の砂埃でもその威厳を崩さない。

 ずっと自分を追ってきた彼に、リンドは小さくため息をついて口を開く。

『……お前、相当しつこいな』

 ここまで追いかけてくるとは呆れるに相当する、と振り返ると、逃がすまいと光らせた視線がぶつかった。

『それで、お前。何者だ?』

 その声に青年は『やはり、普通の猫ではなかったか』と目を光らせる。

『俺が普通の猫かなんて、どうでも良い』

 お前は何者だ、とリンドが今一度問いかける。

『よくぞ聞いたな。猫よ』

 ふ、と笑った青年は、気合いを入れて立ち上がった。

 マントがあれば、きっとそれを翻すくらいの事はしただろう。

『私はドイツ軍特務少佐、コルネリウス・バルト! 総統閣下に頂いたこの力、たかが猫一匹に後れを取る訳にはいかんのだ!』

 そう言って青年――バルトは目の前の猫を狙う視線に力を込める。


 司も言っていたが、どうやら本格的にナチの世界らしい。

 改めて実感したその事実に、リンドは軽い目眩を覚える。

 あのとき感じた、どうにかしないと不味い予感は正しかったらしい。


『――それで。その少佐殿が俺を捕まえてどうしようと言うのだ』

『無論! その力を総統閣下の為に役立ててもらうのだ』

 バルトは「当然だ」と言わんばかりに言い切る。

『紅い光と共に現れる異邦人は残らず捕らえる、そうしてお前達は総統閣下の力となるのだよ!』

 それがたとえ猫一匹あってもだ、と彼は誇らしげに笑う。

『あまりの光栄! 過福! 貴様にその力を与え給うた総統閣下の為に働ける事、泣いて感謝するがいい!』

『……馬鹿かお前は』

 この力は総統閣下から与えられたものなどではないし、そんな事に使う気もない、とリンドは呆れた視線をバルトへ向ける。

 その視線に返ってきたのは、嘲るような視線。

『ふん、この光栄を理解できぬとは不幸にも程がある。――だが、すぐにそんな事も言なくなるぞ!』

 そう言ってバルトが身構える。

 リンドもそれに応えるように身構える。ここで捕らえられてしまっては、逃げ出した意味がない。

 戻る時があるならば、それは司を助けるだけの手段が整ったその時だけだ。

『生憎だが、俺はヒゲなどに興味はない』

 そしてするりと背を向け、道の向こう側へと駆け出す。

『追いつけるものなら追いついてみろ』

『く、逃がすか――!』

 声を上げて走り出そうとしたバルトは、言葉を切って足を止めた。

「?」

 路地の入り口で足を止めたリンドは、彼の脚から微かに煙が上がっているのを見た。

 煙に乗って、焦げ付いた匂いも微かに漂う。

『ち。――時間か』

 顔をしかめたバルトは「無理をしすぎたか」と忌々しげに舌打ちをして、リンドを睨みつける。

『猫め。次は――次は必ず捕らえてやる』

 それまでに覚悟を決めておくんだな、とバルトは片足を引きずるようにして踵を返す。

 そうしてリンドが見送る目の前で、彼は路地へと姿を消した。


 バルトが居なくなったとはいえ、安心は出来ない、とリンドは小さな路地の影に潜んで息をついた。

「やれやれだ。――あんなに馬鹿がいたんじゃ戦争にも負ける訳だ」

 あの盲目なまでに忠誠を誓ったような態度を思い返し、リンドは首を振る。

「いや、アイツの事は良いんだ。それよりも――」

 と、リンドは先程交わした会話の内容を拾い上げる。

「紅い光と共に現れた異邦人は全て捕らえる、か」

 異邦人、と纏めて称するという事は、少なくとも一人二人の例ではないのだろう。

 そして、自分と司はその対象として考えられているようだ。と推測する。

 となると、他には。

「キリとミア――いや、もっと、か?」

 もしかしたら、あの場所に居た全員が巻き込まれた可能性だってあるに違いない。とリンドはヒゲを弾く。

 そうなると。

「まさか、ユウキも――?」

 あの船に捕まっているのか、もしくはこの地のどこかに居るのかもしれない。

 そう思った瞬間、居ても立ってもいられなくなった。

「とりあえず、情報を集めてみるか――」


 居るかもしれない少年と、彼女達に会うために。

 リンドは先を急ぐように駆け出した。

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